炭を焼く
HaやCa
第1話
田舎にいる祖父から連絡が飛んだ。
話を聞くに、炭焼きを手伝ってくれだとか。都会暮らしになれた私でいいのか、不安に思いつつ車に乗った。
祖父は小さな小屋みたいな家に住んでいた。山のふもとにあって、どこか懐かしい香りがただよう。葉っぱの緑、空の青、どきどき見る動物の影、どれもが新鮮だった。
「おい はやくこっちにこい!」
「はーい」
祖父は短気だと聞いていたけど、まさかこれほどとは。
もう少し景色を見たっていいじゃん。
それにどうして、私に白羽の矢が立ったのだろう。
この近くには祖父が頼れる知り合いはたくさんいるだろうに。
そんな、小さないら立ちといっしょに祖父の元へ走った。
「今日は一日中作業やからな。お前も作業着に着替えてこい」
「そこにあるやつ? えーなんかきたない」
「文句いうな! はよ行け!」
祖父は私を叱咤、大きな手ぶりまで加えた。炭焼きのイロハさえ知らないから、このとき正直舐めきっていた。
炭焼きを始めて6時間が経過したころ。
「ひぃ~、こんなにしんどいなんて思わなかった~」
「だろ? お前の顔、真っ黒でおかしいわい。がはは」
祖父は笑う。いわれて確認すると、確かに私の手はもちろん顔まで真っ黒になっている。
これじゃあスマホも触れない。なんて、こんなときまでくだらないことを思った。
「どうじゃ大学は?」
「どうもこうも。勉強詰めでもないし、楽しくやってるよ」
「そうか。そいつはよかった。死んだばあさんもきっと喜んどる」
一息入れると、祖父は軍手を外し簡単に炭を払い、物置の中に入っていった。がちゃがちゃと農機具の擦れ合う音がする。
「ほれ。これ見ろ。ばあさんと俺の写真」
「わぁ。おばあちゃんってこんなに綺麗だったの?!」
「おう。街の遊園地でデートしたときはそりゃ、みんなして振り返って見てたな。いまでも自慢の女房よ」
たぶん白のワンピース。白黒でよくわからないけど、祖父とおばあちゃんはにんまり笑顔。
自然と沈黙が下りて、木々のさざめきだけが揺れた。
「ごめんなさい。おばあちゃんが大事な時、駆け付けられなくて」
「お前も忙しかったんだろ。もう終わったことだ。仕方ねえ」
そう遠くに視線をやる祖父は、悲しさを隠しはしなかった。
「だからな、今日来てくれ言ったわけだ。ばあさんが好きだったこの季節によ」
炭で汚れた手で、祖父はまた何かを探しにいった。落ち着かない人だけど、確かに愛を感じられる。
「こいつを帰りに供えていけ。ばあさんぜってぇ喜ぶぞ」
今度は居間から戻ってきて、花束を渡しに寄越した。黄色い花、あまいかおり。
「うん。わかった」
ちゃんとおばあちゃんとお別れしよう、そう思った矢先。
「まあ、まだまだ働いてもらうがな。がーはっはっは」
「しんみりしてたのに! あと孫のケツ触んなエロジジイ!」
おどけていることぐらい、バカな私にもわかる。
悲しみなんてすぐ消えてくれないし、消そうとしてもまた火を起こす。
炭を焼くように、ふつふつと湧き上がってくる感情だと思う。
けれど、反対に優しさも同じだ。
(ねえ、おばあちゃん。見てるかな。おじいちゃんも私も、元気でやってるよ。炭だらけだし超暑いけど、きょうは大切なことを思い出したよ。私やお母さんはおばあちゃん似で、よく笑うってこと。おばあちゃんに似て、みんなよく泣くってこと。これって、やさしさの涙だよね?
胸がほどけるみたいなんだ。苦しくて、でもあたたかい。本当はね、私、大学でバカやってばっか。お母さんのいうことも聞かないくらい。でも、思い直した。もっとまじめに生きる。
ひとのために、誰かが泣いてるとき背中を摩ってあげられるひとに、なりたい。ありがとう、
またね)
炭を焼く HaやCa @aiueoaiueo0098
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