第2話


 冬休みが明け、昨日は始業式だった。


 そして、この学校では始業式がある日は授業がない。しかし、今日は違う。今日からは普通に授業が始まる……のだが。


「はぁ」

「うーん? どうした? そんな盛大なため息ついて」


 そう言って声をかけてきたのは、学校が始まってもあまり変わらない刹那だった。


「……刹那か」

「あっ、ひょっとして……」


「別にテストは関係ないぞ」


 刹那がもったいぶった様な言い回しをしたから俺は、ワザと刹那の言葉に食い気味で答えた。


 そう大体今日一日は『冬休み明けテスト』で終わる。


 だから、授業が本格的に始まるのは……俺が思うに多分、来週からにるのではないだろうか。


「なんだよぉ。もしかして人がせっかく『瞬、どうしたのかな?』って、思って声をかけたのにー」

「…………」


 その心遣いはありがたいが、残念ながら原因はそれじゃない。


「でもさ、冬休み明けにテストとか気が滅入るよ。本当」

「それは入学した頃から分かっていたことだろ」


「そうなんだけどさ」

「それに、去年ならまだしも一度経験していた事だから何も問題ない」


「……俺の言っていることは、そういう事じゃないんだけど」

「何がおかしい? あるとわかっていたら対策をするのが普通だろ?」


「いや、そうじゃなくて俺はそもそもテストが……って。まぁ、いいや」

「……諦めるなよ」


 俺はそう言ったが、刹那は「ああ、うん。大丈夫、瞬は今年もいつも通りだなって思っただけだから……」と言って話を切ってしまった。


「で?」

「……何がだ」


「冬休み、どう過ごした? お兄さんのところに行ったは『年末年始』があったしさ」

「……別に何も、家にテレビもないし、とりあえず勉強してた……としか」


「えー、つまんない」

「…………」


 人がどう休みを過ごそうがその人の勝手だと思うが……と言うか「つまんない」とはどういう意味だろうか。


「えー、じゃあ『初詣』には行かなかったの? 瞬が住んでるアパートの近くにあったよね、神社」

「……まぁ、行ったには行ったが」


 俺が思うに『冬休み』という存在は、いわゆる『学生特有』つまり学生である内のいわば『特権』の様なモノだと思っている。


 それに『年末年始』が『休み』になる人もいるが、ならない人も当然の様に存在している。


 例えばデパートの『初売り』で商品を売っている店員さんとか『初詣』の神社の神主さんとか巫女さんとか……。


 だからまぁ……言い出したら、結構いる。


 でも、大部分の『みんな』が『休み』ということは、そのみんなが考える事は大体一緒なのだと……俺は、あのアパートにひっこしたばかりの頃。


 近くにある神社から続く行列を見ながらそう思ってしまったのだった。


「だから、俺は毎年日も上がっていない『早朝』に行っている」

「えぇ、そんな朝早くから……」


 げんなりした表情を刹那は見せた。


 まぁ、刹那には無理に「早起きしろ」というより普通に「行列に並べ」と言った方がいいだろう。


 それくらい早起きが苦手だ。


「ちゃんと神主さんも巫女さんもいたし、お守りも買ったしおみくじもした」

「おー、意外に楽しんでらっしゃる」


 刹那は意外そうな表情を見せた。


「…………」


 いつの間にか刹那は俺の前の席に座っている。


「でも、本当に微妙なタイミングで帰って来たよね」

「……悪いか」


「ううん、瞬にも理由があったからそうしたんだろうし」

「……」


 刹那には、俺と兄さんの間で行われた『会話』について何も言っていない。だから、刹那の中での兄さんは俺が兄さんの元に行く前のままだ。


「ただ、お兄さんがすんなり帰らせてくれたなぁって」

「まぁ、兄さんも自分で『忙しい』って言うほど忙しい人だからな」


「ふーん、そっか」

「ああ」


 でも、刹那はなんとなく……俺と兄さんの関係が少し変わっている事に気付いているようだ。


「それにしても……」

「どうした」


「いや、龍紀の様子が……さ」

「……」


 刹那はチラッと廊下側にある龍紀の席を見た。


「…………」


 確かに、席に座っている龍紀の姿は……どこか上の空の様に見えた。


「…………」


 それにどこか上の空である。


「よっ、龍紀」

「あっ、おい」


 どう声をかけようか……なんて刹那の辞書には存在していないのか、それとも怖いモノないのか……よく分からないが、こういう時の刹那はためらいがない。


 俺がふと気がつくと、刹那は上の空で席に座っている龍紀の前の席に座り、声をかけていた。


「あっ、刹那……それに瞬も」

「……俺はついでか」


