第7話
次の日――。
俺と刹那は『宮ノ森病院』に来ていた。
刹那から「一応、聞いたけど大丈夫だって」と言われたが……あまり乗り気ではなさそうだとは思っていた。
「だって『病院』って言ったら、色々な病原菌が蔓延してそうじゃん」
「それは……そうだろうな」
確かに『病院』に行く人はそういった『治療』のためとか、健の様に『入院している人』のお見舞いに来ている人がほとんどだろう。
「で? その『霊』はいそう?」
「それはまだ分からない」
そうじゃなくても『病院』という場所には『霊』が集まりやすい。その理由は……わざわざ言わなくても分かるだろう。
「……こんなところにいた」
病院に入ろうとした瞬間、そんな声が聞こえた。
「うぉっ!」
「またか……空」
「うん」
そう言って空は、俺たちの前に『いつもどおり』現れた――。
「ところで……なぜ『病院』に?」
「あー……」
「……」
俺たちはお互い言いにくそうに顔を見合わせたが、空がここにいる……という事は、大体の予測は出来ているのだろう。
「……私は『カード』の気配を感じて」
「……」
「やっぱりか」
そうじゃなければ、空がここに来る理由がない。
「二人は、違う?」
「まぁ、似たようなモンだ」
「え」
刹那は「そうだっけ?」と言いたそうな表情でこちらを見ているが、俺は無言でそれを制した。
「それで? カードの気配を感じたのなら、どんなカードなのかっていうのも分かっているのか?」
「……多分だけど『牡牛座』じゃないかと思っている」
「えっ、牡牛座!?」
「??」
「どうした、刹那」
「いっ、いや。本当に牡牛座だっていうのなら……」
「それがどうした」
なぜか刹那は考え込むように下を向いている。
「……多分、牡牛座の由来が不安の原因」
「由来? そんなに不安になる様なモノなのか?」
「いっ、いや。ただ俺がそう感じているだけだと……思うけど」
「思っているだけじゃなくて話してくれないと俺も判断が出来ないんだが」
「そっ、そうだな。分かった」
「ああ」
一度だけ調べたことがあるが、きちんと知っている人間から教えてもらった方がこちらとしても分かりやすい。
そして、刹那曰く『ギリシャ神話』で牡牛座の由来とされているモノを説明してくれた。
それはテュロスという町に、エウロペという名の美しい王女がおり、ある日エウロペは侍女たちと一緒に花を摘んでいた。
エウロペを見たゼウスはその美しさに一目惚れしてしまう。そして、ゼウスはエウロペに近づくにはどうしたら良いか考え、ゼウスは白い牡牛に姿を変えて、エウロペに近づく事にした。
山の牛を女たちの近くへ行かせ、白い牡牛もその中に混ざってエウロペに近づいた。
白い牡牛はめずらしいので、女性たちにすぐに気に入られ、また白い牡牛は素直でおとなしい態度だったので、エウロペも気を許して頭や背中を撫でた。
すっかり気を許したエウロペは、白い牡牛にまたがってみることにした。でも、そのまたがった瞬間、エウロペを乗せた白い牡牛は、ものすごい勢いで走った。
エウロペはツノをつかんで落ちないように必死で、あっという間に連れ去られてしまいました。
白い牡牛とエウロペは海を渡って、遠く離れたクレタ島に到着し、その時ゼウスは本来の姿を現し、エウロペに愛を打ち明けました。
「そうして二人は三人の子供と共に幸せに暮らしました……」
「……なるほど」
一通り話は聞いたし、俺が調べて知っているのもこの話だ。
「…………」
しかし、なぜか刹那は説明をした後もすぐに黙ったまま何やら考え込んでいた。
「……」
「刹那はなんでそんなに考え込んでいるんだ?」
一通り話を終えた後も、刹那はなぜかずっと考え込んでいる。
「何か気になる事でも?」
「ああ、そこまで気になる事があるのか?」
俺と空が同じような質問を返すと、刹那は「いや、コレは俺が考えすぎているだけだと思うけど」と前置きをした上で……。
「もしかしたら、健かその『友達』が連れ去られるんじゃ……」
そう小さく呟いた。
確かに、今の『牡牛座の由来』は簡単に言うと、一目惚れした相手を白い牛の姿になってその一目惚れした女性を連れ去る話だ。
それを当てはめると……刹那の言っている事はあながち間違いではないようにも聞こえる。
「……」
「……」
ただ俺としては「いやいや、そんな事は……」と思いつつも、今までの経験からその可能性が全くないとも言い切れない。
でも、空は「それは……ないとも言い切れない」と俺の言葉を代弁するように言ってくれた。
何度もあの『カード』が関わっているせいで「あの『カード関係』なら……」と思えてしまう。
しかし、俺の『違和感』も関係があるとすれば、それはつまり「死者が生きている人間を連れ去る……」という話になる。
だがそうなると、それこそ『フィクション』や『おとぎ話』の様な現実味のない話になってしまう。
ただ果たしてそれを無視していいのか……と言うと、それは違う気がする。
「ただの思い過ごしだといいんだけど……」
「……」
「……」
刹那がそう言い、俺と空が返す言葉に困っていた時――。
「ん?」
「なんだ?」
「??」
風と共に上から一枚の『タオル』が刹那めがけて落ちてきた。
「……」
「……」
しかも、その落ち方が刹那の頭の上……。
「なんともタイミングのいい……」
そんな心の声が思わず出てしまうほど、本当にいいタイミングで乗った。
コレがノリのいい人たちであれば、茶化したりイジったりするのだろうが、ここにそんなノリのいい人間はいない。
俺ももちろんだが、空もノリのいい人間では……。
『でも、俺から見るとあれは元々……というより失ったっていう感じが……』
ふと実苑さんに言われたその言葉を思い出した。
「…………」
「どうした? 瞬」
「??」
気が付くと、刹那と空が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「……いや、なんでもない。それより、その『タオル』に名前とか書いてないのか?」
「うん? あー、ちょっと待って……」
落ちてきたタオルを大きく広げると……。
「コレではないでしょうか」
「あっ、コレだね」
タオルの端の方に『森本雪乃』と書かれている。多分、コレが持ち主の名前なのだろう。
「なるほどな。どうやら偶然落ちてきてしまったようだな」
風に流されてきた……というのはすぐに分かった。
しかし、この天気で『洗濯』というのは考えにくい。そこで、俺たちはまずこの『森本雪乃さん』を探すことにした。
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