第36話

「まぁウジウジ悩んでいてもしょうがありません。当たって砕けろですよロメオさん」

「そっ、そうは言ってもだね、君」

「何言ってるんですか、ここまで来て尻尾を巻いてしまっては、お父さんの顔が立ちませんし、コーバインさんに馬鹿にされっぱなしですよ。それに正々堂々とジュリエッタちゃんに会えるチャンスでもあります、ここは押しの一手でしょう」

「やっ、やめてくれ、じっ自分で歩くから、そんなに押さないでくれよ」


 ロメオパパとの対決で、気力を使い果たしてしまったロメオさんを無理矢理押して、僕たちは何とかコーバイン家へとやって来た。最初にロメオさんと出会ったのはこのお屋敷の裏だったけど、今度は正々堂々正面からの殴り込みだ。


「もしもーし、エミリッヒ家のロメオですけどー、コーバイン様はいらっしゃいますかー?」


 僕の後ろに隠れているロメオさんはほって置いて、いかつい門番さんに元気にあいさつ。門番さんとニコニコ顔を合わせる事数分。無事に重たい門は左右に分かれた。


「良かったですね、話を聞いてくれるみたいですよ、ロメオさん」

「そっ、そうだ、ね?」


 ぎくしゃくと、同じサイドの手足を出して器用に歩くロメオさんを引き連れてお屋敷の中へと入る。さてはて、ちょっとぶりのご多面するコーバインさんは一体どんな顔を見せてくれるのだろうか?


 ロメオパパの執務室に負けず劣らず豪華絢爛な執務室、金銀細工が散りばめられた高級机の向うにコーバインさんはどっしりと腰かけていた。


「いやー、人が悪いですよ、コーバインさん」


 開口一番、僕はそう口に出す。遺跡が自分ちの庭にあると言うのにその事をおくびにも出さずに僕の話を聞いていたのだ。軽口叩く位勘弁してもらおう。


「ふん、随分と速い再会だが、諦めたと言う訳ではないようだな」

「ええ勿論、つきましては、お屋敷を調査する許可を頂きたいんですが」

「はっ、勿論そんな許可は出す訳が無かろう」


 ですよねー。商売アンド先祖の敵にそんな許可を出す呑気な人はそうはいないだろう。


「そこを何とかお願いします」

「不許可だ……それにしても、やはりだったのか」

「やはりとは?」


 ポツリとつぶやいた最後の言葉が耳に残った。なんだろう、いやもしかして……。


「鍵って、それ単体でも機能してるんですか?」


 今度は僕の呟きにコーバインさんが耳を傾ける番だった。コーバインさんニヤリと笑って懐から鍵を取り出した。


「ふん、貴様はエミリッヒに言われて家探しをしに来たのだろうが、それは半分正解だ」

「そうですか、これじゃ貴方の家が一方的に有利なのでおかしいなとは思ってたんですよね」


 半分正解、つまりはこう言う事だろう。


「エミリッヒ家に伝わる鍵は、コーバイン家に隠された遺跡の鍵で、その逆もしかり。つまりはお互いがお互いの遺跡の鍵を握り合っていると言う事ですね」


 僕がそう言うと、コーバインさんは、落ち着いた動作で葉巻に火を点した。

 そして一服、ユラユラと揺れる紫煙がコーバインさんの姿を曇らせる。それはまるで蜃気楼の様だった。


「正確には遺跡ではなく、金庫だな。とは言えそこらにある安物では無く。大型の魔道兵器でも持ち運びできない巨大なものだが」


 ユラユラと揺れる紫煙の向うで、コーバインさんはそう口にする。


「それで、その金庫の中身が二つ合わされば、例の遺跡への道が開かれる……と?」

「さてね、儂もその先は知らんよ。儂が知っているのは、この鍵は、エミリッヒの屋敷に隠された金庫の鍵と言うだけだ」


 コーバインさんは、ニヤニヤと笑う訳でもなく、かといってイラつきに顔をゆがめるでもなく、ただ淡々とそう言った。

 しかし、おかしいな。やっぱり変だ。


「この話、怪しいとは思わないので?」

「ふん、知ったような口を利くな小僧。儂はな、そしてエミリッヒの奴もな、やる事は山ほどあるのだ、それこそ一生かけても終わらない程度にはな」


 風来坊の僕にはわからないけれど、街を維持し発展させていくと言う事は、常人には計り知れないストレスがあるのだろう。それは黄金の椅子に座ってふんぞり返っていれば済むと言う話ではないに違いない。


