第5話


「……で、ちょっと伝えたい事があってさ」

「……唐突ですね。せめてなにか前置きを下さい」


「えっ? 前置き? 敬語?」

「いえ、聞かなかったことにして下さい……」


「……?」

「……」


 兄さんは不思議そうに首をかしげた。


「あっ、そういえばちょっと連絡があってさ」

「連絡……ですか」


 俺は『連絡』の単語に引っ掛かりを覚えた。


「何ですか? その『連絡』って……」

「うーん、実は一時間後くらいにお客さんが来る事になってねぇ」


「……『お客さん』ですか」

「うん。急で悪いんだけど……」


 兄さんは申し訳なさそうな顔で俺の方を見た。


「…………」


 確かに急な話である……。しかも、一時間後となると……


 俺はチラッと部屋にある時計を見た。時刻は今から食べてもギリギリ『朝食』に区分されるくらいだ。


 朝とも昼とも言えるなんとも微妙な時間になるな……。


 正直、今日こそは『聞きたい事』を兄さんから聞こうと思っていたが、今から準備などして……と段取りを難しい。


 しかしまぁ、本当は今日の朝食の時間にでも聞こうとは思っていた。


 でも結局、兄さんは執事の卯崎 宗玄さんに叩き起こされ、ちょうど朝食を終えた俺と入れ違いになる形になってしまった。


 我が兄ながら情けない……。


 ただ、今日みたいに突然の『来館者』の話を聞くと……今朝の様な事も……となんとなく納得出来てしまう……。


 そもそも俺が朝食を食べ過ぎてしまったのも問題だ。


 とりあえず兄さんの仕事が大変なのは……まぁ、分かった……。ただ、宗玄さんも毎朝大変だろう。


 毎日行われているであろう先ほどのやり取りを俺は思い出しながら宗玄さんの苦労が少し分かった様に感じた……。


「そういえば……」

「ん? 何?」


 俺が思い出した様に言ったので兄さんはその言葉に反応した。


「……」


 ちょっと目を離したすきに兄さんは机の前にある椅子にもたれている……。


「いえ、大したことではないのですが……」

「うん?」


「なぜ兄さんがわざわざ俺の部屋に来たのですか? 俺、そのお客様とは特に関係ありませんよね?」


 兄さんの話を聞いただけでは『仕事に関するお客様』にしか聞こえない。つまり、俺には正直全く関係ないはずだ。


「えっと……」


 俺が尋ねると、兄さんはなぜか「マズい事を聞かれた」という顔をした。


「えっと……実はその『人』が俺たちに会いたいって」

「……えっ? 俺も……ですか?」


「うん、そうみたい」

「……」


 正直、驚いた。なぜなら俺を知っている……つまり俺がこの『龍ヶ崎家』の人間で『龍ヶ崎 想』の弟だと知っている人は多分ほとんどいないはずだ……。


 じゃあ……誰が……そんな事を?


「……!」

 そこまで考えて俺は『ある人物』に辿りついた。


「まさか……」

「うん……? もしかして心当たりある?」


 兄さんのこのリアクションを見た限り、兄さん自身に心当たりはないらしい。


「あっ……いえ」


 でも、わざわざ『俺』このタイミングでなのだろうか。

 

「誰かは分からないけど……、このタイミングで……って事は、たぶん瞬がいるから……だと思うよ?」

「えっ?」


 困惑している俺の姿を見た兄さんはそんな姿を見透かしたように少し笑った。


「とりあえず、急で悪いけど準備してもらってもいいかな?」

「あっ……。はい」


 そう返事をしながら兄さん促されるがままに着替えなど準備を始めた……。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


『あの……』


 ヘラクレス座が俺に話しかけたのは兄さんが部屋を出て行った後、俺が着替えを終えた後だった……。


「あっ……。すみません、時間かけ過ぎましたかね?」

『いえ……。着替えと言っても十五分もかかっていません……』


 ヘラクレス座が俺に顔を向けていない若干の違和感を覚えた。


 ……やっぱり兄さんがいたからだろうか。


 俺は昨日聞いた話を思い出した。ヘラクレス座は元々空が集めている『カード』の中の一枚だ。

 

 理由も確証なんて……何もない。


 ただ、もしかしたら兄さんは私利私欲の為に『カード』を使っている……その可能性が俺の脳裏をよぎった。

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