木彫りのフクロウ

華乃ぽぽ

木彫りのフクロウ

「ふふ、やだ、なにこれー」


 笑いを含んだ声で、私はアレルからの誕生日プレゼントを受け取った。

 丸い形をした木彫りのそれは、お世辞にも上手とは言えない代物である。


「なんでもいいだろ、こういうのは気持ちだって、リアが言ってたじゃないか」

「言ったけどさ、だってこれ、何かわからないもの」


 片手に収まるサイズの木彫りの何かを、私は頭上にあげて太陽に透かしながらよく観察する。

 鳥? だろうか。羽のような模様が所々に彫られている。それを見て私はクスクスと笑った。


「あー、もう。それがなにかは気にしなくていいよ。どうせ僕は不器用だからね」

「そうなの? でも、ありがとう。私の為に作ってくれたんでしょう? 大事にするね」

「うん、十六歳の誕生日おめでとう」


 にこりと私は糸のように細くなる目に弧を描いて、アレルに笑顔を向ける。

 そうするとアレルは少し頬を赤く染めて、安堵する様にはははと笑った。



―――それからアレルが勇者として旅立ったのは三日後だった。

 突然国からの使いがやって来て、聖女と魔法使い、戦士にエルフの弓使い。

 その四人とアレルは半ば強制的に慌ただしく出立していったのだ。

 何でも、魔大陸に現れた魔王を倒す旅らしい。


 アレルとは幼馴染だった。

 家が隣同士で十六年間一緒に育ってきた。

 そんな事を思い出し、少し寂しく思いながら、誕生日に貰った木彫りの鳥のようなものをじっと私は眺めていた。


「あんたさぁ、そのまま行かせてよかったの?」


 そう、友達のナナミが言った。


「何で? 勇者って凄いことじゃん。魔王倒したらお姫様と結婚して、英雄王になるんでしょ? そしたらこの村も勇者が生まれた村として、鼻高々だね」

「いや、そうじゃなくてさ。あんたまだ気づいてないの?」

「何を?」

「それさ、フクロウじゃないの?」


 ナナミは私の手の中にある、木彫りの鳥のようなものを指差す。


 この村では婚約の証として男性から女性に、フクロウに因んだものを送る風習があった。

 フクロウはどちらかが死ぬまで、永遠につがいを変えることのない生き物だからだといわれている。

 男性は雄と雌のつがいでフクロウに因んだものを作り、雌を婚約したい女性に送り、雄を自分で持つ。そんな風習だった。


「え、これがまさかフクロウ?」

「これが大きな目で、これがクチバシよ。あんた、受け取ったってことはアレルと婚約したってことよ」

「え、えええ! で、でもアレルは片方を持って無かったわよ!」

「どうせアレルの事だし、言い出せなかったんでしょう。あんたも鈍いしね」


 私はびっくりして、木彫りのフクロウを落としそうになる。


「でででででも、もう、ほらアレルは勇者として旅に出ちゃったし。お姫様と結婚して英雄王になるんだし、無効よ無効」

「まあ、そうなったらしょうがないかもね」


 しょうがない、ね。

 フクロウ、だったんだ。


 私は少し残念に思いながら暫くそれを見つめた後、そっと腰のポシェットにしまった。



◆◇◆◇◆◇



 三年後、勇者一行は魔王を倒し、華々しく王都に凱旋したということを旅の行商人から噂で聞いた。

 その報告を受けた私は、無事アレルは魔王を倒す事ができたんだと、ほっと胸を撫で下ろした。アレルの実家も大喜びだろう。

 同時に、リビングに飾ってあった木彫りのフクロウをちらりと垣間見る。


「あーら、よかったわねえ。アレル君無事王都に戻って来たって?」


 母が私を茶化すように語りかける。


「そうみたいね。これからお姫様と結婚して英雄王になるんだろうな。すごいね、アレルは」


 癖毛の赤毛にそばかすのある日焼けした肌。短い睫毛に縁取られた榛色の瞳。

 何処からどう見ても、ただの村娘の私。

 しかも、もう結婚適齢期を三年も過ぎた行き遅れ。


「リア、道具屋のラウルから縁談が来てる。これが最後だと思いな。もう行き遅れのお前を嫁に貰ってくれる所なんてないよ」


 母は辛辣にそう私に伝える。

 わかっている。ラウルはアレルと同じ幼馴染で、私に気がある事も知っている。

 だからこそ、アレルの凱旋を待ってから縁談を持ち込んで来たんだろう。

 私がちゃんと、アレルを諦められるように。


「……お母さん、ラウルに会うわ」

「やっと決心してくれたかい。それじゃあ、早いほうがいいね。明日には見合いという事でいいね」

「ええ」

「そうと決まったらお母さん、すぐに道具屋さんとこ行ってくるわ」


 木彫りのフクロウが、私をじっと見つめているようなそんな気がして私はフクロウを手にとった。

 急いで作ったような、雑な木彫り。

 本当にフクロウかと問われれば、肯定する自信はない。


「フクロウは、どちらかが死ぬまでつがいを変えない、か」


 母は父から、フクロウの羽で作ったブローチを貰ったと言う。ナナミは二年前、村のテッドからフクロウそのものを貰ったらしい。


 そうして、私達リアとラウルは見合いをし、張り切った両者の両親はすぐにでも結婚を、と式を三日後に予定するのだった。

 


