気になるあの娘のペットには、フクロウだけが居ない。

置田良

わくわく動物女子とフクロウ飼い男子


「ささ、みんな入って入って。汚くはないけど狭いから気を付けてね。この子達を踏んだらさすがに怒っちゃうから」


 軽やかなショートボブの女の子に促され、僕と友人二名はちょっとした異空間へと足を踏み入れた。


 足下で鳴き声をあげる猫。少し離れたところで僕たちを威嚇する犬。蛇からウーパールーパー、加えて名前はよくわからない生き物までもが、部屋に満ち満ちている。


 気になる同級生の部屋に入るという青春イベントは、いささか生気に溢れすぎていた。


   ◇


 事の発端は放課後、僕たちの近くで彼女がロシアの女子フィギュアスケートの選手について熱く語っていたことだった。

 好きな人の好きなものは、つい気になってしまうもので、僕はこっそり耳をそばだてていた。けれど、彼女が熱く語っている対象がそのスケート選手ではなく、贈られたという秋田犬についてだったと判明したとき、思わず吹き出してしまったのだ。


「ちょっとそこー! 何笑ってんのさー!」

「いや、笑うつもりはなかったんだけど」

「そうそう、コイツは動物大好き人間だからつい笑ってしまったのだよ」と僕の友人から謎のフォロー。理由になっていないと思う。


 けれど、彼女の反応は予想外のものだった。


「え、そうなの? じゃあさじゃあさ、ウチ来ない? アニマルたくさんいるよー。きっとクラスでウチにいないペットを飼ってる人はいないとすら思う。動物好きなら楽しいよきっと」

「そんなに? でも、行ってもいいの?」


 女子の部屋に上がり込むなんてと思い聞いてみるが「いいともさ。よし、思い立ったがなんとやら、早速行こうか!」と引きずられて、今に至る。


   ◇


 庭から聞こえた「ぅウォッケオッオー」という鳴き声で我に返る。猫に引っ掛かれている足先が地味に痛い。

 友人達は雰囲気に慣れ始めたらしく、部屋をあちこちと回り始めている。そして、部屋の片隅の箱に目を止めた。そこにあったのは薄黄色でふわふわのものが蠢く木箱だ。


「え? わっ、これひよこ!? へー、こんなペットもありなんだ」


 そこにいたのは確かにひよこだった。

 友人はかわいいと騒いでいたが、彼女は「ペット……。うんまあペットだよ。少なくとも九割はそうだね。うん」と一人曖昧に頷いている。その姿を見て、ピンときた。ピンときてしまった。


「ひょっとして……生餌?」


 部屋でも一番大きな蛇をチラリと見ながら聞いてみる。彼女は困ったように頬をかいた。


「あはは……、分かっちゃった? あ、でも弱っちゃった子だけだよ?」


 友人達はピタリと固まった。

 そのままで、時間が一秒二秒と過ぎていく。気まずくなってしまった雰囲気を誤魔化そうとしたのだろう、一人が「ぎゃ、逆にさ! 苦手な動物とかっていたりするの?」と努めて明るい声でたずねた。


「苦手な動物……。強いて言えば、人間? ――あ、ウソウソ! 冗談だよ冗談! 気にしないでね!!」


 ……ただいまの気温、体感、マイナス二百七十三度。


   ◇


 その後は結局、気まずい雰囲気のままお暇することとなった。

 ここのペットを見たときは、ひょっとすると我が家のペットポンコツを出しにすれば、彼女と仲良くなれるのではないかなんて考えていたが、そんな雰囲気ではなくなってしまったな。唯一にして最大の切り札は、使う機会もなく終わってしまいそう。

 玄関で、お見送りに来てくれた猫の頭を撫でる。するといつの間にか、友人達は既に退出しており、僕が最後の一人となっていた。


「なんでひよこのこと、わかったの?」

「実は僕の家にもペットがいてさ、そいつによくひよこをあげてるから。冷凍ひよこを、だけど」

「え、初耳! 何の動物がいるの!?」

「フクロ――」

「フクロウ!? え! ホントに!? うっそかわいい! フクロウいいなーかわいい!」


 見てもいないのに「かわいい」と連呼される。いやいや、あいつはそんなかわいいもんじゃないのだけど。茶色くて、小さい癖にデブっとしてて間抜け面で。……くそっ、特徴だけだと(ブサ)かわいくないこともないじゃないか。


「えー、いいなー。フクロウいいなー。『クラスでウチにいないペットを飼ってる人はいない』なんて言っちゃったじゃん。めっちゃいるじゃん。どうしてくれるのよ、もー。でもいいなーフクロウ」

