第10話


「あっ、あの……ありがとうございました」


 あまり言い慣れていないお礼に俺は一瞬ためらった。


 しかし、青年二人はまるで示し合わせたかのように顔を見合わせ……そのまま『長身青年』は笑った――――。


「いいっていいって! それに……俺はお前らに謝らないといけないし……」

「えっ?」

「?」


 今度は俺たちが不思議そうに顔を見合わせた―――のだが、もう一人の青年はなぜかうんうんと頷いている。


「それはそれとして……だ」

「?」


 なぜか『長身青年』は言いにくそうに顔を伏せ、自身の頬をかいた。


「えーっと実は、君らをはめたであろう奴ってなんだけどさ」


「……?」

「?」


 つまり『同級生の理苑りえん』の事を指しているのだろう。


「……そいつ……俺の弟」


「…………」

「えっ……?」


 俺たちは無言のままで沈黙していたのだけれど……そんなわたしたち姿を『大人青年』は見かねて『長身青年』の首根っこを引っ張った。


「……なんでお前は色々な説明をはしょるんだ。そのせいで文字通り面食らっているだろ?」


「……あっ!」


「ここはとりあえず、自己紹介するのが筋だろ……」

「そっ、そう……だよな。だよな!」


 突然なにやら二人で話し合いを始めたかと思ったらすぐに俺たち方を向いた。


「悪ぃ悪ぃ! 突然言われても分からないよな? だから自己紹介! 俺の名前は『折里 《おりかさ》実苑みおん』っていうんだ。よろしくな」

「……はぁ、俺は『黒見里くろみざとさとし』だ」


「あ……おっ、俺は『天野 瞬』です。そして、こいつが『宮ノ森 刹那』」


 俺は刹那を指さしながら答えた。


「それで……あの、理苑って……弟さん……なんですよね?7」

「あっ? ああ。それで実はさっき、連絡があってな」


「えっ? 誰……からですか?」

「……お前ら、自分たちが思っている以上の『騒ぎ』になっているぞ」 


「えっ!」

「!」


 聡さんに言われて俺はようやく俺たちが置かれている事に気がついた。


「まっ……、元々はここ俺んとこの神社だし。」

「ついでにこの辺りで雨宿りが出来る場所なんてここら辺じゃここだけだし……な」


 ここは俺たち辺りを探し回ってようやく見つけた場所だ。それを思うと聡さんの言っている事も……何となく分かる気がした。


「あの……さっきの……は?」

「あー……って、お前寝ていなく良いのか?」


「大……丈夫です」


「大丈夫じゃねぇだろ、さっきの感じだと完全に熱が出ているぞ」

「でも……」


「いいから、寝とけ」

「……はい」


 そう聡さんに言われて刹那は床で少し眠る事にした様だ――――。そして刹那が眠りについたのを確認すると実苑さんと聡さんはついさっきの『黒い塊』について俺に教えてくれた。


「俺……いや、俺達兄弟は昔から『神社』で育った。そして、当たり前の様に『幽霊が見えて』……いたのは実は俺だけだったんだ」

「???」


「おい、もう少し分かりやすく説明してやれよ。全く……、要するにこいつは昔から続く神社の家に生まれたんだ。そして、お前らと同い年の『理苑』も……な。でも、こいつには『幽霊が見えていた』けど、理苑には……実は見えていなかったんだよ」

