*優位性の是非

 ──ベリルは完成した料理をダイニングテーブルに並べた。

 チキングリルとライス、サラダがワンプレートで見栄え良く乗せられ、バケットとバターが添えられている。

「ねえ。知ってる?」

 ジーンは料理を口に運びつつ、ベリルに挑戦的な目を向けた。

「父さんから作られたクローン。全て男性なんだって。しかも、みんな生殖能力が欠如してる」

 その行為を楽しむ事は可能であるが、子孫を残す能力は無い。

「女性は一人も生まれなかったらしいよ。面白いよね」

 コンソメスープにスプーンを沈めてジーンはひと口すすった。何も言わないベリルに目を向けて薄く笑う。

「もう少し未来には、性別を操作することが出来るかもしれないけど。それでも──」

 それでも、父さんの細胞から女性を造ることは出来ないかもしれないね。

(作中において現段階では遺伝子の解読は終了したが、その操作やゲノム編集の研究は未だ手つかずの状態)

「いま、同じこと考えたよね」

 嬉しそうにベリルを見つめるジーンから目を反らす。

「カナリアの一代雑種。Muleミュールのこと」

 さえずりの美しいアトリ科の野鳥のオスと、カナリアのメスとの交雑種──生殖能力を欠くので基本的に一代限りだ。日本ではハイブリッドと紹介される事が多い。

「もっと面白いのが、クローンのクローンを作ろうとしたけれど、どれも成功しなかった」

 細胞の核においても、一代限りって訳さ。

「もっとも、クローンの成功例が僕だけっていうのも不思議だけどね」

「何を持ってしての成功と見なしたのか」

「確かに。クローンだけでくくるなら、あいつフォージュリや、他の奴らだって成功といってもおかしくないよね」

 でも、彼らは僕以外を失敗とした。そこでふと、ジーンは何かを思い出す。

「そういえば、最終フェーズとか言っていた気がする」

「段階的なカテゴリ分けをしていたのか」

 いくつかの段階を踏まえ、最終的に残った者を成功とした。

「父さんと違って、クローンの場合はただ育つだけじゃあ、成功とは見なされないんだね」

 それは研究していたチームの判断によるものだが、ジーンたちはその判断によって区分くぶんされていた事は事実だ。

「自分のこと、少しは調べてるんでしょ?」

 子供じみた視線にベリルは答えない。

「まあいいけど」

 食べ終えた食器を流しに運び、冷蔵庫を開く。

「これ、食べていい?」

 冷蔵庫にあったカスタードムースを手にしてベリルに示した。

 ベリルは客が来るとデザートまで振る舞う流れが体に染みついており、そのクセで今回も作ってしまっていた。

「はい」

 差し出されたムースを受け取り、食べ始めたベリルをジーンはじっと見つめる。

「父さんて、綺麗だね」

 スプーンを噛み、嬉しそうに発した。

 時折、言われる事だがベリル自身にとっては、あまりピンとこない。自分の容姿について気にした事も、確認した事も無い。

 はっきり言えば、自分についてはまるで興味がない。とはいえ、仲間や友人がしきりに言うので、自覚くらいはある。

「クローンって、みんな同じ顔だと思ってた」

 ジーンの言葉にベリルはさして驚きもせずムースを口に運んだ。

「性格が形成されるまでは差異はない。しかし、環境や性格が異なるにつれ変化していく」

 家族や友人が見分けが付くのは、必ず差異があるからだ。

「へえ。じゃあさ、時々だけど凄く似てる人とかいるじゃない。あれは?」

「環境や性格で違ってくるのだから、その逆があっても不思議ではないだろう」

「それ。本気で言ってるの?」

 ケラケラと笑うジーンをベリルは見澄ました。

 確かによく見れば、見間違えてもおしかくないほど似ている。されど、髪色に目の色、ベリルの持つ雰囲気と存在感まではフォージュリも同様に受け継がなかった。

 そのためか、じっくり見ないと同じ顔だとは気付かない。

「知ってる? エメラルドは作れないんだってさ」

 何かを含んだ瞳がベリルに向けられる。