「そんなに言うなら……えっと、うちのフクロウ見に来ない?」


 飛び切りの勇気を出してたずねる。

 彼女は、大きな目をキラキラと輝かせた。けれどすぐに返事はなく、そのままで時間が一秒二秒と過ぎていった。先ほどとはまた違う意味の、緊張の一瞬。

 そして彼女は「うん!」と大きく頷いた。何度も何度も頷いた。


   ◇


『ごめんなさい。今日のフクロウを見に来るという件、なかったことにさせてください』

『えっ……!? 何かあったの?』

『……実は、フクロウが逃げ出しました。もし見つかったら、そのときは改めて連絡します。ごめんなさい』


 あの時に登録した、携帯での初めてのやり取りはこんなものとなってしまった。

 爽やかな朝の光が注がれる土曜の午前、僕は徹夜のふらつきを堪えながら公園のベンチに座り込んでいる。


 その日のうちにフクロウを見に来ようとした彼女をなんとか押しとどめ、土曜日まで待ってもらうことにして数日が経った。

 あの馬鹿が逃げ出したのは昨日の夜。昨日の出来事を簡単に振り返る。

 好きな異性が来るのだ、当然部屋の掃除をする。ほこりが舞ったため、窓を開ける。掃除が終了するが、窓を閉め忘れる。フクロウに埃がついてしまっているように見えたため、取ってやろうとケージから出す。開いてた窓から逃走される。以上。


「もう駄目かもしれないなぁ……」


 いくら猛禽類とはいえ、手乗りサイズの小型フクロウではカラスに襲われてしまうだろう。

 そう思いつつも、立ち上がる。

 あいつは僕が物心ついたときに、買い与えられたペットだという。ペットは子供の教育にいいなんて聞きかじった父が、何を思ったのか犬や猫ではなくフクロウを買ってきたのだとか。母からは「森の賢者と一緒に育てば、頭がよくなりそうと思ったらしい」なんて、頭の悪い理由を聞いている。

 羽やトイレの処理、面倒な餌やりなど、嫌になることも多かった。なんか態度も偉そうだし、気に喰わない時期もあった。それでも……。


「それでも、ずっと一緒にいたから」


 遅かれ早かれ、人間とフクロウでは別れの時はくるのだろう。でもそれが、今、こんな形では、嫌だった。


 憎たらしいほど青い空を見上げながら、再びあいつを、探し始めた。


   ◇


 けれど、あいつは見つからないまま日が暮れようとしている。

 夕焼けに染まる空を背景に忌々しいカラスの鳴き声が響くなか、僕は河川敷をとぼとぼと歩く。少しでも空が広く見渡せる場所を探そうとここに来たが、無駄な努力となりそうだった。足をもつれさせ、草の上に倒れ込む。空ばかりを見ていたため、足元のくぼみに気がつかなかった。


 ――次の瞬間、空には星が瞬いていた。


 寝てしまっていたのか……。確かに、徹夜で歩き通し、疲れはたまっていたけれど……。見つからなかったなぁと、自然、涙がこぼれた。


「泣いてるの?」

「見たまんまだよ……って、え?」


 僕の横には、今日会う約束をしていたはずの、彼女が座っていた。


「どうして? え……え?」


 混乱している僕を見て、彼女は小さく噴き出した。


「どうしてって、わたし動物については強欲で欲張りで、めちゃくちゃ諦め悪いから。そんなことより、はいコレ」


 彼女は、鳥籠を差し出してきた。その中には――


「クロ!」


 探してた馬鹿フクロウがそこにはいた。止まり木を離れ、こちらに近づいてくる。また逃げたらと思うと、籠を開けてはあげられなかったけど。


「クロって、名前? 茶色いのに?」

「フウだから、クロなんだ……」

「ぷっ、あはは。クロ君かー、いい名前。かわいいね」


 僕は恥ずかしさに耐えているのに、この馬鹿トリはなぜかドヤ顔に見える。

 彼女は「わたしはそろそろ行こうかな」と立ち上がった。


「見つけてくれたんだよね? ありがとう。本当にありがとう」

「運がよかっただけだよ。それより、もう冒険に出しちゃ駄目だよ? 鳥類は帰って来たくても、帰れなくなっちゃうことが多いんだから」

「もちろん。だけど……フクロウはもういいの?」

「魅力的なお誘いだけど、今日は遠慮するよ。目の下のクマ、凄いよ?」


 またねと彼女は離れていくけれど、このまま行かせていいのかと言わんばかりにクロが小さく鳴いた。

 何か言わなきゃと、またクロに会いに来てと伝えようと思った。そのためには、何て言えばいいのだろう。


「――あのっ! 好きです!」


 明らかに言葉を間違った……!


「ひぇ!?」

「ホッ!?」


 クロまで驚いている。


「いやそのあの、またクロに会いに来てって言いたくて……」

「――ふふ、あはっ、あはははは! そうだね、付き合ってれば相手のお家に行くのもおかしくないね。うん……わ、わたしでよければ、よろしく、お願いします」


 ほ、本当に……?


「でも、人間は苦手だって……」

「あ、あれは流してよ! いや……人って、動物と違って、感情をそのまま言葉で伝えられるでしょ? それがなんかちょっと苦手だったんだけど……。なんだろ、今はとっても、それが嬉しいや」


 手で口元を押さえる彼女が、それでもニヤケを隠しきれていない彼女が、とってもかわいい。


「付き合ってくれるってことで、いいんだね?」

「そう言ってるでしょ!?」

「よ、よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 頭を下げ合う僕たちの横、キラキラ瞬く星空の下、祝福のようにクロが大きく「ホ~」と鳴いた。




「……この鳴き方って、お腹が空いてるやつだよね?」

「……うん。僕もたぶんそう思う……」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気になるあの娘のペットには、フクロウだけが居ない。 置田良 @wasshii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説