◇◆◇◆◇◆◇



 ラウルは好青年だ。

 村の女達もラウルに気があるようで、まだ結婚していないラウルに様々なアプローチをかけていた。

 それを笑顔で交わしながら、ラウルは道具屋の商売を手伝っていた。


「リア、本当にいいのかい?」


 花嫁衣装を身に纏った私を見て、ラウルはそう告げる。


「ええ、ラウルこそ私でいいの? ラウルは若い女の子を選びたい放題じゃないの。村長の娘だってラウルにほの字だって聞いてるわ」

「よせよ、他の男がまだガキだからだよ」


 式は新郎が新婦の家から、新郎の家へとエスコートして行われる。

 今新婦の家、私の実家には私とラウルの二人きりだ。


「あいつも薄情なやつだな」

「あいつ?」

「アレルだよ。お前を捨ててお姫様に乗り換えた」


 そう言われ、どくんと心臓が音を鳴らす。


「ああごめん、今のは忘れてくれ。失言だった」

「……ううん、その前にね、これってフクロウなのかな」


 私はリビングに置いてあったアレルから貰った木彫りのフクロウを指差す。


「私一人で舞い上がっちゃって……」


 その時、ラウルが片方の腕で私の腰を持ち、もう片方の腕で私の肩を抱きしめる。

 どくどくとお互いの心臓の音が鳴り響く。


「俺のフクロウは、急に決まってまだ用意出来てないけれど、リアに似合うものをちゃんと用意するから。さあ、行こうか」


 ラウルは私の手を引き、家の扉を開く。

 向かうはラウルの実家。村の道具屋。


 私はいびつな木彫りのフクロウにサヨナラをした。




「どこ行く気?」


 不意に、そんな声が頭上から聞こえる。


 私とラウルはキョロキョロと辺りを見渡してその声の主を確認する。


「ラウル、勝手に人の婚約者と何やってんの」


 声の主は、屋根の上からするりと音もなく着地する。


「リアは俺が先約してんの。これがわからない?」


 そういって、現れた癖のついた栗色の髪の男は目の前に、木彫りのフクロウを差し出す。


「お前なあ……」


 頭痛がしたのか、ラウルは頭を片手で押さえ、はあっと大きなため息を吐く。

 私は榛色の眼を大きく見開き、現れた人物をまじまじと見つめた。

 三年前はもっと、小さくて私と同じ位だった身長は既に私の頭一個分を抜かし、体格も以前より逞しく成長している。


「リア、俺があげたフクロウはどこ?」

「えっ……」


 ずい、と突如として現れたアレルは私達の横を通り抜け、私の実家へと勝手に侵入する。


「ああ、あったあった」


 そういって、リビングに置いてあった木彫りのフクロウを手に取り、私の手に握らせる。


「さあ、行こうか」


 そういってアレルはエスコートしていたラウルと私の腕を無理矢理解き、私の腕を自らの腕に乗せた。


「おい、ちょっと待てよ。流石にそれはないぞ? アレル。村の村長も皆も家族ももう、家で待機してるんだ。勝手にうちの嫁を連れて行かないでくれないか」


 ラウルが不機嫌そうに腕を組んでアレルを睨みつける。


「人の婚約者に手を出すのはこの村では、御法度じゃなかった?」


 アレルはと自信ありげにフクロウを片手で宙に投げながらにやりと笑った。


「……お前のそれはフクロウなのか」

「失礼な。フクロウだよ」


 はあっとラウルはまた大きなため息を吐く。

 私はオロオロと、どうしていいか分からずに成り行きを見守る。


「とにかく、まずはうちに来てもらおうか、勇者様。事情説明してもらわないと困るんでね」

「お安い御用さ」


 そうして私達三人は、たまたま通る村人達にぎょっとされつつも、式の会場となる道具屋に到着し、中にいる皆に事の発端をアレルが話すことになった。


 ラウルの家族も最初はポカンとしていていたけれども、仮にも魔王を倒して来た勇者だ。

 話を聞かない訳にはいかなかった。


「それで、お姫様と結婚して英雄王になるんじゃないのか?」

「そんなの旅に出る前から断ってる」


 そう言って、アレルと私の目の前にあった鶏の肉をフォークで刺して私の口へ運ぶ。

―――私は反射的にそれを食べてしまったのだが、それがまずかった。

 ごくん、と私はそれを飲み込む。


「ということで、リアは今日から俺のだから」


 村の結婚は、新郎が新婦に何かを食べさせる事によって成立する。

 つまり、私とアレルの結婚が、今異質ながらも成立してしまったと言う事になるのだ。


 アレルは私を横に抱きかかえ、道具屋の結婚式場を後にしようと、外へ歩く。


「じゃ、リアのお義父さんお義母さん、リア連れて行くけど心配しないで。たまには帰ってくるから」


 そう、アレルが私の父と母にいうと母は慌てたように返事をする。


「お、おお……」

「リア、気をつけて」


 後は皆、唖然と私達を見送った。


 かくして私達リアとアレルは結婚し、夫婦になった。

 アレルと過ごせなかった三年を埋めるように、私達は世界を旅して幸せに過ごした。


 にこりと私は糸のように細くなる目に弧を描いて、アレルに笑顔を向ける。

 そうするとアレルは自信げに笑い返すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

木彫りのフクロウ 華乃ぽぽ @popo-poppy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