フクロウを探せ

柳翠

第1話フクロウを探せ

面倒臭い。

文化祭1日目。俺はそこら辺をぶらついていた。もうここがどこなのかも分からない。

そこら中で文化祭の熱気にやられた生徒達が大盛り上がりである。

陰と陽。俺は陰。お前らは陽。この違いもわからないのならば、下手に人を文化祭実行委員に推薦しない方がいい。

何故俺は文化祭実行委員になってしまったのだろう。事の発端はクラスで出し物を決める時居眠りをかましたせいで何故かこんな大役を任されてしまった。至極面倒臭い。


「へい、兄ちゃん。お化け屋敷はどうだい」

「そこの人。今空いてるよ」

「間に合ってます」


片手を上げて否定の意を示す。

面倒臭い。

実に面倒臭い。こうして校内を歩いているだけで億劫さを感じてしまう。


「ああ~どうしよう!」


たまたま歩いていた先で何やら困っている生徒を発見。ここは実行委員として見過ごす訳には行かない。俺が如何にだらけていて大雑把な性格をしていようとここで見過ごしたらあとで誰かに怒られそうだ。


「実行委員だ。問題でもあるのか」


溜息をつきながら実行委員の示しでもある赤いハチマキを見せた。実行委員はこの赤いハチマキを皆巻いている。


生徒は困ったように頭を抱えているが俺が実行委員とわかった途端芝居がかったように顔を明るくさせる。


「いいところに来た! 中に入れ」

「は? えっ、ちょっと」


手を引っ張られて無理やり教室内に入らされた。

教室内は実にシンプルで椅子が3脚用意されていてそれと向かい合うように黒板になにかが貼り付けられている。


「なんだ? どういうことだ?」


突然のことにここが謎とき倶楽部という事に気がつくのに少し遅れた。厄介事は御免だ。


「いや~謎とき倶楽部なんですけど、どうやら内容が難しくて誰も当てられずじまいで客も減ったんですよ」

「なるほど、客を集めろ。俺は帰る」

「ああ~ん。そう言わずに」


無理やり椅子に腰掛けさせたかと思えば急なハイテンションで場を仕切った。


「はーい。やって参りました。謎とき倶楽部!」


参ったのはこっちだ。と、茶々を突っ込みたくなったが面倒臭いので黙っている。

隣を見ればごつい男が浅く腰掛けていてその隣にはショートヘアの美人さんがいた。


「みんな、準備はいいかね?」

「…………」

「おおおおおお!!」

「おー」


どうやら俺以外はやる気があるようだ。

なんだ、謎ときをやるなら早くしてくれ。

俺の心の声が伝わったのか司会はさっさと進めてしまう。


「問題! フクロウを探せ! この3人の先生の中にフクロウがいる。当てられるかな? 質問は2回まで。答えられない質問は『ノー』と言います。制限時間は15分それでは、よーいスタート!!!」


バサッ。黒板に張り付いた模造紙が退けられる。そこには3人の先生の顔写真とプロフィールらしきものが乗っている。空いたスペースに『フクロウを探せ!』と大きく書かれている。


どれ、少し考えてみるか。早く答えて帰ろう。

顎に手をついて考えるポーズをとる。まずは形から入るタイプなのだ。


しばらく静謐せいひつが訪れたがそれを切り裂くようにごつい男が声を張り上げた。


「質問! フクロウは男ですか?」

「ノー」


馬鹿め。早速変な質問しやがって。まあ、俺には関係ない。さっさとこの問題を解いてこの場から逃げよう。


もう一度よく写真とプロフィールを見てみる。


1人目。木上鳥助。老人国語教師。白髪。シワだらけ。

プロフィール『最近シワが多くて悩みが多い。それはそうと飼っていた梟のピーちゃんが脱走して大変だったよ。嫁に逃げられてこれまた大変。最近疲れるな』


2人目。楠愛美先生。美人英語教師。ロングヘア。眼鏡。

プロフィール『最近宝くじがあたったの。ラッキーだわ。それで車を買おうかしら家を立てようかしら?悩むわ。それはそうと、うちの猫が子供を産んだの嬉しいわ』


3人目。中岡先生。鳥顔数学教師。男。スポーツマン。

プロフィール『最近生徒の様子が変。何かソワソワしている。それはそうと、体重が増えてきて走るのが大変になってきた。年は辛いな。スマホが壊れてこれまた修理代がかかった』


なるほど。

考える。


「わかった」


ショートヘアの美人さんが手を挙げた。分かったらしい。ほお、これでこの話も終わり。俺も帰れて一件落着。さて答えの方は?