「現状で上手く回っているのに、余計な茶々を入れる族は害虫でしかないのですか?」

「無能な働き者の話はよくある話だ」


 コーバインさんはそう言って僕を見つめる。


「つまり……どういうことなのだ? マスター」

「うーん、難しい話だね、イグニス」


 話が停滞して来た段階で、イグニスがそう口を挟んできてくれた。僕は暫しの休憩とばかりに、イグニスに話を整理して伝える。


「要するに、最初から出来レースだったんじゃないのって話」

「出来レース?」

「そう、両家の因縁はご先祖様によって仕組まれていたんじゃないかなーって疑問」


 お互いがお互いの鍵を持ち合い、尚且つその金庫の上に家を建て合う。話が出来過ぎていて怪しい事この上ない。


「ふたを開けて見れば、至極単純な話なのかもしれないがな」


 コーバインさんは、葉巻を吹かしながらにやにやと笑う。

 まぁ確かにその可能性も十分ある。仕組まれた抑止力と言う訳で無く、単純なる嫌がらせと言うケースだ。


「コーバインさんはどういったお考えで?」

「ふん、儂の意見は先程言った通りだ。この街は魔道機械の様に繊細だ、今更大規模な改革などは望んじゃいない」


 この街は両家がいがみ合う事で上手く回っている。その現状を、余計なリスクを背負ってまで破壊することはあまりにもメリットが無いと言う話だ。


「それは、砂漠の男にしては、少々消極的なお話じゃないですかね」

「ふん、知ったような口を利くな小僧」


 僕の挑発に対しても、コーバインさんはニヤリと笑うだけで意に返さない。流石は一族の長、手馴れていると言うべきか。

 さてどうしたものかと思っていると、今まで黙って話を聞いていたロメオさんが口を開いた。


「それでも、それでも僕は未来へ進みたいです」


 震える足は相変わらずだけど、握りしめた手は覚悟の現れ。ロメオさんはしっかりとコーバインさんの目を見ながらそう言いきった。


「貴様が、貴様如きが、このリンドバーグの未来を背負えるとでも?」


 怒りに任せて怒鳴り散らす訳でもなく、静かにそして重々しくコーバインさんはそう言った。僕と言う風来坊の道化師相手ではない、同じ砂漠の民として、その覚悟を問うた言葉だった。


 ロメオさんは青い顔を真っ白にしながら、何とかその言葉に立ち向かう。


「たっ、確かに、僕は頼りのない男です。何時までたっても父さんの庇護のもと、独り歩きも出来やしない。ええ、街での噂もよく知っています。この国一番の軟弱男だって……。

 けど、けど!

 それでも! 

 好きな人が出来たんです! 

その人の為なら一生をかける価値があると!

 その人の為ならどんな敵とでも戦えると!」


 顔面蒼白、今にもぶっ倒れそうなロメオさんは、確かにそう言いきった。


「はっ! 吠えたな小僧!」


 コーバインさんは牙をむき出し立ち上がる。その瞳は烈火のごとく。全身に漲る怒気は砂漠の熱波にも劣らない。


 だけど――


「吠えました!」


 深刻な病気じゃないかと思うほどに震えるロメオさんは、声を上擦らせながらも膝を屈する事なく吠え返す。


 沈黙が、ロメオさんのお父さんの時よりも、遥かに重く鋭い沈黙が、広い執務室を狭くする。


「……貴様の覚悟は分かった」

「じゃっ! じゃあ!」

「だが、それとこれとは話が別だ。あの遺跡はそう軽々しく開けてよいものでは無い」


 裁定は下った。ロメオさんはその場にへなへなとへたり込む。


「どうしてもですか」

「くどい」


 僕はロメオさんの肩に手を貸しながら念を押す。だけど、返事はそっけないものだった。


 さてどうしよう。ロメオさんの勇気はその一端を認めさせることが出来た。ここから時間を掛ければ、なんとかジュリエッタちゃんとの結婚も許してもらえるかもしれない。遺跡の事は残念だが、それはあくまでおまけの話。本筋が、あくまでもロメオさんの恋を実らせる事だとすれば、この結果は上々なものだろう。

 僕がそう頭を巡らせている時だった。執務室の扉が乱暴にノックされた。

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