学園七不思議 ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~

佐久間零式改

第1話 言実第二小学校 学園七不思議その四

『言実第二小学校 学園七不思議その四』



 夕方以降、誰もいない第二運動場で複数の足音が聞こえる。


 第二運動場に近づくと足音は聞こえなくなり、離れると第二運動場の方からまた足音が聞こえてくる。

 足音が聞こえるからと第二運動場を注意深く見ても人影は見えない。


 十数年前、誰にも知られたくないからと秘密裏にその第二運動場でマラソンの練習をしていた男の子が熱中症で倒れるも、誰にも気づかれないまま次の日の朝にその男のが死亡していたのが発見されたという。


 その第二運動場でその男の子の幽霊が誰にも気づかれないように、未だに練習をしているのだという噂だ。



                * * *



 稲荷原流香が『言実第二小学校 学園七不思議その四』に遭遇したのは、小学五年生の時であった。


 放課後、図書室で本を読みふけっていると、下校時間を告げる鐘が鳴った。


 図書室を追い出され、その続きを想像しながら校舎を出たときであった。


 サッ……サッ……サッ……。


 風と共に足音のようなものが流香の鼓膜を震わせた。


「この音は?」


 流香は立ち止まった。


 足音にも聞こえるが、そうでもないようにも聞こえる。


 運動場から?


 そう思って校舎の正面にある広い第一運動場を見てみるも、校門へと向かう人影がちらほらとある。


 けれども、その人達が立てている音ではなさそうだった。


 音はまだ続いていた。


「もしかして……」


 流香は通っている言実第二小学校の学園七不思議を思い出した。


 その四は、足音が第二運動場から聞こえるというものだったはずだ。


 流香は本当に七不思議の足音なのか気になって、滅多に使われる事のない第二運動場の方へと足を進めた。


 第二運動場は第一運動場の隣にある。


 隣と言っても、途中にはプールがあり、二つの運動場が繋がっているワケではない。


 流香がプール横にある道を歩いている時までは、その音が聞こえていた。


 けれども、芝生が植えられている第二運動場の前まで行くと、さっきまで聞こえていた『サッ……サッ……』という音が聞こえなくなってしまった。


 学園七不思議の噂通りに。


「怪異?」


 流香は姉の稲荷原瑠羽が高校生になってから退魔業をやるようになってからか、怪異にそれなりに遭遇するようになっていた。


 幽霊の気配から神のような存在をそれなりなく探れるようになっていた。


 それもこれも、姉の瑠羽が俗に言う『狐憑き』で、狐と人とが融合しているかのように狐耳と狐の尻尾を出す時がよくあった。


 そんな狐憑きの姉と接しているうちに怪異の方から近づいてくるようになったのだ。


 瑠羽は第二運動場を目を細めて凝視した。


 流香もいつからか怪異が『視える』ようになっていた。


 いくら見ようとしても、そこには噂にあったような少年の幽霊はいなかった。


 怪異の片鱗さえ第二運動場には全くなく、音の正体がなんなのか流香には全く分からなかった。


「どういう事なんだろう?」


 流香は小首を傾げて、もう一度怪異を視ようとするも、やはり気配さえ視えない。


「お姉ちゃんに訊いてみようかな。お姉ちゃんなら何か分かりそうだし」


 身体の向きを変えて、家に帰って姉にこの話をしてみようと思った時だった。


「あれ?」


 今、視界の片隅で、何か小さい物が動いたような気がした。


 何が動いたんだろう?


