第3話


「公立に落ちるのも『でしょうね』なら、私立だろ。私立は面接あるぞ。今から敬語を練習しておかないと、本番でボロボロだ」


「私立も受けない。就職するってば」


 本気であるのはさすがに予想外だったのか、檜山は左手からこめかみを剥がし、俺を見つめる。


 左手の薬指では、指輪が光っていた。




「なぁ、先生。どーして結婚したの?」


「何?」


「結婚なんて――…」




 ――ロクなもんじゃない。





 世間で一流と呼ばれる企業に勤める父親は、世間体ばかりを気にして。


 元教師だった母親は、いつまで教師だった過去に縋っているのか。自分の息子が英語ができない事を受け入れられずにいた。




「ねぇ、なんで?」


 重ねて問えば、しばらく考えた檜山が「そういう時期だったんだよ」と肩を竦める。


「私もいい歳だったし」


「まだ29じゃん」


「まだ15の君に言われたくないよ」


 俺の担任である時にわざわざしなくてもいいのに、と思う。


 それも、同じ中学の教師と。




 俺にとっては、最悪の組み合わせだった。




 さて、と檜山が腕時計を見る。


 そろそろ次の生徒の時間なのだろう。




 俺にとって彼は特別でも。彼にとって俺は、自分が受け持つクラスの『ただの生徒の1人』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る