夕暮れの赤

三文の得イズ早起き

夕暮れの赤

 中学2年になる男の子達が下校をしている夕暮れの赤色は特別な赤だ。

彼らはその赤色を生涯に渡って忘れないのだけれど、その時はそんな事を想像すらしない。


「タケさあ、部活やんなくて良いの羨ましいよ」

「だから辞めたら良いじゃん。野球部」

タケは自分の右側を歩いているヨシオにそう言った。

「うちは親がうるさいから。部活やんないようなやつは落伍者ってスタンスだから」

それに対してタケは黙ったまま何も言わなかった。

 

 タケの父親はいない。

 彼が物心ついたときにはもう父親はいなかった。詳しいことはタケもよく知らなかった。母親はいつも働いていて忙しそうだったしあえて聞こうという気にならなかった。

「ヨシオさ、今から俺んち来る?早く家に帰ったら部活サボったの親にバレるぞ」

「行く行く!スプラトゥーンやろう!」

 ヨシオは弾んだ声を出して、少しだけ早足になった。西日が信じられない位に赤くてタケは一瞬息をするのを忘れた。ふとタケがヨシオの横顔を見ると、夕暮れの赤が彼の笑顔を照らしていた。その光景はまるで一枚の写真のようにタケの脳裏に焼き付いた。


 タケの家は古い公団住宅の4階の一室でエレベーターはなかった。タケとヨシオはコンクリートで囲まれた階段を登りながら時折大きな声を出してコンクリートに響く自分達の声に笑い合った。

 4階の部屋の鍵をタケは慣れた手付きで開けて「こっち、こっち、牛乳飲む?」とヨシオに言った。「飲む飲む!タケの家来たの久々だなあ」とヨシオは言った。


 二人は小さなダイニングテーブルで牛乳を飲んでから、タケの部屋へ移動し任天堂スイッチの電源を入れた。

タケは沢山のゲームソフトを持っていた。兄弟もいないし友達も少ない息子に対し、母親はゲームを買い与える事しかしなかった。タケはその事に対して寂しいという気持ちを持っているかどうかすらもう分からなくなっていた。

「スプラトゥーンやろう!」

ヨシオは笑顔でタケに言うとタケも笑顔で返した。


 夕暮れが暗闇になり、夜になろうとしていた。

二人はずっとタケの部屋であぐらをかいてスプラトゥーンをやっていたが、突然ヨシオが真剣な顔をして呟いた。

「タケはさ、俺の友達だよね?」

タケは「うん」と小さく答える。

そしてヨシオの顔を一瞬見た後でタケは小さな声でこう言った。

「ヨシオさ、部活辞めたほうが良いよ」

ヨシオはコントローラーを動かす手を止めた。

「俺だって辞めたいよ」

そう言ってヨシオは黙った。

「お前だけ坊主頭にさせられたんだろ。2年は全員髪伸ばしてるじゃん。あとさミスったから殴られるってやっぱおかしいよ。それからさ、お前、中島とかに金とられてるんだろ?」

タケはスプラトゥーンの画面から目を離さずにそう言った。ヨシオの手は止まっていた。

タケは横目で気付かれないように少しだけヨシオの顔を見た。

ヨシオはじっとどこか一点を見つめていた。そして体育座りをした膝の間に顔を隠した。

「スプラトゥーン飽きた!違うのやろうか」

タケはそう言うと別のゲームを起動させた。

 

 『owlboy』


 タケはヨシオの方は見ずに『owlboy』をプレイし始めた。

「このゲームはさ、ノルウェーのインディーゲームなんだけど最高なんだよ。この主人公がさ、オータスって名前なんだけど、フクロウなんだ」

「ふくろう??」

ヨシオは膝の間に顔を隠したままそう言った後で顔を上げた。

「そう。フクロウ。オウルってフクロウって意味らしい」

タケはヨシオの顔をもう一度チラリと見た。彼の目は赤かった。

「フクロウだから空を飛べるんだ。でも攻撃できないから非力」

「ダメじゃん」

「でもオータスは非力だけど仲間がいて、その仲間に助けてもらっていくんだよ」

タケはそう言って一人でゲームを続けた。

その間ヨシオは黙ってタケのプレイを見ていて、ゲームのクライマックスの場面などには時折楽しそうな声をあげた。


 ヨシオが帰る時間になって、彼が玄関で靴を履いている時にもタケの母親はまだ仕事から戻っていなかった。

「タケって一人で晩ごはん作ったりするんだろ?すごいな。ゲームも上手いし。うちはゲームも親が禁止してるからさ」

「ヨシオさ、あのさ」

タケは覚悟を決めたかのように一息置いてからヨシオに言った。

「ヨシオさ、あのさ、俺は絶対お前の味方だから。部活やめようがお前がイジメにあおうがクラス全体から無視されようが俺はお前の味方だから」

ヨシオは一瞬驚いた顔をした後で黙って頷いて「おう」とだけ呟いた。

「じゃあな」

「じゃあ。明日また学校で」


 しばらくしてからタケの母親が戻ってきた。母親はタケと会話もほどほどに風呂に入って寝てしまった。

 タケは布団に入っても寝付けなかった。スマホを見るとヨシオからメールが来ていた。

『タケ、今日はありがとう。親に部活の事話した。金取られてる事も。どうなるかわからないけど』

タケは『また遊びに来いよ。スプラトゥーンやろうぜ。あとowlboyも』と返信した。

 今度こそ寝ようと思って目を閉じると脳裏に焼き付いたヨシオの笑顔が浮かんだ。今日の下校の時の、あの夕暮れの赤に染まったヨシオの笑顔だった。

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夕暮れの赤 三文の得イズ早起き @miezarute

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