第19話妹のやきもち
一週間が終わり、日曜日を迎えた。このゲームに入ってから、初めての休日だった。
ケイトは私服に着替え、部屋にいた。すでに朝食は食べた後だった。
時間は午前九時。一日をほとんど好きな事に使える状態だった。
「今日のイベントは休日デートってところかな。町を歩けば、都合良く誰かと偶然会ってそのままデートに持って行けるんだろうな」
現在ケイトには女の子からのデートの誘いはなかった。女の子の連絡先も知らなかった。
知っているのは、ミクを除けば幼なじみの沙羅だけだった。
「プレイヤーの本命がこの二人だったら簡単なんだろうな。町で偶然会うって言うのも面白いシチュエーションだと思うけど」
ケイトの頭には町のあらゆる場所が浮かび上がっていた。行きたい場所を念じれば、そこに行けるようになっているのだろう。
「……本当なら一日寝て過ごして厄介なイベントは避けたいところだけど、家にいたらどうせミクが絡んでくるんだろうな。だったらいっそのこと、外に出た方がマシか」
ミクとのイベントは好感度を上げないようにするのが難しい。極力接触は避けたいところだった。
とはいえ、外に出れば香澄と会う可能性もあった。香澄もミクに匹敵するぐらい厄介な存在である。うかつに外出先は決められなかった。
香澄が出てこないと思われる場所は、メイドカフェだけだった。そこに行けばおそらく理香と会える。理香との一日デートになる可能性は濃厚だった。
「理香との接触はまだ少ない。好感度は上がっていないはずだ。だとすれば、仮に本当にデートすることになっても大丈夫だろう」
デートの話に持って行く気は全くないが、やむを得ずそうなったとしても十分に挽回は可能となる。
そう判断し、ケイトはメイドカフェへと向かう事にした。
「お兄ちゃん、どこに行くの?」
玄関で靴を履いているところで、ミクが声をかけてきた。
ケイトはミクの好感度を下げようと、嫌みたらしく答えた。
「家でお前といても疲れるだけだから、出かけるんだよ。他の女の子と一緒に楽しく遊んでくるから」
「え、女の子!?」
思惑通りミクはその言葉に反応し、愕然としたように呻いた。
「そう。お前よりもよっぽど可愛くて、優しい女の子。夕方まで遊んでくるから」
「そんな……」
ミクは肩を落とし俯いた。ショックが相当大きかったのだろう。
(効果ありってところかな。こんなもんだろう)
ケイトは内心で笑みを浮かべると、立ちつくすミクを無視し出かけていった。
「やっぱり、入りづらいな……」
移動時間は省略され、メイドカフェに来ていた。二度目の来店とはいえど、その雰囲気には慣れないものがあった。
「でも、行くしかないか」
覚悟を決め、ケイトは店に踏み込んだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
ドアを開けた瞬間、案内役のメイドがお決まりのセリフを吐いてきた。
ケイトは思わず後ずさりそうになりながらも、かろうじて踏みとどまった。
「……どうも」
「ご主人様、そちらのお嬢様もご一緒ですか?」
「お嬢様?」
メイドの視線を追うように、ケイトは後ろを振り向いた。するとそこには、いつの間にかミクの姿があった。
「なんでここに!?」
予期せぬ事に、ケイトは驚愕した。ついてきた事にも意表をつかれたが、背後にいたにも関わらず気配すら感じなかったのだ。
「はい、一緒でーす」
ミクは気にした様子もなく、楽しげにメイドに答えた。興味深そうに、中をキョロキョロ見回している。
「それでは、中にご案内しますね」
「だって。お兄ちゃん、行こう」
ミクはスキップするような足取りで歩き出した。
ケイトはその腕をがしっと掴んだ。
「ちょっと待たんかいっ!」
「えっ、なに? どうしたの、お兄ちゃん?」
本気で分かっていないのか、ミクは怪訝そうに小首を傾げた。
「なにじゃないだろっ! なんでここにお前がいるんだよ!」
「おかしいかな?」
「おかしいだろっ!」
ミクはこの状況が自然なものだと思いこんでるようだった。
「もう、お兄ちゃん。そんな細かい事気にしてちゃ駄目だよ。それより早く座ろうよ」
「勝手に話を進めるな! それに細かくないだろ!」
「あ、あの、ご主人様……」
おずおずとメイドがケイトに声を掛けてきた。見ると周りからも注目の的となっていた。
「あ、その……」
ケイトは我に返ると、赤面して縮こまった。
「もう、お兄ちゃんったらお店の中で騒いでちゃ駄目じゃない」
「お前のせいだろ!」
思わず叫んでしまい、ケイトは慌てて口を抑えた。周りの視線が痛いほど突き刺さってくる。
ミクは構わずメイドに向き直った。
「ごめんなさい、メイドさん。うちのお兄ちゃんがご迷惑をおかけしました」
「い、いえ、そんな事ありません。こちらこそ、失礼いたしました」
全く非はないのだが、メイドは申し訳なさそうに頭を下げた。健気な事である。
「それでは改めて、こちらの席にどうぞ」
「はーい。お兄ちゃん、行こう?」
ミクはケイトの手を引き、歩き出した。
(ぬけぬけとこいつは!)