「で、その見えない……『力』が無いっていうイライラがお前らに行っちまってイジメにつながった……って訳だ。悪かったな」


 そう言って実苑さんは俺に謝った。


「……俺に謝らないで刹那に謝って下さい。俺よりもずっと刹那の方が苦しんでいたので」

「ああ……このイケメン君」


 実苑さんは寝ている刹那を見た。


「まぁ、でもどうやらこのイケメン君にも『悪霊』達が見えている。それに……君もな」


 実苑さんは俺を見透かしながら言った。


「俺のは……『黒い塊』にしか見えません。でも……刹那は何でも『見えるし聞こえる』。そんな刹那を少しでも力になれれば……と思うんです」


 俯きながら力なく俺は答えた。


「……お前は『強い奴』だな。まぁ、俺達がさっきやったのは『悪霊退散!』ってやつだ。でも、これは修行して出来る奴だし……なぁ」

「えっ? じゃあ聡さんは……」


 聡さんは刹那に様子を見ながら壁にもたれて答えた。


「出来ない。だが、誘導は出来る。それはたとえ見えていなくても……だ」

「見えていなくても、誘導出来るのですか?」


「まぁ、多少のコツはいるけどな……」

「コツ……ですか」


 そんなコツがあるのであれば今すぐ教えてほしい……。それが俺の心の叫びだ。しかし、それにはきっと努力も時間もかかる。


 それに、出来る事なら……。


「…………」

「…………」


 そんな沈み込んだ俺の表情を観察する様に聡さんは黙っていた。


「さて!なんとかこの鏡に封じられていた『悪霊』達はさっきので全部『封印』した。もうこれで大丈夫だろ」


「そう……ですね……」

「どうやら君は『刹那の代わりに俺が見えていれば』って思っている様だな」


 聡さんの言葉に俺は頷いた。


 刹那は『周囲の目』を気にしてばかりで気疲れしている。それに『人外』のものが見えている……。そんな刹那を俺は少しでも助けてやりたい。そう思った―――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「で、あの人達に頼み込んで俺は刹那から『見える力』を分けてもらった……つもりだったんだけど」


 ――どうやらそれは俺の勘違いだった……って訳なのだろう。現に刹那はずっと見えている……。


「ん? なぁ、だったらなんで刹那は怖いのが苦手なんだ?」


 俺が言おうとしたことを龍紀が代弁した。


「見えているからって、それとこれとは話は別……って事だろ」


 刹那はげっそりしながら答えた。


「……で、そのオリオン座みたいな人は?」


 俺は何のことだか分からなかったが、刹那は誰のことを言っているのか分かった様に答えた。


「あー、理苑? あの後、俺が入院していた病室に謝りに来て……で、そのあとは大人しくなったなぁ。でも、あの後は周囲の目も静かになったし、過ごしやすくなったなぁ。そういえば、あの人達ともそういえば会っていないけど……」


「まぁ、おかげでなんというか上手く周り始めた……って感じだったな。俺はあの後たまに会って話すことはあったけど、今は……って感じだな」


 実苑さんと聡さんとはあの時からたまに偶然会って話すことはあった。


 しかし、二人は大学に進学した後、どうなっているのかは……正直、知らない。でも、命の恩人であることには変わりない。だから、今でも感謝してもしきれないほどの恩がある。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「まぁ…ってことで昔話はこれでお終いな」


 そう言って俺たちの昔話は終わった。そして時間は八時を回っており、空は俺と一緒に刹那の家に泊まることになり、龍紀は家に帰ることになった――――。


「これ……」


「ん?」

「あっ!カード? でも、なんで!?」


 普通はその姿を見せるはずなのに最近のカードは姿を見せずに勝手に手元にある。


 これが……おかしいのだろうか、これが普通なのかすら分からない……なんて思いながらカードを見ると……カードにはローマ字で『オリオン』と書いてあった。


 そこで俺は『オリオン座』の由来を二人に聞いてみた。


「うーん、オリオン座の神話は色々あるね。1つは仲が良かった女性に弓矢で打ち抜かれた話と……」

「蠍座に直結するけど、蠍の毒で殺された話……がある」


 二人は『どっちが聞きたい?』なんて言いたそうな顔で俺を見てきた。


「いや……どっちも悲しいから……いい」


 その話の最初を聞いて俺は聞くのを止めた。


「……残念」

「ちぇー」


 二人は残念そうに部屋から出て行った。


「それにしても……龍紀の奴……大丈夫なのか? 帰り際、元気が無かった気が……きのせいか?」


 俺のこの気がかりが形となって現れるのにそう時間はかからず、俺たちと龍紀が真正面で向き合うことになる出来事が起きるのは……すぐに来ることにこの時の俺たちは……まだ気づいていなかった―――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「………………」


 帰り道、龍紀の足取りは重かった……。瞬も刹那も……空も何らかの『つながり』ある。その『つながり』が今日、明確に分かった……いや、分かってしまった……。


「そんな奴ら中で俺は……一緒にいて…………いいんだろうか」


 龍紀の頭にはずっとその思いがあった……。そして、龍紀見上げたその日夜空は……まるで心を写したかの様に『雲って』いた。

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