フクロウー不苦労

半社会人

不苦労


「やっと手にいれたんですからね、慎重に扱ってくださいよ」


向き合う男二人。


くたびれた酒場の一席で、顔を付き合わせている。


若い男の方は話を続けた。


「本当に苦労したんですから」


「そんなことは分かっている」


対面にすわる男はそういってうるさそうに手を振る。


「問題は、こいつが本物かどうかだ」


「噂が本当かどうかまでは保証しませんよ。僕はただ、苦労して捕ってきたこいつが、無下に扱われるのが好ましくないだけで……」


「いいから、見せてくれ」


若い男は渋面を作ったが、それでもしぶしぶといった様子で、傍らにあった包みをテーブルにおいた。


まるで宝石でも扱っているかのように、ゆっくりと布をほどいていく。


やがて現れたのは、金色に輝くフクロウの死体だった。


対面の男が口笛を吹く。


「こいつはいいな」


そして若い男の忠告も聞かず、さっと手を出した。


その指が金色の羽毛に触れる。


男はぞくぞくと体を震わせて


「ああ、いいねえ。これだよこれ。これこそが、本物だ」


「僕は保証しませんからね」


再三繰り返される主張にも、対面の男は耳を貸さず。


ただ嬉しげに言った。


「これで俺もー不苦労(フクロウ)だ」


※※※※※※※※※※※※


とある噂がある。


金色に輝く羽毛を持つフクロウ。


そのフクロウを所有している者は、人生において苦労しらずになるというものだ。


なぜフクロウが?


答は簡単。


漢字を考えてみてくれ。


梟?ーーいや。


不・苦・労だ。


馬鹿げた噂だが、それを信じる馬鹿も沢山いた。


対面に座っていた例の男もその一人だった。


男はそれなりに満足のいく人生を送っていたが、まだまだ自分に飽き足りていなかった。


もっともっと幸福があるはずだ。


人生にはまだ待っているものがあるはずだ。


そう思った彼は、若き狩人に大金を積んで依頼した。


人生で苦労をしないために。


これからの人生を、薔薇色で過ごすために。


狩人は当惑した。


そんな噂を信じる者がいたなんて。


だが、積み上げられた金の量には逆らえなかった。


ごくりと生唾を飲み込み、森に赴く。


最新鋭の弓矢を装備し、警戒心の強いフクロウを探す。


なにが不苦労だ俺はこんなに苦労してるぞ。


思わずそんな愚痴を吐きたくなるほどくたびれまわった。


何度野生のフクロウに遭遇したことか。


そしてその度に、羽毛の色を見てがっかりしたことか。


だが、遂に見つけたのだ。


そのフクロウは、その眼をじっここちらに注いでいた。


噂を信じていない彼でも、思わず神々しさを感じずにはいられなかったほどのもの。


気高く、孤高に。


それは、ヒトをじっと見据えていた。


刹那の沈黙。


動いたのは狩人の方が早かった。


そして手にいれたのだ。


こんなにも苦労して。


ー金色のフクロウを。


※※※※※※※※※※※※


金は払った。


もうこのフクロウは俺のものだ。


男はそう息巻いて、席を立つと、大事そうにそのフクロウを抱え、家に帰った。


そしてそれを、居間の一番目立つところに置く。


「むふふふふ」


思わず笑みがこぼれる。


人生は苦労の連続だ。


病気、貧乏、恋愛、老い。


様々な苦労が自分を苦しめてきた。


たが、今日からはそれとも解放されるのだ。


俺の人生において、切り札はこのフクロウなのだ。


男はそう思いながら実際に口に出して


「今日から頼むぞ。相棒」


金色のフクロウをぽんぽんと触る。


それからむふふと笑った。


期待で胸が膨らむ。


「もう苦労などしたくないからな!!」


男はそういった。


※※※※※※※※※※※※※※※※


翌朝。


偶々男の家を訪ねた友人が、男の遺体を発見した。


原因不明の病死。


だが、驚いたことには、どこか幸せそうな表情を浮かべている。


友人は、その男の遺体を見下ろすように、鋭い眼光を放っている「それ」に気がついた。


金色に輝く、気高きフクロウ。


人生のフクロウ。


ー不苦労。


「死」が、そこには充満していた。


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