ゲリッテル

百合好き

切り札はフクロウ

目の前には木で作られた外開きの扉。右は白。左も白。尻のサイズに見事にフィットする形の椅子。


俺は今、トイレにいる。




腹の中でポップコーンが弾けた。そう勘違いしるほどの強烈な痛みが俺を襲った。なんだ。これは一体何なんだ。

咄嗟に腹を押さえた手から旅立った食後の楽しみであるプリンが真っ白なスーツに不愉快な汚れを付けた。

いや、プリン好きな俺としては案外それも悪くないのでは?でもやっぱりスーツが汚れるのは社会人として……。

あれ、プリン?そんな事よりポップコーンはどこに行ったんだ。そもそも俺はポップコーンなんて食べてない。

馬鹿みたいな思考から抜け出した俺は意識してしまった為か立っていられない程の腹痛に思わず膝を着く。


「ヤバい。物凄くヤバい。トイレ!!」


声を出した所で勿論返事は無いけれど、そんな事は今はどうだって良い!声を出せば力も出る!

秘技!ハイハイ!!


「ハイ!ハイ!ハイ!」


しかし、神は俺を容易くトイレに連れていく気は無いらしい。そこには壁があった。

俺はそいつをこう名付ける事にしよう。

最初の刺客……リビングの扉(ハデスの門)。


右手を伸ばして触れようとするが届かない。指先でかする事さえ不可能。


くそっ。急所(ドアノブ)の位置が高すぎる!これじゃあやつに致命傷を食らわすことは出来ない。

立ち止まっている間にも絶えず襲いかかるポップコーンの魔の手に手足をばたつかせた所、何かが地面に落ちる音が足下から聞こえた。


「イヤホーーン!!」


俺が愛用しているThe100円均一なイヤホンが都合良く手の近くに落ちてきてくれた!というか今の叫びでちょっと漏れた。もう俺に残された時間は長くなさそうだ……。


輝け、俺の腕!お前が小学4年の頃から8年間野球をやっていたのはまさに今この瞬間の為。絶対そう。ポップコーンがキャラメル味になる前に、俺はトイレにたどり着く!

イヤホンのプラグを手に握り込み、ドアノブ目掛けて投げる。俺は今メジャーリーガーでもありカウボーイなんだぜ。


決まった……。手に確かな感触。外れないようにそっと紐を引っ張ってドアノブを下げる。ふっ、どうやらリビングの扉は俺の敵ではなかったようだな。さらばだ。


「ハイ!ハイ!……っ!ハーイ!」


楽園はすぐそこだ!諦めるなぁ!俺ぇ!!俺の家の間取り的にリビングを出れば程なくしてトイレ。勝利は約束されたも同然。


しかし、俺はリビングを抜け出せたよろこびで完全に失念してしまっていた。やつの最大の長所にして、俺にとっては2度と見たく無かったもの。


……そう。プライベート空間であるトイレには、当然のように"扉"がついているのである。


イヤホンは既にさっきの場所に捨て置いてきた。くそ……。悪態をつく言葉まで侵食されてしまった。母さん、父さん、育ててくれてありがとう。息子の不甲斐ない最期をどうか笑って許してほしい。俺は今日まで過ごしてこれて幸せでした。ありがとう世界。ありがとう宇宙。


腸の動きに対する抵抗をきっぱり辞めようとしたまさにその時。目の前の扉が、俺とトイレとを挟んでいた絶対的な壁が取り除かれたのだ……。


ああそうか。助けに来てくれたんだな。




目の前には木で作られた外開きの扉。右は白。左も白。尻のサイズに見事にフィットする形の椅子。太ももの上にはペットのフクロウ。


俺は今、トイレにいる。

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