第21章 アルゴ座

第1話


「はぁ……」


 ため息交じりに教室の天井を見上げたが、そこはいつもと変わらない。


「……」


 いや、俺の目の前に広がっている景色は変わっていないが、ちょっと視線を変えると……やはり少し変わったように思う。


「はぁ、この時期になると三年はみーんな登校しなくなるなぁ」


 いつの間に俺の前の席に座っていたのか知らないが、まぁいつもの事なので特には驚かない。


「……それは寂しいって意味か?」

「うーん、そうなのかなぁ」


 そう言いながら俺の机の上で「うーん」と伸びている辺り、どうやら刹那は眠い様だ。


 三月――。


 それは世間一般的に言えば『卒業シーズン』と言われる時期に当たる。つまり『学校』や『保育園、幼稚園』などで『卒業式』が行われるのも大体この時期である。


 刹那の言っている通り、俺が通っている高校ではこの『三月』の時点で、ほとんどの三年生は登校していない。


 なぜなら『大学入試』や『専門学校の入試』と言ったものが大体『二月』には終わり、結果が出てしまっているからだ。


 そこから県内に残る人はともかく、県外に行く人は大学に近いマンションの部屋を借りたり、家具を取りそろえたり……と色々な準備に取り掛かる。


 この時期を使って車の免許を取る人もいるし、人生初のアルバイトに勤しむ人も中に入る。


 三年で進学先が決まっていれば、いつもはかなり厳しいアルバイトの許可もこの時期は比較的……どころか簡単に取りやすい。


 まぁ教師の立場としては、暇を持て余し問題を起こされるよりも、こうしてアルバイトに勤しむなり、免許を取るなりしてくれた方がいいのだろう。


「でも、なーんで三年は登校しなくていいのに、俺たちはこれからテストなんだろ」

「仕方ないだろ。入試も終わって卒業式の準備諸々考えたら、この時期ぐらいに期末テストをやらないと後がキツくなるだろうからな」


 三年が卒業したら「ハイ、終わり」だったら楽な話なのだろうが、残念ながらそうではない。


 当然の様に俺たちの様な『後輩』がいる。


 三年の担任教師が全部を任されている……とは言わないが、教科担任である先生は俺たちの『期末テスト』もしなくてはいけない。


 それだけではなく、他にも部活動の顧問をしている先生もいるから……なんて考えると『教師』という仕事もなかなか大変である。


「まぁ、来年は俺たちが三年の立場だもんなぁ。ちゃんとこの時期に登校しなくていい様にしないとな」

「……登校している三年の全員が全員。進路が決まっていないわけじゃないが……まぁ、そうだな」


 今、学校に登校している三年は『未だに進路が決まっていない』か『進路は決まっているが、特殊なモノで技術を学びたい』と言った生徒たちだ。


 ただ、なんにしても……来年は俺たちの番になる。


 刹那の言う通り……という訳ではないが、今から気合いを入れて頑張ってもいいだろう……と思った。


「――そういえばさ」

「ん?」


「あれから何も音沙汰ない? お兄さんから……」

「ああ……」


 何もなかった……という訳ではない。


 とりあえず現状分かっているのは『春休みに入ったら宗玄さんの娘。千鶴さんがこっちに来る』というだけだ。


「ふーん、その娘さんってその本が読めるのか?」

「……分からない。だが、兄さんが家に持っていく前に何度か読んでいた……って宗玄さんが言っていたから……もしかして、ってぐらいだろうな」


「そんな曖昧でいいのか?」

「曖昧だろうがなんだろうが、正直なところ。一切、手がつけられていないのが現状だからな、せめて何語かくらい分かればどうにか出来るんだが……」


「それすらも分からない……と」

「…………」


 残念ながら刹那の言う通りである。


 そもそも俺一人で……というのも、なかなか大変な話ではあるし、刹那や龍紀に手伝ってもらうのも気が引ける。


 それに、宗玄さんとしても「何とか役に立ちたい」という気持ちもあったの事だ……と兄さんからの手紙で書かれていたから、その気持ちを無下には出来ない。


「まぁ、俺はともかく龍紀はなんだかんだで忙しそうだからな」

「……いや、お前も勉強頑張れよ。せっかく成績が上位になっているんだから」


「分かっている。ここで調子に乗って落ちたんじゃ意味ないからな」

「ああ、まぁ……そもそもの話。俺たちの家の話だからな、むしろここまで付き合わせて悪い」


 なんて言うと、刹那は「そんな水臭い事言うなよ」と言ってそのまま自分の席へと戻って行った。


■  ■  ■  ■  ■


 小さい頃の話である――。


 私と同じ年で、体は私よりも小さい。それでいて体が弱く、なかなか外に出れない。


 それでも、頭は私よりも良くて物知りで……そして、空……特に『夜空の星』がとても好きな女の子がいた。


 私は、別に体が弱かったわけじゃないけれど、あまり外に出るのが好きではなく、家にこもって本を読むことが多かった。


 そんな私を見かねてか……はたまたそんな私だからこそなのか、父さんは自分が仕えている家の娘さんの『遊び相手』として私を連れて行った。


 それがさっき言った『女の子』だ。


 体調のいい日は夜に望遠鏡で星を見て、そうじゃない日でも家にある『星座の本』をよく読んでいた。


 名前は『龍ヶ崎りゅうがさきゆめ』。


 私はそんな体は強くないモノの、毎日を楽しそうに生きている彼女と彼女の家族が好きだった。


 ただ、この時の私は知らなかった。あの家の事も、夢ちゃんには一人ではなく、二人のお兄さんがいる事も……。


「…………」


 そして、あの『火事』が起きた後……彼女の家は……無くなり、彼女は私の前から姿を消した。


 彼女と彼女の母親が亡くなった……と聞いたのは、二人が亡くなって随分経ってからだった。


 そんな時、私は家にある『星座の本』の中で一つの星座を見つけた。


 だが、その『星座』は、理由は定かではないが、現在は使われていないモノと書かれており、その星座の名前は『アルゴ座』と書かれている。


 さらに読み進めると、今は現在は『りゅうこつ座』と『ほ座』と『とも座』に分割されていると書かれており、私は、その星座を見た時……ふと思った。


 ああ、この『アルゴ座』は……まるであの夢ちゃんたちの様だ……と。

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