ふくろうカフェで逢引を。

紅井寿甘

あの子と手と手を繋いでみたい

「わ。近い、ですね」


 止まり木の上のフクロウが、大きな目で彼女を見据える。

 彼女。そう、彼女だ。

 先日ようやく付き合うことになった一歳年下の彼女との、初デートが今日なのである。


「白くって、ふわふわで。すっごく、かわいいです」


 指の甲でフクロウをくすぐりながら彼女が笑うが、俺に言わせればそれは彼女自身のことだろうと思う。

 節くれや日焼けが目立つ男の指とは違う小ささと白さも、何で洗ったらそういう香りになるのか分からないふわふわの髪も。

 己と違う全てが、可愛くて愛おしくて、触れてみたい。


「先輩、触らないんですか?」


 心の中を見透かされたようで一瞬ドキリとする。反射的に「触りたいです」と答えそうになるが、そんなの言えるわけがない。

 言えるわけがないからこその、ここだ。

 高校の最寄りから二駅にある、最近できたふくろうカフェである。

 オープンしたてで話題性もあり、喫茶店というのも気取り過ぎでない。

 そして動物とのふれあいが主となるわけで、会話に事欠くということもないだろう。

 更に。一番大事なこととして。同じ対象を至近距離で見るわけで……物理的な距離が近い。

 くっついたり、触れ合ったりするチャンスが、大いにある。

 ……自分で言ってカッコ悪いのは重々承知だが、抑えきれない欲というものはあるのだ。


「えへへ、気持ちよさそうですね」


 テーブルの横では、今回のデートの切り札であるフクロウが彼女に撫でられ目を細めている。

 今のところは順調だ。心の中で感謝を述べながら、微笑む彼女の横顔を眺めていると。


「……私ばかり楽しんでては、不公平ですよね。次は、先輩の番です」


 やりきったという顔で彼女がバトンを渡してくる。

 完全に耽っていたため、跳ね立つ格好になってしまった。

 バツの悪さを感じながらも、自分も今回の功労者であるフクロウを愛でてみるかと手を伸ばして――


(……)


 待って欲しい。なんだかコイツ、ちょっと怖い。

 席を立つときに音を立てたからだろうか? 彼女に撫でられていた時と違って、目つきがやたらと鋭い気がするし、全身がなんだか膨らんでいる気がする。

 そうして一度機嫌を損ねているように見えてしまうと、嘴や爪も気になってしまう。

 カフェの動物なので、その辺も手入れされているだろうとは思うのだが……なにせ、元々フクロウといえば猛禽類である。肉食のケダモノだ。


(……邪な目的でダシにしたことを、怒ってらっしゃる……?)


 切り札のつもりがとんだ鬼札か。指先を空中に差し出したまま、固まってしまう。


「先輩? どうか、しました?」

「いや、なんでも……」

「もしかして……」


 ビビってるのがバレて幻滅されたか。

 天を仰ぎかけた時だった。

 手にきゅっと柔らかいものが触れる。


「やさしく触れば、大丈夫ですよ」


 彼女が手を取り、フクロウの喉元まで指を導く。


「加減が分からなかったんですよね? やさしくすれば、大丈夫ですよ……」


 二撫でほどして、彼女は柔らかく微笑んだ後で。


「……あ、あのっ、ごめんなさっ!?」


 握りしめていた手を慌てて離し、顔を真っ赤にして背けてしまう。


「……えっと、やさしく触れば、大丈夫、なんだよね」

「……はい……」

「……でも、加減が分からなかったから、その……もう一回、いいかな……」

「……は、はい……!」


 おずおずと手を伸ばすと、応えるようにきゅっと、手がやさしく包まれる。

 自分と彼女の視線が絡み合う。

 視界の端でフクロウが、見ちゃいられないと首を回して目を背けた、気がした。

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ふくろうカフェで逢引を。 紅井寿甘 @akai_suama

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