アルファベット物語

ジム・ツカゴシ

アルファベットの起源 その一

 ギリシャ語の最初の二文字であるアルファーとベーターから発したアルファベットと呼ばれる文字は、日本ではラテン文字から転じたローマ字と称されるのが通常である。しかし、その起源はローマ時代よりもはるか昔の紀元前3千年頃から始まるエジプトの絵文字にたどりつく。

 ピラミッドや歴代のエジプト王の墓から出土される、壁に書かれた長方形の絵柄がそれだ。この箱に描かれた象形文字である絵文字から紀元前18世紀頃にアルファベットの直接の起源となる最初の文字が生まれた。この画期的な発明はエジプトと交流を持っていたセム人によるものだった。

 セム人は、エジプト人が象形を連ねて語るストーリは無視して、象形から連想される自分達の語を表現するためにそれらの象形をあてはめたのだ。たとえば、エジプトの象形に現れた蛇を、セム語では魚を意味するnunに借用した。これが今日のNの起源になっている。


 紀元前11世紀頃、中近東から地中海にかけて広く通商にたずさわった同じセム族のフェニキア人がこのセム人の文字に注目して、言語体系が異なるフェニキア語に転用した。通商に長け、また船の建造やガラス工芸など色々な工夫を編み出したフェニキア人は、長い時間をかけて22字のアルファベットを作り出し、それぞれに固有名を付した。

 フェニキアのアルファベットを最も原型に近い姿で受け継いでいるのが今日のヘブライ語だ。ヘブライ語のアルファベットは今でも22字で、22番目はフェニキア文字では「taw」と呼ばれていてTの起源となったが、ヘブライ文字も22番目は「tav」で同じtの発音だ。

 フェニキアでは文字は子音を表示するためで母音は含まれなかった。2世紀ほど時代が下がり、ギリシャ人がこのフェニキアの文字をギリシャ語の文書に転用した。ギリシャで5つの母音がアルファベットに加わった。

 それから1世紀ほど経った紀元前8世紀頃に、今度は当時のイタリア中部から北部にかけて勃興したエトルリアが、ギリシャ語の意味は無視して自分達の言語を記すためにギリシャ文字を転用し26文字を編み出した。

 それから更に1世紀後の紀元前7世紀頃に、まったく体系の異なるインド・ヨーロッパ語であるラテン語を使用するローマ人がこれらの文字を採用した。そしてそれから長いローマ帝国時代を経て、千年近く後の紀元6世紀になってヨーロッパ各地の言語にこのローマ字が転用されたのだった。


 英語に大きな影響を与えたのは1066年のノルマンディ公ウィリアムのイングランド征服だった。このノルマン人は、フランス政府が北からのバイキングの侵略に備えるために、傭兵として採用した地中海に達していた同じバイキングの末裔であった。毒をもって毒を制するこの戦略が成功し、このバイキングたちに戦功として英仏海峡に面したノルマンディ地方を与えた。そのノルマンディからアングロ・サクソンが統治する英国に侵入したのがウィリアム公であった。

 こうして英国はノルマン人がアングロ・サクソンを従える国になり、それまでイングランド各地に散らばる原住民が使用していた旧い英語に当時のフランス語が混じったのだ。

 旧い英語にはスと発音するcは存在しなかった。cは常にクと発音されていた。スが加わるのは、フランス語が混じってから以降のことだ。Cellar citizen graceなどはすべてフランス語が語源となっている。gは旧い英語ではグの発音だけだったのが、フランス語からジェの音を取り入れた。gentry、pageant、giant、engineなどはフランス語が起源になっている。


代表的なアルファベットの由来を見てみよう。

B 

フェニキア文字のBはbaytと呼ばれhouseを意味した。フェニキア文字を踏襲するヘブライ文字の2番目はbaytと呼ばれ同じくhouseを意味し、このbはBethlehem (house of bread)、 Bethesda (merciful house)などの地名に組み込まれている。ギリシャに渡ってbetaとなった。


G 

フェニキア文字の3番目はgimelで、ギリシャではgammaになった。今日でもギリシャ文字の3番目にある。このgammaを輸入したエトルリアはギリシャ語を無視してkの発音にこれをあてはめた。この影響がラテン語に出ている。ローマ字の3番目はcだが、エトルリア文字の3番目がk音だったため、CiceroはKick-eroと発音され、CaesarはKye-sarだった。日本訳がシセロが時にはキケロになり、シーザーがカエサルと表現されるのはこのためである。


F 

フェニキア文字の6番目はwawでウと発音された。ギリシャでは発音はそのままでFの文字をこれにあてはめた。これをローマ人がフと発音して今日のFの起源となった。ローマ人はこのFを広く活用し、それは英語に引き継がれている。Family、feast、fracture、futureなどFで始まる語は大方がラテン語から出ている。

旧いインドヨーロッパ語のPが英語に転換されるとF音に変わった。英語のfatherがギリシャ語やラテン語ではpater、スペイン語がpadre、サンスクリット語ではpitar-となる。英語のfireは、ギリシャ語ではpur、footがインドヨーロッパ語のpod-又はped-、サンスクリット語でpadasとなる。

                           


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