第2話


 俺の家に……というか、正確には父さんの家に仕えている執事。卯崎うざき宗玄そうげんさんの娘。


 それが『卯崎うざき千鶴ちづるさん』だ。


 どちらかと言えば、俺よりも妹の『ゆめ』と仲が良かったのだが、そもそも宗玄さんが千鶴さんを連れて来たのも、体が弱く、保育園や幼稚園に通えなかった『夢のため』だった。


 でもまぁ、夢は体が弱かったとはいえ、それで弱気になることも特になく、それでも多少行動が制限されたところで、元々は好奇心旺盛な人間だ。


 なんだかんだで、夢の方が千鶴さんを引っ張って行っていた様に思う。


 そもそも、千鶴さん自身が大人しい性格だったこともあってか、二人が衝突していたところを見た事もなかった。


「…………」


 ただ思い返してみると……夢がよく笑っていたけど、千鶴さんが笑っていたのは……あまり見たことがない。


 でも、じゃあ嫌そうか……と言われると、それも違うような気がする。


 その時の俺は分からなかったのだが、多分。千鶴さんは自分の感情を人に表現するのが苦手だったのだろう。


 今となっては、そう言える気がした――。


■  ■  ■  ■  ■


「さて、今日は期末も無事終わり、このまま下校……と言うわけなのですが!」

「瞬……。刹那はなんでそんな説明口調なんだ?」

「……俺に聞くな」


 俺としては正直、頭を抱えたいところだが、刹那の言う通り期末テストも今日で終わりだ。


 終わり……という事は、つまり学校もテストが終わり次第終了という事になり、その後は大体部活動に移行する。


「それにしても、今回は期末テスト後の部活動禁止って珍しいよな」

「ああ。それに、卒業式の方も大丈夫なのか? 確か在校生代表の……って俺が言う事でもないとは思うが」


 そう、龍紀は在校生を代表して卒業生に対し『スピーチ』をしなければならない。


 まぁ、それは毎年その年の生徒会長がするからほぼお決まりといった感じだ。


「それに、卒業生代表は雨宮さんだよね?」


 そこももはや順当だろうが……龍紀と雨宮さん……というのもなかなか思うところがある。


「まぁ、そこは大丈夫だ。今から考えても間に合うし、先生に見せて添削もするからな。練習だって当然の様にあるし……」


 龍紀が「練習もあるし……」と言った瞬間、刹那は嫌そうな顔をした。


「……どうした」

「いやさ、その『卒業式の練習』って……辛くてさ。去年は俺たち別室で見ているだけでよかったけど」


「きっ、気持ちは分からなくもないけど」

「在校生の俺たちが卒業する先輩たちに対して失礼な態度は取れないだろ」

「そうなんだけどさぁ」


 でも確かに、刹那の言っている事は……まぁ分かるが。


 このままでは話がおかしな方向に行きそうだ……。


 多分、龍紀はそう考えたらしく、とにかく話題をそらそうと必死に辺りをキョロキョロ見渡した。


「とっ、とりあえずどこかでお昼食べるか?」

「……そうだな。腹が減っているから変な事を考えるんだ」


 そう言って龍紀が指したジャンクフードの看板に、俺も同調した。


「うー、確かにすごくお腹が減って……とりあえず何でもいいから食べたい」


 刹那もそう言っている事だし、俺たちはだるそうにしている刹那を引っ張りながらそのジャンクフードの店へと入って行った。


■  ■  ■  ■  ■


「ふぅ……」


 お昼に食べ過ぎてしまったせいか「今日は夕飯はいらないな」と思えるくらいお腹は一杯だ。


 それは、いつも登っているマンションの階段が辛くなるほどである。


 人によっては「じゃあ階段じゃなくてエレベーターを使えば?」と言われそうだが、このマンションにそんなハイテクなモノなんて無い。


 無い物ねだりなんて出来ない。


 まぁ、なんだかんだでジャンクフード……というかファストフード店で女子もびっくりするぐらい長い時間喋り。


 そして、その後は本屋に寄ったおかげで家に着いたのはいつもとほぼ同じ時間になっていたから、後は自分でもう何も食べなければそれでいいだけの話だ。


「……ん?」


 部屋の前に着くと、いつも郵便物を入れられるところがあるのだが……。


「うわぁ」


 俺自身、ネット通販なんてやったことがないから、いつもは扉を開けて玄関に封筒などが散乱している……なんて事がお決まり……なのだが、今日に限ってなぜか『荷物』が入っていそうな段ボール箱が押し込まれている。


 当然、俺にその段ボール箱に心当たりはない。


 それに、こんなモノを送ってくるような相手にも心当たりは……あっ、送ってきそうな『相手』が一人だけいた。


「はぁ……」


 しかも、その人は大体俺に一言も言わず『突然』そういう事をやるような人間だ。


 だから、こういった感じで段ボール箱を送りつけてくるのも……まぁ許容範囲内と言える……と言えば言える。


 人によっては当然怒りそうな話だが、何となく分かっていれば……というか、その張本人が全く気にしていなければ、怒る気も起こらない。


「全く」


 とりあえず、家に入って無理矢理引っ張り出せば取り出せる。


 だから俺は急いで部屋の鍵を開け、部屋の中からその『荷物』を取り出す事にした――。


■  ■  ■  ■  ■


「はぁ……」


 とりあえず、思わずため息が出てしまうほど、この段ボールを取り出すのには苦労した。


 この箱の大きさは、入っていた場所にどうやらピッタリ収まるモノだった……様だが、あまりにもピッタリに収まりすぎていたせいで、いざ取り出そうとすると、上手く取り出せなかったのだ。


「……ったく、一体何を送ってきたんだ? 兄さんは」


 思った通り送ってきた人物は『龍ヶ崎りゅうがさきそう』だ。


 それはつまり、俺の兄さんからの『贈り物』という事になるのだが……どうして今なのだろうか。


 これが『来年』ならば、ちょうど『卒業』という事になるからまだ合点がいくのだが……。


「ん? 古代ギリシャの本……と星座の由来? ……と封筒って、手紙か」


 箱を開けると、そこには本が何冊か入っており、ご丁寧に兄さんの手紙も添えられていた。

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