すくみずめでーる
モン・サン=ミシェル三太夫
第1話
わたしの彼はスク水が好きらしい。
毎年押しつけてるウイスキーボンボンに酔ったのか、少々はにかんだ表情で、そう彼が白状したのだ。
出会った当時なら「きもっ」「そんなキャラだったの?」と反応したはずが、なぜか今は冷静に受け入れている。
どうやって話を合わせようかという、わたしの悩みもよそに、そいつは堰を切ったように話しはじめた。どんだけ語りたかったんだ。
「昔から興味はあったんだけど、最近、映画やアニメでも見かけるようになって」
「ついに目覚めちゃった感じ?」
「たぶん。とくに足がさ」
「あし?」
「うん、かわいい顔をしてる子が、すごく太い足をしてるのが、ギャップ萌えで」
わたしは、むちむちと健康的な日焼けした太ももを想像した。
わたしが小中学生のときは、みんな足の太いの気にしてたけどな。
めっちゃ高い「あし痩せのクスリ」とか通販で買おうとして、親バレして大変だったよ。
そうか、男衆はそういうのが好きなのか。
「身体がぷっくりしてても、足は不釣り合いに長かったりするのも、いいね」
「へ、へぇ」
でもスクール水着ってことは、学生? それともコスプレもありなの?
「ちなみに、ストライクゾーンの年齢は」
「え、そういうの特にないけど……まあ、小さい子はヒトケタ年齢が多いのかな」
やばい、ロリコンだ。
「で、さ、キミさえ良かったら」
そして、意を決したように「カフェにいこう」と誘われた。
「カフェがあるの?」
メイドカフェや執事カフェは聞いたことがあるけど、よもやスク水カフェとは。
「うん、かわいい子たちが、いっぱいいる。おさわりは禁止だけど、寄ってきた子をなでるとか、お話するとかはOKらしい」
それって、フーゾクとは違うのか。
「ちょっと、一人で行きづらい。ボクって、そういうキャラじゃないから」
「うん、意外だった。もっと硬派なヤツだと思ってたんだけどな」
ガタイは小さいけれど、根性だけは誰よりあると信じていた。
まあ、ジムの他の連中もよくアニメやゲームの話をしてたし、いまの若者はみんなそんなものかもしれない。わたしの考え方が古いんだろう。
「だから、一緒に行こう!」
一瞬のためらいの後、わたしは頷いた。
「ん、いいよ」
わたしだからこそ、ここまで性癖を打ち明けてくれたのだろうから。
その日は、池袋駅の東口で待ち合わせだった。
よりによって、ホワイトデーを指定だ。平日の昼間は予約をとりやすいらしい。
で、よくわからないビルの地下を通って、エスカレーターを昇ったり、降りたりして。
これって地上を歩いたほうが早いんじゃないかとも思ったけど、まあ、一ヵ月ぶりのデートなので、のんびり歩くこの時間を大切にしよう。こいつが、どんな変態だとしても。
いや待てよ、ロリコン趣味なのに、わたしと付き合ってるって、どういう了見だ?
偽装か? もしかして、わたしをカモフラージュにして世間の目を誤魔化そうってか?
「わたしは、そう一筋縄じゃ、あんたの言いなりにならないからな!」
思わず口に出してしまい、彼がキョドる。
「な、なななんのこと?? ボクは別にきみをどうこうしようとか」
図星かよ。
「そんなことより、子どもは好き?」
ぶほっ。
「それこそ、何のことだ。どういう意味で聞いてんだ、ああ?」
「ふ、深い意味はないんだよ。うん、ごめん、変なこと聞いちゃったね」
いい歳の女に、同類かどうか訊くか、普通?
まあ、毎週ジムで殴り合ってりゃ、女だってことも忘れられちゃうか。
こじゃれた店に着いて、小さなテーブルを挟んで、わたしたちは座っていた。
外の喧噪が信じられないほど静かなスペースだ。客は、二人だけ。
普通の格好のウェイトレスさんが注文をとりにきて、タピオカドリンクとか頼んで。
彼がメニューとは別の、アルバムのようなものから、なにかオーダーしてるのが見えた。
え、もしかして女のコを指名できるの? てか、さすがに平日の昼間に未成年はいないよね?
注意書きのペーパーも渡されたけど、緊張して、ほとんど頭に入ってこない。「大声を出さない」「お酒をあげない」「勝手に写真を撮らない」とか、普通のことばかり書いてあった気がする。
「あ、きたきた。ホームページで見て、ぜったい会いたいって思ってたんだ」
からからと手押しワゴンで運ばれてきたのは、ドリンクではなく、二匹の鳥。
あ、テレビでよく見る。メンフクロウって種類だ。
顔が白いお面みたいで、すっごく不気味で、ユニーク。
「このミミズクは、ツガイなんだってさ」
「え?」
ミミズク……?
↓
ミミズク
↓
みみずく
↓
すくみず
↓
スク水
うぉぉぉおおおおおいっっ!? わたしの盛大な勘違い? 聞き違い?
わたしの身体は、怒りと恥じらいで小刻みにバイブレーションしはじめた。
「どど、どうしたの?」
「ふ……ふ……」
わたしは、ゆらりと立ち上がる。
「フクロウじゃねーか!」
意味不明な叫びとともに、わたしは思いっ切り、それこそツマサキからの捻りをヒザ→もも→腰に余すところなく上乗せした回転力を注いだ生涯渾身の右ストレートを、テーブル越しに彼に放った。
……はずだったけど、彼はくるんと首を捻って、その威力を軽く受け流してしまった。
そーだよ、ジムでこいつに勝てたこと一度もなかったよ。立ち技も、組み打ちも。
「ごめん、そうだね、フクロウだよ。ふふ、やっぱりキミも好きなんだね。よくタカとかワシのプリントTシャツ着てるからさ、そうだと思ってた」
いや、あれは試合を見にいくたびに、ついつい買っちゃってるだけで。
わたしの言い訳も聞かず、彼はポケットから小さなビロード箱を取り出し、パコリと開ける。
「だから、きっと上手くやってけると思う。結婚してください」
うえぇ?
「いや、でも、わたしって、ほら図体でかいし」
「このフクロウも、大きい方が奥さんなんだよ」
ふりむくと、メンフクロウたちは仲睦まじく、互いに毛づくろいなんかしていた。
ああ、いいな、こういうの。
はじめて、こいつらが可愛いらしく見えた。
「ど、どうかな?」
「あ~、いままで食らったカウンターで、いちばん効いたわ、これ~」
わたしは観念してイスに座りなおした。
「おっけー、りょーかい。喜んで、承りました」
つっけどんに差し出した薬指に、シルバーの指輪がはまる。なぜかサイズはピッタリだった。
「えーと、どこかで飲み直す?」
「そうだね」
やべー。いまわたしたち、すげーいい雰囲気になってるけど、そのあとどーすんだよ。
わたしいま、ワンピの下、スク水を着てるんですけど????
すくみずめでーる モン・サン=ミシェル三太夫 @sandy
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