梟加護 ラビィとキング

ぶらっくまる。

梟加護 ラビィとキング

 暗闇の中、巣穴ごと揺さぶるような振動で、わたしは目を覚ました。


「な、な、何よぉー、一体何なの?」


 誰に言う訳でもなく、わたしは不満を漏らした。

 巣穴に土埃が立っているようで、たったそれだけで、口の中がジャリッとした。


 普段のわたしであれば、何があろうと惰眠を貪っていたままだろう。


 しかし、中途半端に起こされ、息苦しさと口の中のジャリつきをどうにかしたくて、巣穴から出ることにした。


 昨夜は、猛吹雪だった。


 だから、巣穴の出入り口は、積もった雪に栓をされていた。

 ただ、そんなのは日常茶飯事だった。


「そろそろ対策を考えないと、数日寝過ごしたら出られなくなっちゃうわね」


 そんなことをぶつくさ言いながら、わたしは後ろ脚を屈め、跳躍の姿勢をとった。


「ジャンピングスピナー!」


 そう唱えた瞬間、わたしの身体は、暴走ドラゴンの如く、回転しながら突進した。


 回転が加わった身体が巣穴の壁にぶち当たりながらも、自慢の角で巣穴に栓をしていた雪に穴を開け、見事突き破った。


「いやっほーいっ!」


 勢いよく巣穴から飛び出したわたしの身体は、吹き飛ばした雪と一緒に、空中で陽の光を浴びて煌いた。


「うーん、今日も元気にお日様がわたしを照らしてくれる気持ちがいい朝ねぇー」


 そんなふざけたことを叫びながらわたしは、空中で身体を一捻りし、見事雪原に着地した。


「はいっ! 着地も成功! 絶好調!」


 目を覚ました原因のことなど忘れ、いつものように振り返った。


「……って、無い。無い、無い、無い……わたしのうちがなあああーい!」


 わたしの巣穴は、冬の間も食事に困らないように、精霊の樹海の比較的食べ応えのある巨木の下にあった。


 実際、巣穴から出てきたため、家が無くなった訳ではない。

 その巨木が根こそぎ倒されていたのだった。


 むしろ、それでよく巣穴が崩壊しなかったものだ。


 が、


 今の問題はそれではない!


「え……何で?」


 あり得ない光景を目の当たりにしたわたしは、呆然としてしまった。


 ホーンラビットであるわたしは、精霊の樹海の中では下位の魔獣である。


 その中でも、とりわけ身体が小さく、ホーンラビット同士の縄張り争いにも負けたわたしは、ヒューマンたちが多い平原寄りに追いやられていた。


 それでも、ようやく誰も手を付けていないパラライズドウッドを見つけたのだ。


 わたしたちホーンラビット族は、確かに弱い。

 それでも、額にある角から致死性の麻痺毒を注入できるという、奥義がある。


 ただ、主な栄養素をパラライズドウッドから得なければならず、それを確保できないと、ただの角が付いた野兎と何ら変わりはない。


 だから、その巨木が倒れてしまった今となっては、わたしはこの先、ただの角が付いた野兎と成り果てる未来に絶望したのだった。


「はっ! そ、それよりも、今のうちにたくさん食べておかないと!」


 何とか正気を取り戻したわたしは、倒れて雪塗れになっているパラライズドウッドの元へ駆けた。


 一生懸命表面の皮を剥ぎ、幹に噛り付く。

 ガジガジと噛り付くこと数分で樹液が漏れ出てきた。


「……い」


 何か聞こえた。


 幹に噛り付いていた顔を上げ、両耳をピンと張って周囲を警戒した。


 今は、口の周りから垂れる樹液も気にせず、聴覚に集中した。


「おい。誰かおらんのか?」

「やっぱり、誰かいる。でも、どこ?」


 声が聞こえた方向を向いても誰もいなかった。


 万一、フォレストウルフだったら、絶体絶命のピンチだ。


「巣穴に戻った方がいいかしら?」


 弱いなりにわたしが生き延びられたのも、この慎重さからだった。


 噛り付いた幹から漏れ出た樹液がわたしの前足を濡らした。


 樹液への思いが後を引いたが、諦めて巣穴に一旦退避しようとしたときだった。


「おーい、ここじゃ、ここ。誰かいるなら返事をしてくれんかのう」


 倒れたパラライズドウッドの葉が生い茂った枝が、ユサユサと揺れた。


 どうする?


