第37話

「旦那様! 大変でございます!」


 その言葉と共に、コーバインさんの返事も待たずに乱暴にドアが開け放たれる。


「なんだ、騒々しい!」


 コーバインさんの一喝に臆することなく、いや臆している暇も無いと言わんばかりに、執務室へ飛び込んできたメイドさんは慌ててコーバインさんの元へと駆け寄って何やら耳打ちを行った。


「なんだと!?」


 その知らせは、コーバインさんにとっても寝耳に水の知らせだったようで、彼は驚愕の色をその顔に張り付けた。


「コーバインさん?」

「用事が出来た、客人には今すぐお引き取り願おう」


 コーバインさんはそう言うと、つかつかと執務室を後にする。


「なんか一大事みたいですね、ロメオさん。僕たちも家に戻りましょう」


 今のコーバインさんに僕たちの相手をする余裕はなさそうだ。それ程の一大事ならば、エミリッヒ家にも何らかの知らせが入っているだろう。


「イグニス、戻るよ、大至急だ」

「了解した、マスター」


 イグニスはへたり込んだロメオさんを小脇に抱えて僕を背負った状態で、執務室の窓から飛び降り一直線にエミリッヒ家へと走ったのだった。





「何が起こってるんだい! 父さん!」

「うむ、ロメオか……」


 執務室には苦い顔をしたロメオパパが苛立たしげに報告書を読んでいる所だった。

 ロメオさんはつかつかとその机へと歩みより、報告書を奪い去る。


「こっ! これは!」


 僕が覗き見たその報告書には……。


「遺跡が崩壊!?」


 コーバイン家の所有する最大規模の遺跡、それが崩壊したと言う文字が書かれていた。


「そんな、ジュリエッタ」


 ロメオさんはそう言って崩れ落ちる。書かれていたのは遺跡が崩壊したと言う事だけではない。視察に訪れていたジュリエッタちゃんの行方が分からない事も記載されていたのだ。


「ロメオさん、取りあえず現場に行こう。イグニスならきっと力になる」


 僕はそう言ってロメオさんを立ち上がらせる。何処まで力になるかは分からないけど、イグニスの怪力は人間の比では無い。きっと役に立つはずだ。


「あ……ああ」


 ロメオさんは何も考えられないと言った様子でフラフラと立ち上がる。災害は時間との勝負だ、一刻も早い救助が命を結ぶ。


 だが……。





「これは……酷い」


 深く刻まれた地面の傷。そして、もうもうと立ち上る噴煙、そこはまるで砂漠に開いた火口の様な有様だった。


「いったい何が起こったと言うんです?」

「不明です!」


 現場は混乱の渦に巻き込まれていた。人々は右往左往と慌てふためき。作業用の魔道兵器は所在無げに立ち尽くしている。なにせ現場は地面の下。焦って手を出したら二次被害は確実だ。