 第二運動場を何度も見回してみるも、動いているものなど一切なかった。


「気のせい? それとも、風で何かが揺れたのを勘違いしただけ?」


 流香はよく分からなくなってきた。


 そして、姉の瑠羽にこの疑問を解消してもらおうと思って、家路を急ぐことにした。




                * * *



 姉の瑠羽は流香よりも先に家に帰っていて、自分の部屋に籠もっていた。


「お姉ちゃん、いる?」


 姉の部屋の前まで行き、ノックをした後、ドア越しにそう訊ねると、


「流香か? 何じゃ?」


 声音は若いのだけど、どこか老人じみた言葉が返ってきた。


「訊きたい事があるんだけど……いい?」


「構わぬ。入れ」


「ありがと」


 流香はドアを開けて、姉の瑠羽の部屋に入った。


 姉の部屋は質素で、机やタンス以外、これといった物を置いてはいない。


 そんな中で、白い下着姿の瑠羽が椅子に座って、満面の笑みを浮かべていた。


 何故下着姿なのかは、狐憑きの状態であるためだとすぐに分かった。


 尾てい骨の辺りから狐の金色の尻尾がはえ出て来ていて、ズボンなどがはけなくなっていたからだ。


 だから下着でいるしかなかったようだ。


 尻尾以外にも狐の耳がはえており、人間の耳と合わせると合計四つの耳があって、見た目がとても違和感があって奇妙だった。


「何じゃ? 恋の相談かのう?」


 瑠羽は狐の尻尾を振りながら、流香を愛でるように見つめる。


「ううん、違う。怪異の相談だよ」


「怪異じゃと?」


 瑠羽の尻尾の動きが止まって、しゅんとしぼんだようになってしまった。


「うん。お姉ちゃんも、言実第二小学校出身だよね?」


「そうじゃが、それがどうかしたのかのう?」


「学園七不思議って知っているよね?」


「当然じゃな。いくつかはわしが解決しておるはずじゃが……」


「解決って、その四も?」


 瑠羽は記憶を辿り始めるも、行き着くことができないのか、狐の耳をゆらゆらと揺らしている。


「どんな噂であったかな? よくは覚えてはおらぬ」


「ええと、第二運動場から聞こえる足音だよ、お姉ちゃん」


「……ああ、あの噂話じゃな」


 瑠羽は目を細めて昔を懐かしむような表情をして、にんまりと笑った。


「お姉ちゃんには分かっているの? 怪異の正体が」


「当然じゃな。しかし、わしだけではあの怪異は解消できぬのじゃよ。助っ人が必要なのじゃ、助っ人がな」


 瑠羽は何か愛しい物を愛でるときに見せるトロンとした目になって、目の前にいる流香ではない何かを見ていた。


 何でお姉ちゃんはこんな目をしているんだろう?


 流香には姉の表情の意味が分からなかった。




                * * *



 次の日、学校から帰宅した流香に『あの怪異を退治する助っ人を借りに行かねばならぬのだが、来るか?』と、狐の耳と尻尾のない平生の瑠羽が訊ねてきたので、流香は二つ返事で姉に付いて行った。


 瑠羽は京浜東北線に乗ってとある駅まで行き、そこから徒歩七分の場所にある某ビルの前まで来た。


「ここじゃな、助っ人がいるのは」


 瑠羽はそう言って、ビルの中へと入っていった。


 その助っ人って退魔師なのかな?


 それとも、お坊さんとか、お姉ちゃんみたいな何かの憑き物筋なのかな?


 流香は想像を膨らませながら、姉に続いた。


「ここ……なの?」


 けれども、想像していたものと違って、流香はとても困惑した。


「うむ、ここじゃな」


 瑠羽が来たのは、普通の喫茶店だったからだ。


 瑠羽はそうするのが当然といった様子で、その喫茶店の中へとすっと入っていく。


 流香はどうしていいのか分からなくなったものの、助っ人の正体が知りたいという好奇心に抗いきれずに恐る恐る喫茶店に入った。


「あっ!!」


 喫茶店の中に入るなり、目に飛び込んできた物を見て、流香は大きな声を上げてしまった。


 喫茶店のはずなのに、何匹ものフクロウがいたからだ。


「えっ? でも、どうして?」


 即座にその事に疑問を抱いた。


 喫茶店の中にフクロウが住んでいるはずがない。


 もしかしたら、フクロウの剥製かもしれないし、フクロウの幽霊かもしれない。


 そう思うと、流香は先に進むのに躊躇いが生まれた。


「流香。ここにフクロウがいて当然なのじゃ。何せここは、フクロウカフェじゃからのう」


 瑠羽は窓際の席に腰掛けて、流香を手招きしていた。


「フクロウ……カフェ?」


 初めて聞く単語だったので、流香はその意味を掴みかねた。


「アニマルカフェの一種じゃな。フクロウではなく、猫などがいるカフェもあるのじゃよ。動物による癒やしを求める人々が来る場所じゃな」


 流香がフクロウを脅かさないように抜き足差し足で瑠羽の席まで行き、と向かい合うように座った。


 猫カフェだけは知っていたので、フクロウカフェの意味がようやく理解できて、あのフクロウは生きているんだと分かってなんとなく嬉しくなってきた。


 同時に、生のフクロウを見るのは初めてだったので心が躍った。


「お姉ちゃん、どこに助っ人がいるの?」


 フクロウカフェの疑問は解消できた。


 けれども、助っ人については未解決だ。


「あのフクロウが助っ人じゃよ。あの怪異には、フクロウがうってつけなのじゃよ」


 瑠羽は店員に珈琲とオレンジジュースを注文した後、これが回答だと提示した。


 けれども、当然流香には分からない。


 フクロウを助っ人として迎える事の意味が。


「姉ちゃん。私、降参するから教えてよ。なんでフクロウなのかを」


「ふふっ、流香はうい奴じゃ。ならば、可愛い妹にはきちんと説明せねばなるまいな」


 瑠羽は、妹の流香の事をじいっと愛でるように見つめながら、


「あの怪異……いや、あの音の正体は、ネズミが動いている音じゃ。あの第二運動場の土の中に巣を作り、人がいない頃合いを見計らって動き回っておるのじゃ」


「ネズミ……?」


 流香は見間違いかもしれないと思っていた、視界の片隅で動いたものを思い出す。


 小さかったようにも思えるし、あれがネズミと言われると納得できそうではあった。


 だけど、ネズミとフクロウの関係性が分からなかった。


「フクロウの好物はネズミなのじゃ。狩り尽くせるかどうかは分からぬが、第二運動場にいるネズミをある程度狩れば、あの音は止むのじゃよ」


 瑠羽は流香の思考を見抜いてか、すぐに答えを提示してくれた。


「……流香。いずれはわしと同じように怪異と向き合わなければならぬ時が来るじゃろう。その時には、それが怪異であるかどうかを即座に見抜かねばならぬ。怪異ならば怪異の痕跡が必ずある。怪異でないのならば、そうではないはずの痕跡が必ず見つかる。そういった目を養うことが必要なのじゃ、退魔師というものには」


 その言葉が今も退魔師としての流香の基礎を為している。


 故に流香は退魔師でありながらも、探偵の真似事のような事をするのであった。


 真実を見抜く事こそが必要であると姉に教えられたのだから……。





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