恋は戦争、初手切り札

虹色

第1話切り札


恋は戦争。

正しい手段を選ぶ必要なんて、ない。

目的を達成するための最適解が存在するなら、最初からそれを使えばいい。


テクニックとか、タイミングとかを気にするなんて、愚か者がすることだ。

そんなことをしている間に、大好きな彼は誰かに取られてしまうかもしれないし、

そんなことをしている間に、彼が大好きな私は死んでしまうかもしれない。

切り札、なんてカッコつけて隠し持っていても仕方がない。

隠している間に、劣化して朽ち果てて、使い損ねる事が大概だろうに。


だから私は、切り札は初手から使う。

自分の望みを、叶えるためにーー




『話したいことがあります。放課後、校舎裏迄来てください。碓氷加奈』


そんな手紙を、私は愛しい石田くんの下駄箱にそっと忍ばせた。

石田君とは出会って二日。

クラス替えで隣同士の席になった。

爽やかな彼の横顔に一目惚れだった。

交わした会話も『おはよう』と『よろしく』と『また明日』、そのくらいだ。だけれでも、その会話の少なさで彼への思いが減ることはない。


彼は私のことは十分に知らないと思う。たぶん、下の名前すら覚えていない。

だって会ってまだ二日なのだから。


けれど、私は彼の全てを知っている。

身長172cm、

体重56kg、

血液型はA型

趣味はテニスと動物園巡り、

一番好きな動物はフクロウ、

家族構成は父と母と姉と彼の四人暮らし

父は喫茶店経営、母もそのお手伝いで共働き、

姉は歯科衛生士、

好きな食べ物はビーフシチュー

好みの女性のタイプは小動物系、守ってあげたくなるタイプ、

エトセトラ、エトセトラ。


だってこの情報社会、知ろうと思って努力すれば知れない事はないのだから。


彼と一緒になりたい。

彼の腕に抱きしめられたい。

彼と一緒の朝を迎えたい。


その想いだけで、私は頑張れる。

その重さは、地球と比べても、遥かに重い。

その熱量は、物理法則すら、捻じ曲げられる。

人の姿も、変えられる。


「碓氷さん、急に手紙なんて、一体何の用だろう? 今の時代に手紙って、古風な人だな」


愛しい彼の足音、そして声。

私ははちきれそうになる、胸の高鳴りを抑えながら、彼が『私』を見つけてくれるまで待った。


「あれ、いないな。校舎裏って、ここじゃないのかな」


きょろきょろと石田君は辺りを見回す。

そして、ダンボール箱に入った『私』と目が合う。


「え、アナホリフクロウじゃん。どうしてこんなところに?」


彼はきょとんとしつつ、一歩一歩『私』に近づく。

そして、何も躊躇うこともなくその腕に『私』を抱えた。


「ダンボール箱にいるって、まさかお前捨てフクロウか? 可哀想に」


彼はそう言って、優しく『私』の頭を撫でた。


「まさか、碓氷さんの手紙ってこれのことだったのかな。それならそうと、言ってくれれば良かったのに」


そう言って、彼は『私』を小脇に抱えたまま、私を探して校舎裏をさまよった。


「碓氷さん、見つからないな。連絡先も知らないしーーまあ、明日学校で確認すればいいか。とりあえず、目下の問題はこの子だな。親父にどう説明したらいいか」


当然、彼は私を見つけることはできず、『私』とともに帰った。


それから、私こと碓氷加奈は学校からーー否、この世界から姿を消した。

代わりに、カフェ石田がフクロウカフェになった。


「おはよう、カナちゃん。今日も可愛いな」


けれど私は満足だ。

人間よりも短い、フクロウの命でも、

愛する、

恋する彼と一緒なら


「お、カナちゃん笑ってる。やっぱ可愛いな!」


この命に、後悔はない、と。

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恋は戦争、初手切り札 虹色 @nococox

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