虹色のフクロウ

青桐

第1話

「フクロウを探しにいくよ」


ビシッとドアを指差しながら、彼女が笑みを浮かべる。


「どういう意味?」


彼女はいつも突拍子の無いことを言う。今日のは何に影響されたんだろうか。


「裏の森に、虹色のフクロウが出るんだって。

なんか、そのフクロウを2人でみると、幸せになれるらしいよ」


虫取り網を肩に担いだ彼女に、どこから突っ込むべきか。

とりあえず虫取り網は、スルーしよう。


「どこ情報?」


そんなアホな話は聞いたことがない。


「”ばあば”が言ってたから間違いないよ。

田舎のおばあちゃん情報は正しいって、相場が決まっているもんさ」


彼女は、カッコつけながら俺を指差す。

そんな珍しい生き物がいたら、すでに見つかっているだろう。

初めて聞いたぞ、そんな話。


「田舎のおばあちゃん情報って、となりに住んでるだから、大した情報じゃないんじゃないかな?」


とりあえず、言葉を選びながら、彼女を諭す。

裏の森は凄まじく広い。

存在しないものを探し、駆けずり回るのは勘弁してほしい。


「”ばあば”の言葉を疑うなんて、もう離婚だぁ」


走り去るふりをしながら、彼女はそう言い放った。

彼女はその場から一歩しか動いていない。

とりあえず彼女に、重大な間違いを指摘する。


「まだ結婚してないけどね。

付き合ってはいるけど」


「ノリが悪いなぁ。

とにかく、私とお泊りデートしたい?

したくない?」


「したい」


森でなければね。その言葉は飲み込んだ。

ただただ、存在しそうにないものを探して、森を彷徨うことになりそうだけど。

でも、彼女といられるなら『それでもいいか』と思えてしまうのは、惚れた弱みだろうか。

仕方ない。

暗視ゴーグルを取ってくるか。

フクロウは夜行性だしな。

それに、もう外は真っ暗だし。

田舎に街灯なんて洒落た物はない。それに輪をかけて、森の中はさらに暗い。

残念ながら彼女は、もう首からゴーグルを下げている。今すぐ行くつもりだろう。間違いなく。

あの暗視ゴーグル、何を探しに行ったときに用意したんだっけ。

そんなことを考えながら自室へ向かう。

ドアを開けると、部屋のど真ん中に、鳥籠とでかいリュックが鎮座している。

そして、ベッドの上には迷彩色の長袖と長ズボンが綺麗に畳まれていた。ご丁寧ヘルメットまで置いてある。

とりあえず、彼女が用意しであろうリュックの中身を調べてみる。

すると、携帯用食料7日分、ブルーシート、紐や懐中電灯、タオル等々、さらには、緊急用の発煙筒まで入っていた。

そして、暗視ゴーグルもきっちり入っていた。

あっ、ツチノコだ。ふと思い出した。

たしか、この暗視ゴーグルは、ツチノコを探しに行く時に用意したんだった。

ずらりと部屋の壁に飾られている額縁には、様々な新聞の切り抜きが入っている。

その中でも1番大きいものは、俺と彼女の満面の笑みの写真が載っている。

ツチノコとのスリーショットだ。

写真の中の俺たちの首には、この暗視ゴーグルがかかっていた。

当時、ほとんどの新聞が大きく取り上げてくれた。

あの時は取材が殺到したなぁ。

今までで、1番多かった気がする。


「遅ーい。先行っちゃうよー」


さて彼女が、俺を置いていかない内に、行きますかね。



それから5日後、ようやく家に帰ってこれた。

ほくほく顔の彼女と、諦めた顔をした、虹色のフクロウを連れて。

いや、本当にフクロウありがとう。

本当にいてくれて、本当に助かった。

7時間続いた壮絶な鬼ごっこは、おそらくフクロウ人生初の経験だっただろう。

俺も、飛ぶ鳥と鬼ごっこしたのは初めてだった。

初体験同士、末永くお付き合いしてくれると嬉しい。

……寝ていないからか、頭が働いてない気がする。

まあとにかく、彼女の目は、見つかるまで帰らない目だった。

そして見つけた瞬間、捕まえるまでは帰らない目に変わった。

まあなんやかんやあったが、こうして家に帰って寝れるんだ。

虹色のフクロウは幸運の象徴って、本当なのかもしれない。

そうだ。今なら、なんでもできる気がする。

この勢いでプロポーズしてしまえ。

彼女をじっと見つめて言葉を絞り出す。


「結婚してくれない?」


「フクロウと浮気なんて、前衛的すぎるよ……?」


なぜか彼女の声が後ろから聞こえた。

振り向くと、彼女が後ろにもいた。


「だいぶ疲れてるみたいだけど、まあ、たぶん、私にプロポーズしてくれたんだよね?

まさか、本気でフクロウにしたわけじゃないよね……?」


やや心配そうな彼女に笑いかける。


「やったぁ、君が2人に増えた。

嬉しいなぁ、お得だなぁ」


「ダメそうだね」


2人目の彼女は首を横に振った。

ああ、今日も可愛いなぁ。


「まぁいいっか。

ふふっ。

いつもありがとね。

寝ぼけてない時にプロポーズしてくれたら、いつでも受けるから、今は寝なよ」


少し顔を赤くして笑いかけてくれた2人目の彼女は、いつもの可愛さを遥かに超えて、さらに可愛かった。

でも、彼女が2人に増えたら、たぶん俺は振り回され死するな。

まあ、それも幸せかもしれない。

そういえば、虹色のフクロウはどこに行ったのだろうか。

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虹色のフクロウ 青桐 @Kirikirigirigiri

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