「水晶とかダイアモンドとかは人工的に作れるけど、エメラルドだけは人工的に造ったとしても偽物でしかない」

 何を言いたいのか。ジーンのアクアマリンの瞳がベリルをはっきりと映し出していた。

「イミテーションは所詮、イミテーション。僕も、フォージュリもね」

「人である事に代わりはない」

「そうだね」

 笑っているが同意はしていない。そんな表情だ。

「でも──」

 合わせた視線に無邪気さを貼り付ける。

「綺麗な父さんのコピーなら。なんか、嬉しいな」

 そんな、子供じみた言葉は彼の真実の感情なのだろう。なのに、それを素直に受け取ることは、ベリルには出来なかった。



 その夜──ジーンに部屋をあてがい、ベリルは寝室で寝る準備を始める。そこにノックの音が聞こえてドアを開くとジーンが立っていた。

 パジャマを借りて着ているジーンは、ベリルの姿に驚いた表情を浮かべる。

「父さんて、寝るときも服なんだ」

 多忙なベリルは、いつ何が起こってもすぐに動けるようにと、いつしか寝間着を着なくなった。

「どうした」

 ジーンは部屋の中を見回し、ベリルに目を移すと少年のような笑顔を見せる。

「父さんの隣で寝ていい?」

 ベリルはしばらく無言でジーンを見つめたあと、小さく溜息を吐き出し懐く犬のようだと思いつつ室内に促す。

「ありがと」

 足早に部屋に入ると、すぐにベッドに横たわった。そうして、持っていたハンドガンをナイトテーブルに乗せ、早く寝ようとベリルに目配せをする。

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 しばらくしてジーンの寝息を耳にし、ベリルも目を閉じた。



 ──朝

 三度みたび、姿を現したフォージュリはベリルの隣にいる知らない男を睨み付ける。

「なんだよお前」

「失敗作が何してんの」

「なんだと?」

 ジーンの言葉に、一瞬だがフォージュリの目は大きく見開かれ、あとには激しい憎しみの感情が体中からあふれ出る。

 フォージュリの標的がベリルではなく、ジーンに移った。失敗作という言葉で、ジーンが何者なのかを直ぐに悟ったのだ。

「よせ」

 いまにも殺し合いを始める体勢の二人の間に割って入る。

「落ち着け。何もしない」

「うるさい」

「無駄だって。こいつは精神が破綻してる」

「俺は正常だ」

 声を荒げるフォージュリにジーンは指を差して鼻で笑った。

「それがかい? あんたは失敗作。僕は成功作。解るだろ」

「なんだと──?」

 それを聞いたフォージュリは小刻みに体を震わせた。それが、怒りによるものなのかは解らない。

「どういう、意味だ」

 だらりと腕を垂らし、ジーンを凝視する。フォージュリにとっても初めて聞かされる事実なのか、動揺から激しく目が泳いでいた。

「僕は、成功した唯一のクローンだよ。そして、君は失敗作」

「そんな馬鹿なことがあるか」

「仮にも親である相手に、憎しみで刃を向ける人間が成功だと言えるかい? 君は精神異常だ。だから失敗とみなされて、他の失敗作と同じ場所に置かれた」

「違う! 違う、違う!? 俺は成功作だ!」

 突きつけられた真実にフォージュリは思考が追いつかず苦しみに頭を抱えた。

「認めなよ。そして、死にな」

 吐き捨てて、フォージュリに向けた銃口をベリルは遮る。

「どいてよ父さん」

 優しく発するが、その瞳は冷たい。死なない程度には撃ってきそうだなとベリルは若干の覚悟をした。

「ふざけるな」

 震える声と小さな金属音に、ベリルは無自覚のまま体を少し移動させる。同時に、小さな破裂音と共にリビングのフローリングに数センチの穴が開いた。

「チッ」

 フォージュリは外したことに悔しさを滲ませてハンドガンを仕舞いつつ、きびすを返し遠ざかる。

「逃がさないよ」

「ジーン」

 走り去るフォージュリの背中に狙いを定めるジーンのハンドガンを掴み、やめろと首を振った。

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