第4章 閑話 勇者と聖剣

第27話

 顔に大きな傷のある隻腕の女性。

 僕は彼女と旅をしている。

 僕と彼女は炎の中で出会った。


 彼女の名はイグニス、かつて魔王との戦いに終止符を打った伝説の聖剣――

 その残骸が、人間の形を取った存在だ。


 聖剣には様々な種類がある。例えば、元々は単なる剣だったものが、聖なる祝福を与えられ聖剣となったもの。例えば、邪悪なるものを打ち倒し、その名誉を湛えて聖剣と謳われるもの。例えば、聖剣として生み出されたもの。


 イグニスは、その3つ目。人々の聖なる祈りより、神々によってこの地にもたらされた純粋な聖剣。そして、邪悪なるもの、即ち魔王との戦いに終止符を打つと言う偉業をなしえた。

 その後、役目を終えた彼女は、神の座へと返るはずだった、はずだったのだ。





 ―王国歴280年、白骨街道―


「にゃしー、しっしっ! いやー勝った勝った大勝利にゃちちちちちちちち!?」

「こら、騒ぐなミコット、貴様が一番の怪我人なんだぞ」


 ここは、人気の寄らぬ白骨街道。道端にはその名の通り、人の骨がゴロゴロと転がっている。

 そこを歩む、一団が存在した。一団と言っても、たったの4名の少人数である。皆一様に怪我を負っており、その有様は正に満身創痍。半死半生の集団であった。


 ここは、人気の寄らぬ白骨街道。いや人気が寄らないのではない、あまりにも濃密な瘴気のため、常人では踏み入る事が敵わぬ魔境であった。


「にゃちちちち。いいにゃいいにゃ、今日ぐらいは騒がせてくれにゃー!」


 両手を広げてそう抗議する少女はキャットピープルのミコット。彼女はパーティのムードメーカーであり斥候だ、いつも陽気に時にはシニカルに、元凄腕盗賊の経歴を生かし硬軟入り交えてパーティを先導してきた。

 その光景を見て、背後を歩いていた、いかにも魔術師ぜんとした、ローブを被っていた少女が顔を少し伏せた。


「気にするな、オネリア。あまり気にしすぎると、ミコットもどうしていいか分からなくなる」


 オネリアと呼ばれた少女はパーティの最年少だ。だがその卓越した攻撃魔法の才能は人族では類を見ないもの。幼くして大魔導士と呼ばれるに至ったことは伊達ではない。


「ベルクマン……」


 その少女に、重い口を開くのは、ベルクマンと呼ばれた筋骨隆々の大男。だが彼が着ているのはその肉体に似つかわしい金属鎧では無く、戦闘用に補強のされた法衣であった。彼は聖堂騎士として、回復魔法の使い手として、またパーティの最年長として常にパーティの盾として存在していた。


 ミコットの右腕は、肘から先が切断されており、プラプラと袖が揺れていた。それだけではない、顔半分を覆う包帯は赤黒く染まっており、その傷の深さをうかがわせる。


「にゃしー、しっし! これであたいも大金持ちにゃー!」

「こら、声が大きい。それに品が無い、僕たちはお金の為に戦った訳じゃない」

「にゃしししし。そりゃー、アデルみたいな、ご立派な勇者様はそう言うだろうけどにゃ。あたいは元々しがない盗賊、お金が何より一番にゃ」


 全くしょうがないなと、アデルと呼ばれた少年は優しくミコットの頭をなでる。

 この旅を支えて来たのは、神の目とも謳われるミコットの索敵能力があったからだ。彼女が居なければ敵の圧倒的な物量の前に、早々と敗北していただろう。


 だが、それはミコットだけではない。

 オネリアの攻撃魔法。ベルクマンの回復魔法。誰が欠けてもここまでたどり着くことは出来なかった。


 そして何より……。


「にゃー、イグにゃんの様子はどうにゃのかにゃ?」

「……今は眠っているよ」


 アデルはそっと腰の剣へ手を伸ばす。鞘に隠れて見えないが、それに収まる聖剣はその半ばから真っ二つに折れていた。


「一番頑張ったにょは、イグにゃんにゃよねー」


 ミコットは暖かな視線をその剣に向ける。


 聖剣イグニス、人々の祈りと願いによって生み出された、真なる聖剣。その煌めきは太陽よりも眩しく、母の温もりよりも暖かい。


 その聖剣を帯びたものはアデル。まだあどけなさの残る顔立ちながら、彼こそはこのパーティのリーダーであり聖剣に認められし勇者であった。彼は為政者からは煙たがられる様なあるいは見て見ぬふりをされる様な最底辺のカーストである、どこぞと知らない流浪の民の少年でありながら、数奇な偶然をへて、彼の聖剣を携えることになったのである。


 ここは人気のない白骨街道。彼らが歩んできた遠い後には……。


「……魔王」


 アデルはふと背後を振り返りそう呟く。

 そこには、炎を上げ崩壊しつつある巨大な城。魔王城の姿があった。





 ―王国歴278年、王都グランドール―


 白く輝く白亜の城、神聖王エルドリッヒの居城より、人々の歓声によって出迎えられた一団があった。アデルたち4人である。


 彼らは王が用意した馬車に乗り込むと。思い思いの格好でくつろぎ始める。


「にゃー、にゃっとくいかないにゃー、あのにゃろう」

「しっ、ミコット。声が大きいよ」

「だーいじょうぶにゃ、この馬車見えを張ってにゃかにゃか良いにゃいそうをしているにゃ。そうそう声がもれたりしにゃいにゃ」


 ミコットはそう言って、上質な壁紙をポンと叩く。


「でも、私も珍しくミコットの意見には賛成です。これでは勇者と言うよりは殺し屋です」


 年若く潔癖症のオネリアは俯きながらそう言った。


「仕方があるまい。魔王領は瘴気の濃い地。少数精鋭で乗り込むのが一番被害が出ないのは確かな事だ」


 教会の聖堂騎士として、またパーティの最年長として、他のメンバーよりは幾分政治の世界に触れる機会があるベルクマンは、渋面を浮かべつつ重い息を漏らす。


 彼らに与えられた任務は唯一つ。魔王の首を取ってくる事、それだけだ。

 アデルは、腰に帯びた聖剣の感触を確かめつつ、皆を見渡す。


「不満はあるかもしれない。だが、これが最小の犠牲で、最短に片付く方法だ」


 強大なる力を誇る魔王軍。その進攻を全軍で受け止めつつ、時間を稼ぐ、その隙に遊撃隊となった勇者一行が、速やかに魔王城へ侵入して、魔王の首を落とす。

 追い詰められた人類が打つ、起死回生の一撃だった。


「僕はただの戦士、軍を率いて戦うなんてガラじゃないし、皆と一緒に行動した方が気が楽だ」


 アデルは、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。

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