「……」


 そのあまりにもな有様に、ロメオさんは気が抜けた様に立ち尽くす。


「イグニス……何とかならない」

「……」


 答えは沈黙。いかにイグニスと言えども、この状況をひっくり返すのは不可能だ。事件は既に終わっているのだ。


「何をしている! 災害時のマニュアルは設定済みだ! 貴様らは言われた事も出来んのか!」


 混乱しきった現場に、雷鳴の様な声が響く。準備を終えたコーバインさんが登場したのだ。


「なんだ貴様ら、野次馬に訪れたのか」


 僕たちを発見したコーバインさんはジロリと睨みつけつつ、そう吐き捨てる。


「コーバインさん、イグニスは比類なき怪力の持ち主です、何か力になることはありませんか?」

「ない、邪魔者は疾く立ち去れ」


 コーバインさんは黒煙を上げる現場を見ながらそう言った。

 確かにいくらイグニスが怪力の持ち主でも、その隻腕で救えるものはごくわずか。終わってしまった現場では魔道兵器の方が役に立つだろう。

 だけど……。


「ええい、今は下らない面子にこだわっている場合ではないであろう!」


 新たに響いて来たこえに振り返る。そこにはエミリッヒさんの姿があった。


「貴様……儂を笑いに来たのか」

「ああ、事が済めば幾らでも笑ってやる! 今は事態の収拾が先だ!」


 つかつかと大股で向かってきたエミリッヒさんは、そう言い、コーバインさんの胸倉をつかむ。


「何をする貴様! 部外者は立ち入るな! 邪魔だ!」

「部外者もくそもあるか! 今はこの街の一大事! くだらない見栄は捨てろ!」


 普段から積もり積もった物があるのだろう。一触即発のにらみ合いは、ちょっとの刺激で殴り合いのけんかに発展してもおかしくは無かった。


「「大体貴様――」」

「やめてよ2人とも!」


 ピンと張りつめた声が、つかみ合う2人の時間を止めた。


「やめてよ……今はそんな事してる場合じゃないでしょう」


 それは、目に涙を浮かべたロメオさんだった。彼の涙の訴えに、2人は振り上げつつあった拳を下ろす。

 その時だ。


「あれっ? 父さんたちの胸」


 それは不思議な光景だった。つかみ合いの喧嘩寸前だった2人の胸がピカピカとまばゆい光を放っていたのだった。


「そうか! そうだったのか!」


 全てはフェイク。全ての鍵は鍵にあったのだ。


「イグニス! 2人から鍵を奪って!」

「了解した、マスター」


 説明している時間が惜しい、今となってはこれに掛けるしかない。イグニスは一瞬の早業で、2人の胸からネックレスを奪い取る。


「「なっ、何をする貴様!」」


 あーもう、五月蠅い。事がすんだら返すからちょっとの間黙っていてほしい。僕はイグニスが奪い取った2つのペンダントを重ね合わせる。ピカンピカンと輝きはドンドン強くなっていく。


「やっぱりだ! 鍵はこの鍵にあったんだ! 金庫の話なんてフェイクに過ぎない! 必要なのはこの鍵だったんだ!」


 だけど、僕にできるのはここまでだ、僕は魔道機械なんてどう扱っていいのか分からない。


「ロメオさん!」


 僕は2つの鍵をロメオさんに投げ渡す。僕ではこの鍵の使い方は分からない、けどこの街の住人で、幼いころから魔道機械を当たり前として取り扱ってきたロメオさんなら何とかなるかもしれない。


「わわっ! なっなに?」

「賭けです、その鍵はもしかしたら全く関係ないのかもしれない! でももし僕の読みが当たっていたら!」


 そう、人類に革新をもたらす遺跡なんて最初から無かったんだ、この鍵は――


 2つの鍵を手渡されたロメオさんの手が勝手に動く、それは最初からその取扱いが分かっていたようにスムーズなものであった。

 おそらく、僕だったら一生かかっても解けないような立体パズルをロメオさんは物の数秒で解き明かした。

 そして、一際眩しい光が一つになった鍵から溢れる。


「「なっ何事だ!?」」


 ゴゴゴゴゴゴと地面が揺れる。それは立っていられないほどの大震動。


「わわっわ!」

「ロメオさんしっかり! 賭けは成功ですよ!」


 僕は振動に尻もちをついたロメオさんを支えながら、前を見据える。

 前、そう前だ。大地のひび割れは大きくなり、立ち上がる煙は天まで届く。事故現場に手が出せないのは、それが地下にあると言う事が大きい。では、もしそれが地上だったら?


「賭けは大成功だ、それにしてもこんなに上手く行くとは思わなかったけど」


 この鍵は、遺跡のメンテナンスキーだった。数千年の時を超え、ついに遺跡はその全貌を地上へとあらわしたのだ。


「ロメオさん! 何か! 何か災害時の為のコマンドは無い?」

「えっ、えっちょっと待って!?」


 鍵に踊る僕には読めない幾つもの文字、ロメオさんはそれを読み取り、何らかの操作をしていく。


「えーっと、えーっと、あった!」


 カタカタとロメオさんは何らかの操作を行っていく。するとどうだ、遺跡のあちこちに赤

い灯りがともって、バタンバタンとあちらこちらの壁が開いた。


「やった! 成功だよロメオさん!」


 遺跡はすっかり息を取り戻し、重低音をたてガッシャガッシャと動き出す。


「よし! 行くよイグニス!」

「了解だ、マスター」


 出入り口さえ表に出れば、後はこちらの思うまま。遺跡が復活したおかげで健康に良くなさそうな黒い煙が勢いよく上がっているが、それは即ち排煙装置が働いていると言う事。


「待って!」


 僕たちが、遺跡に突入しようとした時だ。ロメオさんがその手を伸ばしてきた。


「僕も、僕も一緒に連れてって!」


「危険ですよ」「足手纏いです」そんなお定まりの台詞は出てこなかった。ロメオさんの瞳はあまりにも真っ直ぐに、そして真摯に僕の瞳を射抜いていた。


「行きます! しっかり捕まって!」


 僕はイグニスにロメオさんも一緒に連れて行くようにお願いし、一直線に遺跡の中へと躍り込んだ。

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