遺品整理

歪鼻

遺品整理

「もう、ホントいろんなものを溜め込んだよねー。」


借家のマンションの一室で、妹の由紀はため息を吐くように言った。

久しぶりに会ったが、言いたいことをズケズケ言うところは変わっていない。

山のような親父の遺品を整理しなければならないというのに、今からこの調子だと先が思いやられる。


親父は多趣味ではあったが、同時に浪費家だった。

なので相続トラブルになるような心配はしていない。


親父は太く短くが信条の豪快な人だった。

買い物ベタな親父はいつも役に立たないものを買っては、おふくろに怒られていた。

だから、熟年離婚することになった時も、ああそうなんだ、という感想しかなかった。


そのはずだった。


手にする品々は時おり私の思い出を共有するものもあった。

一緒に伊東温泉へ旅行した時に持ち帰った旅館のタオル、車での送り迎えの時いつも持っていたハンドバッグ。そういう物は鑑定とは別に、処分しないで持ち帰る物として脇に避けていく。

こうして遺品整理をしているうちに、それまでにあまり無かった親父の死の実感が、徐々にわき始める。


もう、親父はこの世にはいないんだと。



しかし、今は感傷に浸っている暇はない。

部屋の契約期限が迫る中で、この部屋の整理をしなければならない。

それに、役に立たないものばかりと今までそう思っていただけで、

もしこの山の中に価値のあるようなものが見つかれば、遺産相続の対象となる。


残されたものの義務として、私達は遺品の整理を続けた。


部屋に西日が差し始める頃、大方の整理が終わっていた。

そのほとんどが廃棄品で、いくつかは形見分け、そしてそれよりも少量の価値の有りそうな準貴金属に仕分けられた。残りの品を見る限り、あともう30分といったところだろうか。


その時だった。


「お兄ちゃん、これ売れると思う?」


由紀は手のひらほどの大きさのケースを持ってきた。


「なんだそれ?」

「トランプ。」


トランプという単語を聞いてふと思い出した。


***


あれは中学生ぐらいの頃だった。

一度親父にトランプでポーカーをしようと持ちかけたことがあった。

しかし、あの好奇心旺盛な親父がポーカーを頑として断り続けた。

ただの遊びだったのに、だ。


――ギャンブルはしない。向いてないからな。


それがその時の親父の言い訳だった。


***


「どんなトランプ?」

「ちょっと変わったやつ」


由紀はそう言いながらケースの中から取り出してみせた。

それは何の変哲もない紙製のものだった。

金箔で覆われていたりするものだったらまだしも、このトランプのどこが変わっているんだろうか。


「そんなもん、二束三文にすらならないだろ。

廃棄にいれておけよ。」

「でもさー、ちょっと気になるんだよねー。

ほら、なんか表の絵柄の中にトランプのカードが描かれててさぁ。」


吐き捨てるように言ったが、由紀はどうにも気にかかるらしい。


「キャラクタートランプでもよくあるよな。」

「でもアートっぽい感じなんだよね。」


そう言って由紀がトランプを扇状に広げて私に見せた。

言われてみればたしかに珍しい。

船や猫、クマなど一枚一枚に異なる絵が描かれており、よくよく見ればトランプの数字とは別の数字も振られている。


「……そうだな。安っぽい感じではないな……。」

「でしょ。しかもさ、なんか枚数が変なんだよね。36枚しかなくて。」


歯抜けかも知れない、と試しに並べてみるたところ、全てのマークで2から5の数字がない。しかし、この枚数でケースにピッタリ収まっていたのだ。つまり、それが全部であることはほぼ間違いないだろう。


私は何気なく並べたトランプを一枚拾い上げて裏返してみる。

そこには青い色でフクロウの絵柄が描かれていた。


「……フクロウ……。」


その時、俺は親父のもう一つの口癖を思い出した。


――いざとなったら俺にはフクロウがある。


それは親父が困った時になるとよく口にしていた言葉だった。

当時の私はまだ小学校だったので、それが何を意味していたかわからなかった。

今思えば、金銭事情で困窮していたような気もする。


そう考えるとこの珍しいトランプは、生活費を工面するための親父の切り札だった可能性も考えられる。


「由紀、もしかしたらもしかするぞ、このトランプ。」

「やっぱり?でも取り分どうしようか。」

「遺言状とか残す親父じゃなかったからな……。」


突如として現れた値打ち物の可能性に、私と妹の間に妙な緊張感が走る。

とその時、静寂を破るように、インターホンが鳴った。


「あ、遺品鑑定の先生かも。」


由紀はその雰囲気から逃げるように玄関へ向かった。


もし、このトランプが本当に値打ち物だったら、

それこそ億がつくような貴重なものだったら、

私と由紀の仲を割くことにはならないだろうか。


次第に廊下を歩く2つの足音が近づく。


ガチャリというドアの音ともに若い男性の声がした。


「どうも、お邪魔します。」


30にも満たない風貌の鑑定士の先生の顔を見るやいなや、そのそばに駆け寄った。


「先生、早速ですがこのトランプはどうですかね?」


まだコートを脱いでいる途中の鑑定士先生にフクロウのトランプを手渡すとすぐに反応を示した。


「お、これはルノルマンカードのブルーオウルですね。」


仰々しい名称につられ、私は矢継ぎ早に質問する。


「め、珍しいものなんですか?」

「一般の方からしたら珍しいかも知れませんね。

タロットカードに近いものです。」


鑑定士先生の反応に期待が高まり、

私と由紀は顔を見合わせた。

これは、本当に……。


「でも、よくあるやつです。新品なら2500円位で売ってますよ。

きっと持ち主の方は占いが好きだったんですね。

安心してください、30万未満は相続税の対象になりませんから。」


鑑定士の先生はニッコリ微笑んでフクロウのトランプを私に返した。

その言葉を聞いた私は全身から力が抜けた。

その拍子に一番上のトランプが一枚ひらひらと落ち、床に表向きになった。


それはトランプの数字とは別に4と書かれた家のカードだった。


「No.4の家のカードですか。

安定した生活、穏やかな関係って意味のカードですね。」


鑑定士先生の言葉を聞いて我に帰った私の中で親父の声が聞こえた。


――喧嘩しないで仲良くやれよ。


このフクロウのトランプは、そう私達に伝えたかった親父の切り札だったのかもしれない。


<了>

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