余計なフラグはもういらない

@shingo20

第1話妹キャラとの朝

「お兄ちゃん、起きて」

元気な女の子の声とともに、身体を揺さぶられる感触を受ける。意識が戻ったケイトは、ゆっくりと目を開いた。


目の前には見知らぬ少女の顔があった。だがケイトはそれが自分の妹だという事をすぐに認識する。ゲームをスムーズに進めるために、必要な情報は記憶にすり込まれているのだろう。

まるで現実世界でもその少女が本物の妹であるかのように、ケイトはその事になんの違和感も抱かなかった。

ツインテールに幼い顔立ちをした妹、神山ミクは、笑顔でケイトの顔を見下ろしていた。


「おはよう、お兄ちゃん。もうすぐご飯の用意が出来るから、起きて待っててね」

そう言うと、ミクは軽い足取りで部屋を出て行った。

ケイトは身を起こし、自分の状況を確認する。そして自分がついさっきまで自室のベッドで眠っていたと言う事を理解した。考えるまでもなく、次から次へと情報が流れ込んでくるのだ。


「本当にリアルなんだな、このゲームは。ここまで現実に近い感じを受けたゲームは初めてだ。これじゃ並の人間じゃ、確かに現実との区別が付かなくなるかもしれないな」

アクションやシューティングと違い舞台が日常の風景のため、ゲームをしているという感覚はほとんどなかった。このリアリティの高さには、素直に感心した。


「でも、やってる事はやっぱりお約束だな。さっきのは兄思いの妹が、寝ぼすけな兄を起こしに来てくれるシーンだろ。その程度の事じゃ、おれは喜ばないよ」

ケイトはスクリーンで自分のゲームの様子を見ているであろう若林に話しかけるように、誰もいない部屋で独りごちた。


「さて、それじゃゲームを続けるとするかな」

ケイトは制服に着替えると、部屋を出て洗面所へと向かった。

今日は四月七日。新学期の日。ケイトは高校二年生。ミクは中学二年生。

両親は仕事の都合で遠くに行っており、二階建てのこの家には二人で暮らしている。家事全般はミクが受け持っており、ケイトはたまに手伝う程度だった。


ミクは甘えんぼうで大のお兄ちゃんっ子だった。ケイトの記憶の中には、実際には存在しないミクとの思い出がたくさん現れてくる。

その事から、ミクがケイトに対して兄妹(きょうだい)以上の感情を抱いている事は容易に察する事が出来た。


「都合のいい設定だな……」

ねつ造されていく記憶を整理し、恋愛シミュレーションゲームにはありがちなパターンにケイトは嘆息した。

妹が兄に好意を寄せており、両親がいない事で、新婚生活のようなものを送る事が出来る。兄妹の壁を越えた禁断の恋に踏み込もうとしても、邪魔をする者はいない。

可愛い妹と仲良く暮らしたいと思っている男にとっては、夢の生活であろう。


「現実にはまずないだろうけどな」

ケイトは妹のいる複数の友だちから、兄妹仲は悪いという話をよく聞いている。長く一緒に暮らしているからこそ、お互いの嫌なところも見えてきてしまうのだ。

共に子供である以上、それを許容させる広い心を要求する事は、酷な話であった。

ましてや中学生にもなった頃には、普通に恋をする年頃である。恋愛に関しては、兄など眼中にはないだろう。


「あ、お兄ちゃん。ご飯用意出来たよ」

身支度を調えキッチンへと入ろうとしたケイトは、ミクと出くわした。呼びに行こうとしていたのだろう。


「ああ、ありがとう」

そのまま二人でキッチンへと入り、食事を始めた。

朝食はご飯、みそ汁、焼き魚、おひたしと、和風だった。一口食べてみれば、意外にもおいしく感じる事が出来た。

ゲームの中で食べ物を口にした事のないケイトにとっては、新しい発見だった。


「お兄ちゃん、おいしい?」

ミクが無邪気な顔で尋ねてくる。

「おいしいよ」

ケイトは正直な感想を漏らした。

「よかった、お兄ちゃんに喜んでもらえて」

ミクは本当に嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は思わずドキッとするぐらいに可愛かった。

(って何考えてんだおれは!)

たかがゲームの中のキャラクターに魅了されそうになり、ケイトは気を引き締めるように頭を振った。


「どうしたの、お兄ちゃん?」

いきなり妙な行動を取ったケイトに、ミクは怪訝な顔を浮かべる。

「なんでもないよ」

素の感情に戻ったケイトは、素っ気なく答えた。

「変なお兄ちゃん。あっ!」

ミクは小さく声を上げると、ケイトの頬に手を伸ばしてきた。


「え?」

意味が分からずキョトンとしていると、ミクは指で頬を撫で、その指を自分の口にパクッとした。

「ごはん粒、ついてたよ」

そう言ってミクは笑みを浮かべる。

普通なら可愛い女の子にこんな事されれば嬉しくなるような事だろうが、ケイトはそうはならなかった。


(いつの間にごはん粒が……?)

頬にごはん粒がついた感触は、全くなかった。そもそも普通に食事をしていて、ごはん粒を顔にくっつけるなんて行儀の悪い事をした記憶は、ここ数年の間なかった。

おそらくはさっきのイベントに持って行くために強制的に発生したのだろうが、自分の意志に関係ないところで事が起こり、ただ驚くばかりだった。


(油断は出来ないって事だな)

隠しキャラと出会うため接触する相手との好感度を上げてはいけないケイトとしては、厳しい展開だった。

若林は普通にゲームをしていれば自然に好感度を上げる行動をとってしまうと言っていたが、その意味を身をもって実感した。

出だしからこの調子では、この先どんなイベントが発生するのか予想が付かない。予想が出来なければ、回避も不能という事だ。


(もしかして、さっきご飯がおいしいかって言う質問も、好感度を上げるための選択肢だったんじゃないか……?)

ケイトはふとそんな不安に駆られた。

通常のゲームでそんな質問をされれば、おいしいと答える、おいしくない、の二つの選択肢が発生しててもおかしくはない。

実体験の出来るVRスターには用意された答えというのが表示されないので、これもまた気をつけなければならないところだった。


ケイトは自分の左手首を見下ろした。そこには現実世界の時刻を示すディスプレイと、いくつかのボタンが付いたコントローラーがはめられていた。

ケイトはここまでの経緯を思い浮かべつつ、

その中の一つのボタンを押した。ゲームの世界は停止し、ミクはご飯を口に運ぼうとしている中途半端な格好で固まった。

「どうしました、圭人くん?」

ケイトの頭の中に、若林の声が聞こえてきた。

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