第29話
オネリアは魔力切れで動けない、ミコットは足を封じられて動けない。アデルは半身に重度の火傷。絶体絶命の状況でありながら、彼らは決して諦めない。
彼らは聖剣に誓ったのだ、平和な世界を築いて見せると。
「イグニス、行くよ。最後の戦いだ」
アデルは聖剣を抜き放つ。魔族との、魔王との戦いを潜り抜けたことにより、その聖剣は見るも無残なボロボロの状態だった。
刀身は半ばからへし折れており、細かな傷など数えきれない。ガラクタにしか見えないそれは、しかして、正義の輝きに満ちていた。
アデルは聖剣に自らの力を絞り込む。彼は聖剣に選ばれし人間。その身は、その力は、その命は深く聖剣と共にある。
折れた刀身から炎が吹き上がる。それは邪悪を滅する清浄なる炎。人々の無垢なる祈りによって生み出された原初の炎。
「おおおおおお!」
「臆するな! あの炎は人を焼くことは無い!」
暗殺団は、奇声を上げつつ一斉にアデルに襲い掛かる。イグニスの炎は人間を焼かない、その言葉を信じ、熱波の中へ踏み込んでいく。
ジュッと言う軽い音共に、炭の山が出来上がる。
「な!?」
「君たちは、人の心を捨てた、だから君たちは人じゃない」
よろめきながら立つアデルは、眼光鋭くそう言い放った。
「全力解放。ここに煉獄は顕現する」
アデルはそう言い、聖剣を天に掲げる。暗殺団がどうこうと言う小さな話ではない。1つの街が一瞬にして炎に包まれた。
「アデル! アデル! しっかりするにゃ!」
炎に包まれたその街の真ん中で、ミコットは急激に冷たくなっていくアデムの体を必死に揺さぶっていた。
「ミコット……あの少年は」
「アデル! 気が付いたかにゃ! アデル!」
「アデル! 少年は無事です! だからあなたも死なないで!」
オネリアは、アデルの手を握りしめ必死に祈る。だが、その手は既に人間のものでは無い。ポロポロと炭化して崩れ落ちはじめていた。
「少年を……ここに……」
「わっ、わかったにゃ! だからアデルも諦めるにゃ!」
ミコットは足引きずりながら、その少年をアデルの元へ連れて来た。痩せっぽっちで驚くほど軽いその少年は、目まぐるしく変わる状況に放心しながら大人しく、アデルの元へと連れてこられた。
「巻き込んじゃって……悪かったね」
「……」
少年のぼうっとした目は何物も捕えていない。ただ目を見開いているだけだった。
少年と少女は兄妹だった。彼らは何処にでもいる戦争孤児だった。そんな彼らは、件の暗殺団に目を付けられ、勇者暗殺の罠とするために、人間爆弾として改造された。
彼も妹と同じ処置をされていた、不発だったのはただ単に運が良かったからだ。
「あ……、あ……」
彼は人間爆弾にされた際の後遺症で言葉や記憶を失っていた。精神が耐えられなかったのだ。
「ミコット……イグニスを……」
「にゃ? イグニスにゃ?」
ミコットは、訳も分からずアデムの言うとおりににする。
「僕たちは君を巻き込んでしまった。その詫びの代わりと言っては何だけど、イグニスを君に託そう」
「にゃにゃ!?」
「この聖剣には不思議な力がある。きっと君の役に立ってくれるはずだよ」
「にゃにを言うにゃ!? アデル!?」
聖剣には不思議な力がある、それは持ち主と繋がる事で最大限の力を発揮するものだ。それを手放すとはどういうことか、その意味が分かるミコットは両目に涙を浮かべた。
限界だ、限界なのだ。
彼は今まで戦ってきた、戦って、戦って、戦い抜いて来た。その積り積もったものが、ボロボロと炭と崩れ落ちる体なのだ。
常人ならば等の昔に死んでいる筈の体を、聖剣の力で何とか今まで保っていたのだ。
「……アデル」
オネリアはボロボロと泣きながらアデルの体に縋り付く。ちょっと前までは4人で肩を支え合って歩いていた筈だ。だがそれは無残にも打ち砕かれてしまった、身勝手な為政者の都合によって。
自分たちは、所詮は魔王を退治する刃にしか過ぎない事は分かっていた。だが……だが……。