 枝葉から見え隠れする羽毛からフォレストウルフではないことだけはわかった。


 声の様子から、どこか怪我をしているのかもしれない。


 雪で凍えているだけかもしれないけど、声が震えていたのだ。


「だ、誰なの? 怪我をしてるの?」


 わたしは、意を決して、声を掛けた。


 あの巨体なら、万一追いかけられても、巣穴に逃げ込めば大丈夫だと思った。


「おお、よかった。そうじゃ、怪我をしておってのう。身動きが取れんのじゃ」

「ちょっと待って、今行くわ」


 どうやら予想は的中したようで、身動きとれないなら大丈夫かしら? と、わたしは、声がした方へ跳ねて向かった。


「ねえ、あなたは誰? どうしてわたしの家を壊したの?」


 状況からみて、緑色の羽毛に覆われた目の前の巨体に因って、わたしの家が倒されたのは間違いないと思った。


「なんと! これはお主の住処であったか。それは申し訳ないことをしたのう」

「申し訳ないどころじゃないわよ! ってか、わたしの質問に答えなさい。ここらへんじゃ見掛けないけど、イーグルヘッドドラゴンではなさそうね」


 イーグルヘッドドラゴンとは、グリフォンのような頭をした竜の亜種で、精霊の樹海の最深部に居る空の覇者だ。


 ただ、わたしたちのような体内に毒性のある魔獣を襲わないため、一瞬それに見えたから近付いた訳だが、全然違った。


 まん丸と太った身体に、まん丸の顔に、まん丸の瞳といった丸尽くしの特徴的姿だった。


 ちょっと、かわいいかも。


「ああ、これは失礼した。わしは、フクロウ族のキングという者じゃ。魔人共の森を住処にしていたのじゃが、ちょいと住み辛くなったもんで、こちらへやってきたのじゃ」

「フクロウ族? 聞いたことないわね。それにしても、よく魔人の支配から逃れられたわね。もしかしておじさん、強いの?」


 わたしたち魔獣は、基本的に魔人の命令に背けない。

 原理はよくわからないけど、体内にある魔石を通じて送られてくる命令に、弱い個体は逆らえない。


 だから、普段から敵対している種族同士でも、魔人の命令があると、仲良く肩を組んでヒューマンや亜人共の国を攻めたりする。


「まあな。こんな有様じゃ信じてもらえんかもしれんのじゃが、相当じゃぞ」

「へー、自分で言って恥ずかしくないの、キング」

「くっ、お主は容赦ないのう」

「だって、本当のことじゃない」

「ま、まあの」


 胡散臭い話に呆れながらもわたしは、もし、このキングとかいうフクロウ族が強かった場合、元のパラライズドウッドよりも質が良いものをゲットするのに協力させようと考えた。


「ねえ、キング」

「なんじゃ?」

「怪我をしているって言っていたわよね? それって、酷いの?」


 先ずは、治る見込みがあるのか確かめたかった。


「ああ、酷いのう……特に、空腹で動けないのじゃ」

「そう……空腹なのね……って、空腹?」


 神妙な面持ちで言われたため、余程酷い症状なのだろうとその言葉を反芻したが、ただの空腹だった。


「ああ、魔族領から飲まず食わずで飛んできたからのう……空腹による眩暈で墜落してしもうたんじゃ」

「は、はあああー!」


 あまりの下らない理由でわたしのパラライズドウッドが倒されたことを知り、わたしは絶叫した。


「あ、あ、あなたねー! わたしが、どれだけ苦労してこのパラライズドウッドを手に入れたか、わかってるの! ねー! 知らないわよね! 知られてたまるもんですか!」


 半狂乱になったわたしは、自分自身でも何が何だかわからなくなって叫んだ。


「……す、すまぬ」


 わたしの荒れ狂う様に、引く訳でもなく、真摯にキングは謝罪をした。


 よし!


 ただの偶然だけど、キングは負い目を負ったようだった。


「いいわ、許してあげる」

「それは、本当か――」

「ただし! 食料を持ってくるから、たらふく食べたら、わたしの新しい住処を手に入れるのを手伝いなさいよ!」

「承知した」


 わたしの一〇〇倍以上ある巨体なくせに、小心者なのだろうか。


 ホーンラビットの恫喝に屈する大型魔獣とか失笑者よ!


 本当に強いのか心配になってきたわね……


 でも、背に腹は代えられないわたしは、キングの腹を満たすために食料探しをすることにした。


「それで、キング。あなたは何をいつも食べているの?」

「そうじゃのう。いつもは、ウルフラビットじゃな。あの筋張った肉が美味じゃ」

「は?」


 種類は違えど、まさかのわたしと同系統の種族だった。


「なんじゃ?」

「ねえ、わたしは何に見える?」


 恐る恐るわたしは、尋ねた。


「そらりゃあ、ホーンラビットじゃろうに」

「そ、そう……それで、わたしはどう見えるの?」


 質問の角度を変えた。


「どうって、柔らかそうで美味そうじゃのう」

「だめじゃないのっ!」


 はい、アウト―!


 キングを助けたところで、わたしが食われるだけだった。


 そりゃあ、そうよね。

 そんな旨い話がある訳がないのよ。


 項垂れて、わたしがその場を離れようとしたときだった。


「おい、待つのじゃ。お主が美味そうに見えたのは……」

「何よっ! 冗談だとでも言いたい訳?」

「本当じゃが――」

「だから、だめじゃないっ!」


 このフクロウ族って何なのよ! と、はじめて見る種族故に、本来のフクロウ族の思考や好物がわからないため、さっきからペースを握られっぱなしでもうくたくた。


「最後に、お主の名前を教えてくれんかのう?」

「え? 名前? 何でよ!」

「いいから、いいから」


 横たえたまま、まん丸の瞳を線にして微笑んできた。


 それに悪意を感じられなかったわたしは、答えた。


「ラビィよ。ホーンラビット族のラビィよ」


 半ば、やけくそ気味に答えた。


「フクロウ族のキングがここに誓う。鳥霊王として、ホーンラビット族のラビィにこの命続く限り加護を与えたもう!」


 その瞬間だった。


 わたしの身体とキングの身体が輝きだしたのだ。


 それは、契約の証だった。


 わたしを裏切らないという――証。


 何がキングをそこまでさせたのかは、わたしにはわからなかった。


 でも、その契約は、本物だった。


 こうして、下級魔獣ラビィと幻想級魔獣キングの奇妙な二羽による大冒険の幕が開いたのだった。

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