第16話

 屋敷内に通された僕たちは、待合室でしばし待たされたあと、再度ルサットさんと面会する運びとなった。


「ははは、どうしましたお客人。何か忘れ物だと言うお話ですが」


 彼はニコニコと笑いながら現れた。

 うん、僕だって、何時も愛想笑いを浮かべて生活しているのでよく分かる。このニコニコ笑顔は、何かを隠している笑顔だ。


「いやーすみませんルサットさん。ちょっとアイリスに話がありまして」

「おやおや、勘弁してくださいよ。お二人の険悪な空気は十分に分かりました。アイリス殿に暴れられて、この屋敷が壊れてしまってはたまらない」

「あははは。そこは僕が何とかしますから、ちょっとだけお話しさせていただきたいんですが」


 僕がアイリスの名前を出した時に、ルサットさんの目が動いた、単なる疑心暗鬼の可能性も大いにあるが、それ以上に嫌な予感がビンビンする。


「ふーむ、困りましたねぇ……。伝言でよいのなら幾らでもお助けできると思いますが」

「そこを何とか、内密な話なのでぜひ直接会って話したいのですけど」


 ルサットさんは聖剣イグニスの事を知っている。彼はちらちらとイグニスの方に目をやりつつも腕を組む。

 やっぱり怪しい。けど僕が怪しいと思っているのと同じぐらい、ルサットさんも僕の事を疑っているだろう。

 狸同士の化かし合いだ。


「良いでしょう、ちょっとお嬢様のご機嫌をうかがってまいります。それまでは暫し客間でお待ちください」


 ルサットさんは、やれやれと肩をすくめながらそう言った。





「どう思う? イグニス」

「不明だ、マスター」


 とびっきりに豪華な客間に案内された僕たちは、そこで暇を持て余せていた。

 イグニスは何が気になるのか、部屋をクルクルとうろついている。


「さっきから何を調べてるのイグニス?」

「ふむ、何か気になるんだが、それが何か分からない」


 彼女は眉を顰めつつそう呟く。


「そんなの決まってるでしょ、このお屋敷でイグニスが気になる事なんて、ローグレンさんの事以外ありえない」


 僕はフカフカのソファーから立ち上がりつつそう言った。

 そう、今この場で僕たちが気になる事なんて、アリシアたちの事以外ありえない。


 ソファーに座って部屋を俯瞰していて幾つか気づいた事もある。僕はイグニスの後について、部屋の探索を開始する。


「……やっぱりだ、この部屋でひと暴れした後がある」


 それは些細な絨毯と調度品のズレ、どれもこれもピカピカではあるが、ほんのわずかに違和感を覚える壁の傷。他にもとってつけた様な何かを感じる。


「……たぶん、ついさっきまで、この部屋にアリシアたちが居たんじゃないかな?」

「そうなのか? マスター」

「正直勘が8割と言った所だけどね」


 いや、もっと正直には勘が9割だ。イグニスが気になっていると言う事実を核に、取ってつけた様な推論を重ねているに過ぎない。


「僕は犬じゃないから鼻が利かないけど、イグニスは何か感じないの?」

「否定だ、マスター。我々はそう便利な存在ではない」


 僕はついさっきやったようなやり取りを繰り返す。


 疑問と言うか不安が一つ、ルサットさんは聖剣イグニスの事をどれくらい知っているのか?

 イグニスが膨大な力を持っているのは知ってるだろう。でなけりゃ僕みたいな小僧を親切丁寧に扱わない筈だ。

 知っているとしたらどの位。イグニスが人間に手出しを出来ない事は知っているんだろうか?

 それは慈愛の剣であるイグニスにとって最大の弱点。人の祈りと言う、都合のいい夢から生まれた存在である、彼女に付けられた大きな足かせ。


「んー、考えても仕方がないか、疲れるんで嫌だけど、イグニスの流儀で動いてみる?」

「そうだ――」


 イグニスはそう呟いたところで、言葉を止めるふらりと揺れる。嫌な予感急上昇。

 僕は咄嗟にイグニスの手を取り、窓に向かって突っ走る。


「マ、マス……」

「しっかりして! イグニス!」


 消え入りそうなイグニスの声、彼女は人間形態を保てずに、急速に形を変えていく。

 バリンと言う音が、屋敷中に鳴り響いた。僕は折れた聖剣を抱えて、窓から飛び降りる。ここは二階その程度の高さなら、僕だって何とかなる。伊達に徒歩で旅をしている訳じゃない。足腰の鍛錬はばっちりだ。


 間一髪、僕は何とか着地に成功。足のしびれを全身で感じ取りつつ、何とか無事に逃げおおせる。


 と、思いきや。


「逃がすな! 奴は飛び降りたぞ!」


 僕たちがいた部屋からマフィアさん達の怒号が聞こえる。それに伴い、どやどやと屋敷中からマフィアさん達が現れた。


「イグニス! 行ける!?」


 大ピンチ、僕の運動能力では彼らとの追いかけっこに勝てっこない。瞬間、数秒だけでもいい、イグニスの力を借りなければ。


 右手に持った折れた聖剣から弱々しい波動を感じ取る。


「行けるね! 後でたらふくご馳走してあげるから!」


 普段の烈火と比べると、吹けば飛ぶような弱々しい炎が僕たちを包み込む。


「2割って所かな!?」


 イグニスの力を解放した僕は、全力で足を踏み込み地を駆ける。ぐんぐんぐんぐん後続のマフィアさん達を引き離し、塀を飛び越え屋敷の外へ、僕たちは一目散に逃げ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る