最強の警備員

大艦巨砲主義!

第1話

 我輩は烏である。名前はまだない。


 ………実際、我輩は自由気ままな野良烏だ。空を飛び、眼下に広がる人間たちの都会を見下ろし、時折家族と支え合いながら目の前の一時を全力で生きる烏だ。


 ゆえに、我輩に名前はない。

 所詮、固有名詞など人が勝手に生み出すもの。我輩の烏生活にとって、名前がないというのは何1つ不自由ない瑣末ごとに過ぎないのだ。


 我輩は、秋の涼しさがしぶとく残っていた夏の残暑を退けた季節のある日に、1つの人間の広い住処に目がついた。

 白い塗装で覆われた、三階建ての高級感漂う洋館。

 広い庭には緑が茂っている。


 ………なるほど。なかなかに趣味が良いな。


 我輩は光り物に目がない。

 そして、こういう趣味の良い大きなお屋敷を住処にする人間は、我輩の経験からなかなかにいい光り物を溜め込む習性がある。


 我輩が見たところ、このお屋敷の持ち主の人間はかなりの光り物を溜め込んでいるとみた。

 我輩のお眼鏡に叶う趣味のいい光り物があるかもしれない。


 我輩はお屋敷の庭の茂みに隠れるように降り立った。


 ………人間は頭がいい生き物だ。我輩たち烏には劣るがな。

 ………人間は警戒心が強い生き物だ。我輩たち烏より、肝っ玉は小さいからな。


 だが、我輩は油断しない。

 2、3日、お屋敷の様子を見てここを住処にする人間の行動パターンを見てから、留守にする時間か寝静まる時間にお屋敷の中を偵察し、光り物を見るとしよう。

 我輩のお眼鏡に叶う代物があれば、掻っさらうまでだ。


 フフフ………人間は人間こそが最も頭がいいと思っているが、我輩の目はごまかせない。

 烏と知恵比べなど百年早いのだよ。

 では、偵察開始だ。




 ………3日間の偵察で、お屋敷の人間の行動パターンは判明した。

 住人は4人。朝早くに屋敷の主人である男とその子供は外出し、夕方までともに帰ってこない。

 屋敷の主婦は昼間になるとどこかへ出かけて行き、空の色が変わる前あたりに戻ってくる。

 屋敷の二階に住む老人は日中に庭の散歩をする程度で、普段は屋敷の二階に引きこもっている。


 フフフ………人間たちの行動は把握した。

 行動を起こすのは人の少ない、主婦のいない昼間に決定だな。お屋敷に老人がいるため、人は通れないが烏は通れる窓が開いていることがある。

 フフフ………浅はかなり。


 翌日の日中、主婦が出て行った頃合いを見て我輩はお屋敷の一階の小窓からお屋敷に侵入した。

 そこからヒョコヒョコと雄々しい堂々たる足取りでお屋敷の中を進む。


 フフフ………予想通り人間の気配はない。老人は二階にいるようだ。

 実に愚かなり。


 我輩はお屋敷探索を進める。

 すると、ひときわ広い部屋に到着した。


 どうやらそこは人間どもがリビングと称している部屋のようだ。

 天井に吊るされたシャンデリアはなかなかに趣味がいいものだ。

 しかし、我輩にあれは運べない。断念するしかないだろう。


 奥の扉が半開きになっている。

 その部屋に入ると、幾つもの引き出しが重なった棚が複数置いてある部屋だった。


 鏡もあるな。

 観音開きのクローゼットもある。

 人間は毛皮がほとんどないため、服を着なければ寒さに凍えてしまう。実に不便な生き物だな。


 我輩は烏だ。そんな苦労は知らない。


 しかし、ここは当たりだ。

 我輩は目を光らせ、引き出しに飛びついた。


 引き出しがすっと開く。

 中を覗くと、趣味の良い光り物が多数あった。


 フフフ………ビンゴだ。

 広いお屋敷を住処にしている人間なだけある。光り物を多く溜め込んでいた。


 いくら我輩が優秀とはいえ、こうもたやすく侵入を許す人間にはこの光り物はもったいないだろう。

 この持ち主に恵まれない光りものは、我輩がいただくとしよう。