 俺はワザと嫌みを言ったが、龍紀は「ははは、ごめん」と笑いながら言っているが、その表情はやはりどこか元気がない。


「ところでさ、どうかしたの?」

「え?」


「…………」


 俺はさっきまでの話の流れで刹那の言っている事がようやく分かる。だが、いきなりこんな事を言われても戸惑ってしまうだろう。


「刹那がなんか龍紀の元気がない様に見えたからだと」

「そうそう」


 でも、たとえ「なんでそんな事を聞いたのか」と、その理由を説明してもやはり戸惑わせてしまう……というのも見えていた。


「…………」


 現に、龍紀は驚き表情を浮かべたまま固まっている。


「……さすが」

「え?」

「??」


 龍紀はなぜかそう言って小さく笑った。


「いや、本当に人をよく見ているなぁ……って、思ってさ」

「うーん、そうかなぁ」


「本人がそう言っているんだからそうなんだろ」

「…………」


 自分で言っておきながら徐々に恥ずかしくなってきたのか、龍紀は「そういう事にしておいてくれ」と言いながら廊下側の方へと視線を向けている。


「で? 結局、何か理由があるんだろ?」

「ん? ああ、ちょっと……な」


 そう言っている龍紀の表情はどこか暗い。


「うーん、でも龍紀の様子はちょっと……って、感じじゃないよ? もしかして、部活動関係とか生徒会関係の話?」


 確かに龍紀はサッカー部の主将で、生徒会の会長である。それだけに色々と大変なんだろう……とは思う。


 でも、当事者じゃないとその大変さは分からないだろう。


「いや、部活も生徒会も今は特に行事も……ないし」


「あっ、そっか」

「…………」


 確か、冬には全国大会があったはずだが……そういえば「予選で負けた」と言っていた。


 そして、生徒会は……まだ新学期が始まったばかりという事と、学校行事がない事からそこまで忙しくないらしい。


「でもまぁ、今の状況じゃ『学校行事』をやってもそこまでも盛り上がりそうにないけどね」

「……まぁ、そう言うな」


 しかし、刹那の言葉は事実である。今の学校の状況……特に三年生はそれどころではないだろう。


「いや、刹那の言う通りだ」


 たとえ龍紀が提案しても教師陣から却下される可能性が非常に高い。それくらい切羽詰まっている感じだ。


「それくらい今度行われる『試験』にみんな真剣に取り組んでいるんだよ」

「まぁ、来年は俺たちがその立場になるわけだしな」

「はぁ……それを考えると憂鬱だなぁ」


 いや、刹那。その試験じゃなく、ついさっき受けた試験でも似たような事を言っていたような気が……まぁいい。


「それで? 三年の先輩たちが必死な顔で勉強しているのとかは分かったけど、どうして龍紀がそんなに沈んだ表情をしているのさ」

「それは……」


「?」


 何が言いにくいのか分からないが、どうやらその話をここでするのは龍紀的に、嫌な様だ。


「うーん、あっ!」

「どうした? 何かいい案でもあるのか?」


「いや、いい案ってほどじゃないけどさ。この後、俺の家でちゃんと話を聞けばいいじゃないか?」

「え……」


「あっ、いやだ……って、言うならいいけどさ」

「ああ、それは龍紀が自分で決めることだからな」


 そう、この提案にのるかそるか……それを決める決定権は龍紀にある。


「でも、確か部活動も来週からだったはずだから……と思ってさ」

「…………」


 学校行事の事と言い、そういった事は意外に見ているとは……正直意外である。


「……分かった。じゃあ今日の帰り、刹那の家に寄らせてもらうよ」

「うん」


「テスト勉強も兼ねて……ね」

「え、テストって今日で終わりじゃ……」


「はぁ……何言ってんだ? 冬休み明けのテストは終わったが、二週間後には『模試』があるんだぞ、今からやっておいて損はないだろ」


「いっ、いやあまり早くに勉強を始めても……」

「早めに始めれば苦手も分かって対策しやすくなるから」


 刹那は何とかして勉強から逃げようとしている。まぁ「テストが終わったばかりだから……」という刹那の気持ちも……分かる。


 だが、刹那の場合は特に気を抜くとしばらくやる気を失ってしまう傾向が強い。


 俺と龍紀もそれが分かっているからこそ、あえて刹那の言う後ろ向きな言葉に間髪入れず返した。


 だからなのか、どうやら途中で「どう頑張っても俺と龍紀からは逃げられそうにない」と観念したらしく、最終的に「分かったよ、やるよ! やりますよ!」と若干投げやりになりながらもそう宣言したのだった。

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