第14話「3月22日」

「今日食べたサラダがおいしいと思ったから今日はサラダ記念日」

ぽつりとつぶやいた僕の言葉に本を読んでいた後輩が顔を上げた。その顔は意図が分からずきょとんとしている様子だった。

「えっと、俵万智でしたっけ、作者。その詩がどうかしましたか」

ちょっといろいろ間違ってる気がしますけど、と不思議な顔と共にそんな言葉も

付け加えられた。こうして二人で昼休み図書室で本を読んだのも何回目だろうか、

数えることすらできなくなってしまったが、それでも彼女のこんな顔を見るのは

初めてだった。僕は自分が今持っている本の表紙を彼女に向ける。

「いやさ、サラダ記念日読んでて思ったんだけど、サラダがおいしいからサラダ

記念日なわけだろ」

「そうですね」

「だったらおいしいと思った全てのものに記念日があってもいいと思うんだよ」

「まぁ一理ありますね。例えば」

机を挟んで向かいに座る後輩がこちらに身を乗り出してきた。今この二人以外に誰も図書室にはいないし、読書にも飽きてしまったのだろう。読み終えた本をわきに

閉じて置いていた。

「じゃあ僕はお寿司が好きだから、お寿司記念日」

「私は玉露が好きだから玉露記念日って感じですね」

「しっぶ。ただこれ『感動して思わず詩を作るぐらいにおいしい』ってぐらい

じゃないとだめだよね」

確かに、と身を乗り出していた彼女が席に着き腕組みをして考え始めた。二人とも

図書委員である為昼休みは常駐しているのだが、ほとんど誰も来ずこうして読んだ本の感想や思い付きをだらだらと話すのが習慣となっている。教室でもこうして本の

ことを話す友達はいない為とても楽しい時間を過ごすことが出来ている。

あっと何か思いついた様子で後輩は手を打った。

「おいしい、とは違うんですけどいいですか」

「いいよ、どんなの」

再度身を乗り出してきた彼女はちょいちょいと僕にも身を乗り出すようにと

ジェスチャーする。なんだろうと今度はこっちが不思議に思いながら僕も身を乗り

出した。すると手で口元を隠すようにして、後輩は僕の耳元に口を寄せてきた。

ふわりとシャンプーらしき匂いが花に漂い、化粧品に詳しくない自分でも良いもの

を使っていると想像がついた。

「先輩とこうして話すのが楽しいから、先輩、記念日」

ぽそり、とつぶやかれた。途端にささやかれた方の耳を中心に真っ赤に燃える様に熱を感じる。すっと彼女は席に着いたがまだ耳元には彼女がいるかのような体温が

感じられ、心臓が秒針のように早く鼓動を打ち鳴らしている。ただ後輩の方も恥ずかしかったのだろう、いたずらをしてやった、みたいな笑顔の割には頬が朱に彩られていた。

「あーもう」

此方もどっかりと腰を下ろし天井を仰ぐ。無論、腕で顔は隠しながら。

「先に言わないでほしいなぁもう」

こっそりとつぶやいたそれは、彼女に伝わったのだろうか。

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