第5話
『あの、一ついいですか?』
「何だ?」
『今の聞いた話ではあなたのお兄さんはこの事を予測出来ていなかった様に思えますが……』
「………………」
確かにその通りである。
今までの話を普通に聞いていれば『彼』と同じ事を思うだろう。しかし、実際は少し違った……。
「正確な事を説明すると……だ」
『……』
「兄さんは『母方の実家が何かしてくる』事は分かっていた。それだけじゃなく、兄さんは『俺』がその何かを起こすキッカケになると読んでいた。まぁ……、まさか放火だなんて思わなかっただろうけど……」
ただ、兄さんにとっては良かったのかも知れない。
もし、一人だけ逃げ遅れたとなれば「どうして?」という話になる。そして、そうなれば兄さんが置かれていた状況が世間にバレてしまう。
有名アパレルデザイン会社にとってそれがどれだけの痛手になるか……。明確な事は分からないけど、子供ながらになんとなく分かっていた。
実は『あの時』初めて顔を顔を合わせた兄さんと『会話』をして色々あったのだけれど……それは今言う事ではないだろう。
「まぁ、そんなこんなで……バタバタになってしまってさ」
『それで……』
「それで結局まだ小さかった俺と夢を母さんが引き取って、兄さんは焼け残ったあの家に戻った……」
『……』
そして、母さんと夢と俺は今も住んでいるマンションに引っ越しし、お金も入れてくれたから俺たちは貧乏ながらも生活していた。
俺の両親は『離婚』していない。
でも、夢が病気にかかり亡くなると、母さんも後を追うようにす亡くなり……俺は一人になり、精神的に追い込まれあの『病院』に入院した……。
「あの病院にいた時に髪も染めて……眼科でカラーコンタクトのやり方も教えてもらって今の俺を作った」
『それで、精神的な苦痛は脱したのですね』
あの時は……兄さんに似ている顔が……本当に嫌だった。
「ああ、違う自分になった気がした。それに、友人も出来た……」
俺はきっと無意識にこの過去から目を背けていたのだろう。
そうでなければ兄さんがいることを言わなかったり、修学旅行で兄さんの名前が出たときに動揺なんてしなかったはずだ。
それでも、今まで逃げてきたことに向き合おうと思えたのは……。やはり『友人』の存在があったからなのだと……俺は実感している……。
「まぁ、結局俺はその日以降からこの家には寄り付かなくなったんだが……」
『状況が変わったんですね?』
「……まぁな」
『……』
しかし『彼』に『カード』を説明していいものか……と俺は悩んでいた。俺は兄さんの様に相手の心を自在に読むことが出来ない。
今まで『カード』を通じていいこともあったがどちらかと言えば悪いことの方が多かったように感じている。
それ程までに『力』のある物を言って下手に悪用されるのだけは避けたい。
「………………」
『言いたくなければそれで僕は気にしませんが、もしかして……』
どうやら『彼』は俺が思っている以上に寛大な心を持った大人の様だ。
『星座に関する事……ですか?』
寛大かつ鋭い……。
俺は辞書並みの重さの本を持ったまま頷いた。別に『星座に関する』という事を言ったところで特に問題はない。
「……モノは次いでだ」
そう言って俺は『あるページ』を「パラパラ」とめくった。
「あった……」
そこには『ヘラクレス座』の説明が載っていた。
「……」
兄さんが送ってきたカードから察するにこの星座が兄さんを表しているはず……と思いながら俺は『ヘラクレス座』の神話の概要を黙読した……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『ヘラクレス座』
ヘルクレスは大神ゼウスとミケーネの王女アルクメーネの間に生まれました。これを知った正妃へーラは大変嫉妬しました。
やがてヘラクレスも成人して、テーベの王女と結婚して、幸せな日々を過ごしていました。 この幸せな様子を見ていたへーラはあまりにの嫉妬心にヘルクレスに恐ろしい呪いをかけたのです。
するとヘルクレスは突然錯乱を起こし、家族を殺してしまいました。正気に帰ったヘラクレスは,自殺をはかろうとしましたが、従兄弟たちに止められ,大神ゼウスの審判を仰ぐことになったのです。ゼウスはこの大罪を償うために、エウリステウス王に十年間仕えることを,命じました。
これらの難題を直接言い渡したのは、エウリステウス王でしたが、入れ知恵をしていたのは女神へーラでした。ヘーラはこれだけの難題を与えればヘルクレスといえども、無事に十年で戻れるはずは無い……と、確信していました。ところが、もくろみは外れ、なんと年で大冒険を成し遂げてヘルクレスは戻ってきてしまいました。
そして罪を償いおわったヘルクレスは英雄としてギリシャ中に、その名を知られたのです。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『これがお兄さん……ですか?』
「……」
そう言われた瞬間、俺は思わず本から顔を上げ『彼』の方を見ていた。
「……」
察しの良すぎる言葉に俺は『宮ノ森刹那』を連想させた。ただ、おふざけが無いからまだいい。
それにしても……どう見ても『彼』の姿がこの本に描かれている『ヘラクレス座』に似ている。
「あくまで神話になぞらえた例えだけどな……」
『それであなたは蟹……』
「なんで分かるんだ?」
確か、俺は自分が『蟹座』だとは言っていないはずだ。それにそこまで詳しい事は話していない。
『あっ、えーっと妹さんが海蛇座でお兄さんがヘラクレス座なら……。その、なんとなくです』
果たしてなんとなくで話を終わらせていいものなのか一瞬悩んだが、あえて深追いはしないことにした。
「……兄さんのメッセージはたぶん『なんでお前が生きているんだ!』ってことだろう」
『???』
イマイチ何のことだか分かっていない『彼』に俺は説明をした。
「蟹座は、言い方は悪いが踏まれただけで黄道十二星座の一つで有名だろ? それに比べてヘラクレスと戦った海蛇座は……あまり知る人はいない。つまり、『特に何もしていないのになんで有名なんだ?』ってことを兄さんは言いたい訳だ」
『でも、あなたが責められる必要は……』
「……ない。とは言い切れないだろ。元々母親も妹の夢も繊細で精神的に弱い人間だったのに、俺が精神を狂わせる様な状況にしちまったから……」
『それでも……、僕はあなたが責められる必要はないと思います』
あまりにもキッパリと言われた事に俺は驚いた。
「……随分物事をはっきりと言うんだな」
『ダメなモノでもイイものでも僕ははっきりと言いますよ……。僕は、大冒険をしてきたのですから!』
『幽霊』は大きな声でそう言って迷いもない真っすぐな瞳で俺を見ていた……。
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