「中岡先生」

「その理由は?」


司会がマイクらしきものを顔に近ずける。美人さんは真顔で答えた。


「顔が鳥っぽい」

「ぷっ」

「…………」


馬鹿め。そんな訳あるか。


「ブッブー。不正解」


それはそうだ。隣のごつい馬鹿も笑っているぞ。実に滑稽だ。


「俺はわかったぞ」


次はごつい男が手を挙げた。今度こそ合っているよな。期待してるぞ。


俺は浅く腰掛けて直ぐに帰れるように準備をする。


「木上先生!」

「理由は?」

「フクロウを漢字に直すと『梟』並び替えると『木』の上の『鳥』つまり名前が木上鳥助先生!この人がフクロウだ!」


決まったか。これは答えだろう。さて、俺は帰るぞ。


「ブッブー。惜しい!」


何! 違うのか。俺の期待を返せ。

ごつい男は悔しそうに握りこぶしを作る。それを横目にまた俺は考え直す。正直俺もその答えだと思っていたけど。


「さ~残ることあと5分」


もう一度観察しよう。この2人はまず当てにならない。問題だ、問題を思い出せ。『問題! フクロウを探せ! この3人の先生の中にフクロウがいる。当てられるかな? 質問は2回まで。答えられない質問は『ノー』と言います。制限時間は15分それでは、よーいスタート!!!』


黒板もよく見る。

大きく白チョークで書かれた『フクロウを探せ!』先生の写真。プロフィール。

考えろ。右の耳たぶを触る。どうやらこのスタイルが落ち着くようだ。


写真、プロフィール。


『最近シワが多くて悩みが多い。それはそうと飼っていた梟のピーちゃんが脱走して大変だったよ。嫁に逃げられてこれまた大変。最近疲れるな』


『最近宝くじがあたったの。ラッキーだわ。それで車を買おうかしら家を立てようかしら?悩むわ。それはそうと、うちの猫が子供を産んだの嬉しいわ』


『最近生徒の様子が変。何かソワソワしている。それはそうと、体重が増えてきて走るのが大変になってきた。年は辛いな。スマホが壊れてこれまた修理代がかかった』


梟、フクロウ。フクロウ。


ああ、わかった。


俺は静かに手を上げる。


「おおっーとここで、実行委員が手を挙げた! 答えは!?」


マイクを近ずけてくる。俺はそれを手で退けると答えた。


「楠先生」

「理由は?」


俺は右耳たぶから手を離して静かに、口を開いた。


「実に簡単だ。こんなの文字遊びだ。この中で1番苦労してない人は楠先生だ。なんせ宝くじを当てているからな。ラッキーマンだ。いや、ラッキーウーマンだな」


つまり、と前置きを置く。


「フクロウは『不苦労フクロウ』の、楠先生だ」

「せーかい!!!」


おおーと歓声が上がる。いつの間にか教室のドア付近に生徒達が集まっている。答え知られたけどそれで謎とき倶楽部は良いのか?

しかしこれで答えは出た。俺は帰るぞ。


帰ろうとする俺の背中に声が飛んできた。振り返るとごつい男が眉を寄せて怪訝そうに俺を見ている。


「すまない。俺は馬鹿だからよくわからなかった。説明を頼む」


ふむ。言葉だけでは難しいか。


俺は黒板まで行くとかつかつと白チョークを走らせる。


「お前の考え方と同じさ。フクロウを漢字に直したのさ」

「こうか?」


男が書いた『梟』。俺はそれを黒板消しで消す。


「違う」

「じゃあこうか?」


『福老』の文字。

消す。


「こうだ」


『不苦労』と書く。

それでもなお分からないのか首を傾げる。分からないか? フクロウを『木上の鳥』と読んだあたり頭がいいと思ったんだが。


俺は黒板に文字を書くのをやめて言葉で説明することにした。


「つまり、先生達のプロフィールをよく見ろ。1番苦労してない人は誰だ?」

「むっ? 宝くじを当てた楠先生か?」

「そうだ。つまり」

「不苦労。つまり、苦労してない人がフクロウだ。もう一度黒板をよく見ろ。『フクロウを探せ!』それを言葉通り変えると『不苦労を探せ!』という事だ」

「なるほどっ!」


やっと分かったのか双眸を見開かせる。

理解してくれたことに安堵の息をつく。肩を竦めて見せて大袈裟にやれやれと呟いた。


さて俺は今度こそ帰るぞ。


踵を返して頭の赤いハチマキをなびかせる。まだまだ仕事はありそうだ。


実に面倒臭い。しかし、いい暇つぶし程度にはなったかな。



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