 我輩は幾つかの光り物を身にまとい、そして最も気に入ったサファイアの指輪を加えて半開きの扉に向かって歩き出した。


 主婦が帰ってくるのにはまだ時間がある。偵察を重ねた我輩には、人間たちの行動パターンが手を取るようにわかる。


 堂々たる足取りで小窓を目指す我輩。


 すると、その通路の上に先ほど通った際には見なかった大きな置物が通路の真ん中に置かれていた。

 それは我輩よりもやや大きく、目とくちばしがついている見たことのない鳥らしい生き物の姿をした置物だった。


 はて? あのようなものがあっただろうか?

 まあ良い。我輩には置物など瑣末ごと、さっさと出て行くとしよう。


 置物ごとき避けるつもりなどない。

 お着物の置かれた中央を堂々と歩く我輩。


 すると、置物の目が一瞬動いた。


 !?

 まさか、本物の鳥なのか!?


 我輩も油断があった。

 どうやら同じ目的で入ってきた鳥と鉢合わせしたらしい。


 しかし、白鳥でもない鳥ごとき、多少体格が優っている程度で負けるつもりなど毛頭ない。

 我輩は威嚇するように鳥を睨みつけた。


 ………だが、鳥はじっと我輩を置物と見間違えるほどに無機質な目で見つめるばかりで、無反応である。

 まるで我輩など歯牙にも掛けない、相手にする価値さえないと言わんばかりの振る舞いである。


 その鳥の態度は、我輩の烏の矜持に傷をつけた。


 見知らぬ鳥め。知においては鳥獣の頂点に立つ烏たる我輩に対してその態度、無礼であろうが!

 そこになおれ!


 我輩は鳥を威嚇するように鳴き声をあげた。

 その際指輪が落ちたので、また拾う。


 しかし鳥はこれにも無反応。


 くっ………! これほどの屈辱は初めてである。これは烏たる我輩に向けた挑戦と受け取っていいのだな!


 怒り心頭となった我輩は、鳥に向かって突撃した。


 烏の我輩を侮辱した罪、その身をもって贖え! チェストぉ!


 …………………。


 我輩は、光りものを全て落としてただ逃げた。

 あの鳥が鉤爪を振り上げた直後の記憶がない。

 しかし、あの鳥に対する恐怖心だけは明確に覚えている。


 烏であるはずの我輩は負けた。

 あの鳥は白鳥にさえ感じたことのないほどの強烈な恐怖を刻み付けるだけの強さがあった。

 我輩には、命からがら逃げるしか選択がなかった。


 確かに、あの鳥から見れば烏など興味を持つ価値もない鳥だった。

 我輩は絶対に超えられない相手に無謀な挑戦をしたのだろう。

 命こそ取られなかったが、戦利品たる光りものは全てお屋敷に落としてしまった。


 だが、我輩にお屋敷を再度襲う気力はなかった。

 あそこには人間などよりもはるかに恐ろしい守護者がいる。あの鳥がいる限り、烏にはお屋敷を荒らすことなどかなわないのだ。

 人間がお屋敷を無防備にしている愚か者という言は、撤回せざるおえまい。

 人間はお屋敷に最強の切り札を持っていたのだ。我輩の侵入対策など、とっくにできていたというわけだ。


 ふっ………我輩は所詮道化か。なんと情けないことか。


 帰った我輩は、あの鳥について調べてみた。

 あの鳥は梟というらしく、我輩達烏よりもはるかに強く鋭く王者の風格を持つ空の狩人、猛禽類の仲間だった。

 なるほど、我輩など勝てるはずがないわけだ。


 我輩は家族と同胞を守るため、烏たちにお屋敷で出会った人間の切り札、梟について語った。

 同胞たちはお屋敷に手を出すことを諦めた。


 空を飛ぶ我輩は眼下に広がる都会を見下ろす。

 梟という存在を知った我輩は、次に光り物を狙うときにはそこを住処とする人間がなんの動物を飼っているかについて調べてから行動することにした。


 フフフ………人間は愚かなり。

 我輩は新たな知恵をまた1つ身につけ、今日も光り物を人間から入手するために新たな獲物を探す旅を続けていた。

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