◆第二章/カナリアの歌

*その名は螺旋

「大丈夫?」

 爽やかな笑顔がベリルに向けられる。

 ベリルは、知らない人間がまた庭に入っている事に眉を寄せる。セキュリティは一体、どうしたのかと頭を抱えた。

 青年は銀色の髪と鮮やかな海の瞳に無邪気な表情を貼り付けているが、その手にあるハンドガンは随分と使い込まれている。

 住宅街を意識してのものだろう。銃身には、音を抑制するサプレッサーが取り付けられている。

 どこか期待のこもった瞳に、ベリルはいぶかしげな目を向けた。

「誰だ」

 刹那──海を思わせるその青い瞳に、過去の記憶が鮮明に蘇る。

 それは、遠い記憶だ。

 ──ベリルがいた施設の内部は、夜間でも通路は明るい。しかし、その部屋だけは他と違っていた。

 寝付けずに施設内を彷徨いて見つけた部屋は、常に薄暗く設定されていると窺えた。誰もおらず、低く唸る電子音だけが響いていた。

 そこには、デスクに並ぶ、いくつもの水槽に沈められた何体もの──

「誰だ」

 再び、問いかけた。

「僕はジーン。よろしく、父さん」

「ジーン」

 その名に、ベリルの心臓はドクンと高鳴る。まだ、生き残りがいたのか。

「僕は、あなたを殺そうだなんて思っていないよ。だって、僕を生み出したオリジナルなんだからね」

 そう語った瞳は、どことなく空々しくベリルには感じられた。

 geneジーン──それは、遺伝子という意味を持つ。髪の色も瞳の色も異なるけれど、やはり、どこかベリルと似ている。

 このジーンという青年も、同じく戦いのなかにいたのだろうか。彼らにとって、生きやすい世界がベリルと同じであるとは、なんとも皮肉だ。

 まずはセキュリティを戻さなければと、ベリルは戸を開けたまま溜息交じりにキッチンに向かった。

 ジーンはその背中を見つめて、開かれたガラス戸からリビングに滑り込む。

 振り返り、後ろをついてきたジーンを見やると、彼はまるで仔犬のように人なつこい笑顔をベリルに浮かべた。

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