それもここまで、ここが限界、ここが旅の終わり。オネリアは涙を流しつつもどこか冷たい部分でそう感じていた。
崩壊しつつあるアデルは、最後の力を振り絞り、少年の頭へと手を伸ばす。
「持ちきれないと思ったら、どこぞに放って置いてくれても構わない。彼女は好きな所に行くはずだ。けど、もし願えるなら……」
「……彼女に平和な世界を見せてほしい」
「ん? なんだ、マスター?」
「いいや、何でもないよ、イグニス」
ふと思い出した彼との約束。僕はそれを呟いていた。
僕が彼と出会ったのは、今では地図に載っていないどこか遠くの辺境の街。あの時の事は直接的には記憶は曖昧だけど。その詳細については、ミコット姉さんと、オネリア姉さんに何度も聞かされている。
あの後何とか、追手から逃れた僕たちは、とある森の中に隠れ潜んだ。僕は正直廃人状態だったから、姉さんたちには正直とても苦労を掛けたと思う。
アデルさんがイグニスを僕に託したのは何故だったのだろう。僕は不思議に思って姉さんたちに聞いたことがある。
「んー、そんにゃの知る訳ないにゃ」
椅子に座ったミコット姉さんは、松葉杖をくるくる回しながらそう笑った。姉さんは、あの時の戦いの後遺症で左足も失っており、義手義足の体だった。
「こらミコット。真剣に尋ねているのだから、真剣に答えなさい」
「にゃー、そんな事言われても、あのお人よしの心の中なんて知る訳ないにゃー」
オネリア姉さんは、一家の稼ぎ頭にして大黒柱。姉さんはその豊富な知識で薬師として僕たちを養ってくれていた。
「そうですね、私達に預けなかったのは、その資格が無かったからだと思います」
オネリア姉さんは、コホンと一拍おいてから持論を述べてくれた。
「資格?」
「ええ、私達は人を殺めてしまいましたから」
「にゃー、降りかかる火の粉は払うものだにゃー」
「それはそうです。けどイグニスは人の守護者。どんな理由であれ、人を殺めてしまった我々には、その聖剣を預かる資格が無いのだと思います」
姉さんは少し寂しそうにそう笑う。
「けど、僕に渡されても。どうしていいかわからないよ……」
「にゃははははは。そう難しく考えなくてもいいにゃ。アデルもいったにゃ、もてあましたにゃら捨ててもいいって」
「けど、イグニスは大事な仲間なんでしょ?」
「それはそうにゃ。だけどイグニスは本来魔王との戦いが終われば、天に帰る事になってるって話だにゃ。イグニスにとってこの時間はおまけの時間。あるべき所に帰るだけにゃ」
「あるべき所……」
「そうにゃ、だから楽に考えりゃいいにゃ」
イグニスは、人の形を取る事が出来るのだと言う。だけど僕はそんな姿に会えちゃいない。この聖剣は何時まで経っても冷たい鉄の塊のままだ。
「にゃししししし。それで、心残りはそれだけなのかにゃ?」
「うん、それを聞ければ大丈夫だよ」
僕は旅支度を纏めて、そう言った。折角、世界最高の家庭教師に世話をしてもらってなんだけど、僕に、戦士や魔法使いの才能なんてものは無かった。
あったのは、平々凡々なリュートの腕前だけだ。だけど、僕はそれを片手に旅に出てみようと思った。
『イグニスに平和な世界を見せてくれ』
その約束は、全てを失った僕に刻まれた大切なものだから。
「にゃししししし。まー精々頑張るにゃ」
「ええ、また会えることを期待しています」
「はい、行ってきます姉さん」
こうして僕は、
姉さんたちから教えてもらった大半は、結果として実を結ぶことは無かったけど、それでも大事な経験として、僕の血となり肉となった。それと同じことだろう。
「それじゃー、行こうかイグニス」
僕は腰に下げた聖剣に語り掛ける。
「了解した、マスター」
物言わぬ鉄塊から、そんな声が聞こえた気がした。
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