17

 夕焼けを背に、女たちが洗濯物を取り込んでいる。皆質素な麻の服を着ていて、それぞれ素朴な色に染められている。

 ライラもそこにいたが、他の人と違い幾分ゆっくりした動作で洗濯物を取り込んでいた。

 他の女たちが取り込み終わり、ライラが一人になったのを確認して、スカイは屋根を蹴りライラの前に降り立った。


「ひゃっ! 」


「おっと」

 

 突然人が降ってきたことに、ライラが驚いてバランスを崩す。スカイは左手でライラの腰を抱き、右手でライラの持っていた洗濯物を掴んで支えた。幸いどの洗濯物にも泥がつくことはなかった。


「悪い、驚かせたか。」


「あ、当たり前です、どうしていつも空からいらっしゃるんですか、天使様みたいに……!あの」


「ああ、名乗っていなかったか。俺はスカイだ。王宮魔術師をしている」


 正確には名乗りはしたけれど、ライラは気を失っていた。スカイが王宮魔術師だと知ると、安心したのかライラは表情を緩めた。


「スカイ様は、どうしてここに…?」


 問われると、スカイは「自分でもわからない」と言いたげに肩をすくめた。


「もとは町に向かって乗り合い馬車に乗ってたんだが、このあたりにバグの気配を感じて降りたんだ。気配が一段濃いところを目指したら、君が襲われてた。だから助けた」


 それで納得してもらえるとはあまり思えなかったが、できるだけ簡潔に説明する。バグの気配なんて、本当は常人にはわかるはずもない。突然現れ、突然襲うのがバグの特徴で、政府的には自然災害的扱いにすらなっている。


「バグの気配? 」


「ああ、俺はその気配を感じることができるから、使徒に選ばれた。」


 たいていはこの返答で、わからないなりに納得してくれる。


 わからないけど、そういうこともあるのだろう。というくらいの話をするのが、人に自分の話を信じてもらえるコツだ。と前に誰かが言っていたような気がした。ずいぶん古い記憶で、誰が言ったかまでは思い出せないが、王宮魔術師で使徒をやるうえでスカイの役に立っている。


「この森はいやにバグの気配が多い。君は何か知らないか。」


 ライラは、スカイに助けられたということも相まって、ほかの村人よりはスカイに対する警戒心が薄いようだ。スカイにとって今のところまともな情報元はライラしかいないのだ。


「なにか、って言われても……」


「なんでもいいんだ。気が付いたことがあれば」


 困った様子で考え込んでしまったライラに、スカイはできるだけ優しい口調で声をかける。ライラは「本当になんてことないんですけど…」と前置きをして話し始めた。


「物心ついたときには、最近よくバグが出るようになったね、って言われていて……。魔術師の使徒様が、バグ狩りにいらしてくれたりもしたみたいなんですけど、それでもやっぱり多くて。バグが出たときは、村から遠くなるように逃げろって、子供の時から言われていました」


「まあ、妥当な策だろうな」


 ライラに相槌を打ちながらも、スカイはその事態の異様さに考えを巡らせていた。そんな策ができあがるほどに、この村の人々にとってバグの出現が日常化しているということでもある。

 バグは、その退治に助成金が出ている。バグ専門の掃除屋がいるほどで、年に三体狩ることができれば一人前に生活できる金額が支給されるのだ。


「ここ最近は、けっこう多くて、先月もだれかが見たって言ってて。」


 一月に一回ペースというのも、なかなかある数字じゃない。


「……ライラ、この地域だけにある、言い伝えか何かないか?」


 それはすなわち、この地域自体にバグを引きつける何かがあるとしか考えられない。そしてそれが何かが判れば、バグの発生を抑える手がかりができるかもしれない。


「言い伝えですか……この地域には、ウイルナ様の森ぐらいしか……」


「ライラ!」


 突然背中から、刺すように聞こえた声にライラが身じろぎする。声の主は村長のアンダンだった。

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