ケイトは恨みがましくミクを睨みつけるが、さっきの二の舞にならないようにとおとなしくついていった。
店内は男性客が多かった。所々の席でメイドと一緒にゲームをしていたり、お喋りをして楽しんでいる様子が見られる。以前と変わらぬ光景だった。
「すごいね、お兄ちゃん。綺麗なメイドさん達がたくさんいるね」
席に座り、ミクは店内の隅々まで見渡し興奮している。まるで初めて遊園地に連れてこられた子供のようだった。
ケイトは嘆息し、改めて切り出した。
「……もう一度聞くが、何でお前がここにいるんだ?」
「えっ、何で? あたしがいたらおかしいの?」
ミクの反応は変わらなかった。とぼけてるのではなく、本気で分かっていないようだった。
ケイトは苛立ちを抑えつつ、続けた。
「いいか? さっきおれは女の子と遊んでくるって言って一人で出かけたんだ。お前と一緒に行くだなんて一言も言った覚えはないぞ。それなのに、なんで勝手についてきてるんだ?」
「だって、あたしもお兄ちゃんと遊びたかったんだもん」
ミクの答えはあっさりしていた。
「状況を考えろ! これからおれは女の子と会うんだよ! 二人だけの楽しい時間を過ごしたいんだ。それをお前は邪魔するつもりなのか!?」
「そうだよ」
「なっ!?」
ミクは微笑みながら、さらっと認めた。
ミクの堂々とした態度に、思わずケイトは絶句した。
「あたし、お兄ちゃんの事だいだいだーい好きなんだもん。他の女の子になんて、取られたくないもん」
「取られるって……おれはお前のものになった覚えはないぞ」
「でも、お兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんだよ」
「確かにそうだが、それはあくまで兄妹ってだけの話だ。一生お前と一緒にいるつもりはない」
「そんな事言ってても、いつかお兄ちゃんもあたしから離れられなくなるかもしれないよ」
「なるか、そんなこと!」
「ふふ、まあお兄ちゃんにとってあたしはまだ妹だから仕方ないけどね。でも、いつかあたしが一人の女の子として見てもらえるように、いっぱい頑張っちゃうんだから」
「どう頑張ったところで無駄な事だ」
冷たい態度を見せるが、ミクの表情は崩れなかった。ケイトの気持ちを承知している上で、それに立ち向かおうとしているようだった。
(いくらおれが突き放したところで、ミクの中では想定内って事か。これじゃ好感度を下げるのが難しいわけだ)
改めてこのゲームの事を考え、ケイトは嘆息した。普通にこのゲームをプレーしてたら心動かされる嬉しいシチュエーションなのだが、ケイトには難易度を上げるだけの厄介な物になるだけだった。
「ねえねえ、お兄ちゃん。そろそろ何か頼もうよ。せっかく来たんだからさ」
「……おれはお前とここに来たわけじゃないんだけど」
「そんな細かい事どうでもいいじゃない。あたし、チョコレートパフェがいいな。お兄ちゃんは?」
「好きにしろ」
面倒になり、ケイトは投げやりに答えた。
「じゃあコーヒーでいいね。すみませーん、注文お願いします!」
ミクは近くを歩いていたメイドに向かって呼びかけた。
そのメイドが振り向くと、ミクは目を見開いた。
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