第22話新しい春
チョモル村落に春が訪れようとしています。
雪解けの水がチョロチョロと田んぼの用水路を流れててゆきます。
今日は日曜日。アンの仕事が休みなので。
アンが手作りのお弁当を作ってアニィを手動式車椅子に乗せて。近所の自然公園までピクニックです。アンは背中に背負ったリュックにお弁当たちを入れて。
アニィの手動式車椅子を押してゆっくりと進みます。
アンのリュックは派手なカラーの赤とオレンジ。
戦争中に何処かのデパートで無理をして買いました。
火薬の匂いが染み付いていたのですが。今は気になる程ではなくなりました。
公園の散歩道をゆっくりと進んでいると。
途中で出会った老夫婦、奥さんのご婦人に。
婦人「ご夫婦ですか?」
と笑顔で尋ねられました。車椅子を押しているアンは嬉しそうな顔で。
アン「はいっ!」
と答えました。アニィは恥ずかしそうな顔をしています。
温かい午後の日差しの中、空を見上げると。
民間航空会社の多客式大型ジェット旅客機が飛んでいます。
キィィィィ・・・・・・ン・・・
飛行機雲を作って飛ぶその姿は、あの戦争中に毎日盛んに爆音を立てて飛び交っていた空軍のジェット戦闘機とは違って、和やかな安心を与えてくます。
アン「わあ・・・ほら見てアニィ。飛行機よ」
アニィ「うん」
広場の様な草っ原にシートを引いて。お弁当を広げるアン。
アニィを椅子から降ろして座らせます。
楽しそうな顔をしてお昼のランチを食べる二人の夫婦。
アン「ねえ、アニィ。平和って素敵よねえ・・・」
アニィ「うん」
アン「こんなに当たり前のことを」
「どうしてみんな忘れちゃうのかしら・・・」
アニィ「うん」
愛し合う二人だけの時間は、ゆっくりと、そして惜しむ事もなく過ぎてゆきます。
幾日かして、村の小学校から手紙が届きました。
文面は、アニィに小学校の臨時教師をして欲しいとの内容でした。
アニィは戦争のために大学を中退して軍に志願しました。
役場のポルカさんが学校に推薦したそうです。
アニィが先生に向いているんじゃないかって。
アンは即座にアニィやってみなさいよ、と勧めました。
アニィは最初は嫌がっていましたが。アンの励ましでその気になったみたいです。
そして初教壇の当日。アンは付き添いとして同伴します。
目一杯気合を入れてお化粧してお洒落な服を着込んで出陣です。
アニィよりもアンの方が緊張して固まっています。
アン「いい?アニィ。子供に舐められないようにね?」
アニィ「アン、気張り過ぎだって。落ち着いて」
アン「何言ってんのよ!」
「旦那様が恥をかかないように努めるのも妻の役目よ!」
アニィ「・・・・」
小学校の職員室で教頭先生と打ち合わせの話をしています。あいにくその日は校長先生は出張でお留守のようです。
教頭「ベーカリーさん。良いですか、あなたが戦争で体験したお話を子供たちに聞かせてあげて下さい」
「なに、低学年の授業は誰でも教えられるような内容ですから」
「あなたが素直に子供たち接すれば子供たちも素直に心を開いてくれますよ」
アン「はははは、ハイッ!」
教頭「奥さん、あなたが緊張しなくてもいいんですよ?」
アニィ「アン、大丈夫か?」
アン「だだだだ、大丈夫なのよ私は・・・」
アニィ「はじめまして皆さん、臨時教師をすることになった」
「アニィ・ベーカリーです」
子供ら「ざわざわざわ・・・」
女児A「先生!足をどうしちゃったんですか?」
アニィ「うん、戦争で無くしたんだ」
子供ら「ざわざわざわ・・・」
男児A「先生!後ろに居る美人のオネーサンは誰ですか?」
「先生のコレですかあっ?」
子供ら「コレですかああ!?」
クラスの子ら全員が小指を突き立てて大合唱。
アン(は、恥ずかしすぎるう・・・)
アンの顔が真っ赤になり顔から汗が吹き出てきました。
アニィ「先生のコレ、ではありません」
「僕の大切な、可愛いお嫁さんです」
子供たちが一瞬顔を赤らめましたが、すぐに嬉しそうな顔をして。
男児B「いいなあ、僕もあんな綺麗なお嫁さんが欲しい」
子供ら 「あっハハハハハハッ!」
一瞬にして教室は和みました。
恥ずかしくて汗びっしょりになったアンは。
アン「あわわわわ」
「け、化粧が崩れるぅう・・・た、退散せねば」
コソコソと後ろの戸から退出するアン。
アニィは大きな声で児童らに語りかけます。もう児童らを味方につけてしまいました。
アンは女児トイレに駆け込みます。鏡を見ながら着崩れを直して化粧を塗り直します。
教室に戻らずに、校庭にある八分咲きの桜の樹の木陰で休憩。
左手で心臓を押さえながら深呼吸をします。
アン「ふう、恥ずかしいわ・・・」
桜の樹に手のひらを当てて、目を閉じて考えています。
アン(アニィ、さすが私の旦那様だわ!)
(子供に好かれる男って、素敵よね)
アンは桜の樹の下で地面に座りながら授業が終わるのを待ちます。アニィを迎えに行って教頭先生にお礼を言います。
手動式車椅子を押して帰宅します。まだお昼頃です。
食事中にアンが興奮してしゃべりまくっています。
アニィ「おいおいアン、まるでアンが先生に成った様な事言ってるぞ?」
アン「いいのよ!どっちだって」
「とにかく私は嬉しくてしょうがないの!」
アニィは、非常勤の教師として採用して貰う事になりました。
春は、二人にも訪れたようです・・・
第6章終了
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