第5章 小馬座

第1話


 朝――――。


「はぁ……」


 ついこの間までキレイに色づいていたはずの木々の『葉』は、気がつけば俺の足元に落ちている。

 本当に春の花たちも色が付いてから枯れてしまうのはあっという間だ。その儚さもまた美しくはあるけれど……。


「うっ、さみぃ……」


 ただ、学校に行くまでのちょっとした移動距離でも、ものっすごく寒い。それくらい最近はこの寒さが身に染みる。


「おーい、おはよう」


 学校の玄関先で刹那に会った。


「おう、相変わらず早いな、刹那」


 この寒さの中でも刹那は俺よりも早く学校に到着し、ものすごく元気そうである……本当にうらやましい。


「……今日も早く来て勉強か?」

「まぁね、家でもやっているんだけど、やっぱり静かな方が勉強しやすいかなって」


 確かに、刹那の言うとおりである。


 それに、刹那の場合。一度、集中し出すとずーっとそれに没頭出来るのだが……なかなかその集中に入るまでが難しい。

 だからこそ、教室や図書館、学校の図書室など静かな場所で集中して勉強するのは良いことだと思う。


「まぁ、おかげで遅刻することもなくなったし」

「そりゃあ、早く来ていればな」


 もし、それで「遅刻」となる場合があったとしたら……いや、図書室で寝ていても誰かしら気がつくはずだ。


「それで授業中寝るなよ」

「うっ……わっ、分かっているよ」


 一瞬「痛いところを突かれた!」という感じのニュアンスだったが……あえてこれ以上ツッコむ必要もないだろう。

 現にあの検査入院以降、今のところなんとか授業中も寝ないように踏ん張っている姿をよく見る。


 それはもう、教師たちが驚くほどだ。


 ただまぁ、決して悪い方向に行っているわけではなく、ものっすごく良い方向に進んでいるから、教師たちだけでなく刹那の両親も驚きながらも喜んでいた。


「おっ、おはよう。会長」


 すると、刹那がそう挨拶した。


「ん?」


 少しボーッとしていた事もあり、あまり周りを見ていなかった。


 しかし、確かに俺たちから少し離れたところに最近『生徒会長』になった『小林こばやし龍紀りゅうき』の姿があった。


「ああ、おはよう。二人とも」

「おはよう」


 俺の記憶が正しければ、俺たちと会長は同じクラスだったはずだ。


「おい……その荷物。持つの手伝うか?」


 会長の両手には大量のプリントがのせられている。どうみても……重そうだ。


「あー、心遣いは嬉しいが、大丈夫だ。それに、これは生徒会の仕事じゃなくて部活の資料だから」

「いやいや! どうせ教室に持っていくんだろ? 手伝うって」


 さすがにこの量のプリントを持っている人に何もしないのも、俺自身が申し訳なく感じる。それはどうやら刹那も同じ気持ちのようだ。


「……じゃあ、お願いしていいか?」


 会長も人の優しさを無下にするのは申し訳なく感じたらしく、最終的に俺たちもそのプリントを教室に持っていくのを手伝ったのだった。


「それにしても……」

「んー?」


 チラッと目をやった窓の外に見えた『ある部活』が準備運動をしている姿が、偶然目に入った。


「いや、生徒会長に部活の部長……ってかなり大変だろうなぁ……とふと思っただけだ」

「うわー、完全に他人事な言い方ぁ……」


 刹那は、少し呆れたような表情と声で俺の言葉に返事をした。ただ、俺が見た時に『その人物』の姿はない。


「だけど、まぁそうだねぇ」


 しかし、呆れていながらもこうやって話をしてくれるのだから刹那はかなり律儀な人間だと思う。


「あー、僕には絶対無理だね」

「心配しなくても刹那にその話は来ないだろうな」


 放課後、俺と刹那は図書室で宿題と復習をしていた。


 朝の時もそうだが、家に帰ってやるよりも、学校でやれば教師に聞きに行くのも楽だし、何より集中できる。


 人によっては「友達と勉強をしていると集中が出来ない」という場合もあるが、俺たちの場合、その心配はほとんどいらない。


「まぁ、そうだろうけどさ」

「…………」


 なんて刹那はふて腐れていたけど、今の刹那であれば、三年生になった時に生徒会にスカウトされるかも知れない。


 それくらい今の刹那の成績や授業態度は『よくなって』いる。


 俺も『現時点』で、なんとか総合成績では勝っているが、科目によっては負けてしまっているモノも……は今に始まった話ではない。


 ただ何にせよ、俺もうかうかしていられないのは確かだ。現状に満足していては、成長できないだろう。


 そうして俺たちは、勉強を続けていたのだけれど……。


 もう一度、外に目をやると……朝、会った『小林こばやし龍紀りゅうき』と思われる人物が少し遅れて合流した。


 どうやら生徒会の仕事で少し遅刻してしまった様だ。


「まぁ、委員会の取りまとめとか最近あった文化祭とか体育祭とかの後始末とかで忙しいんだろうねぇ」

「……なるほどな」


 それでいて部活動の運動部では『新人戦』が始まっている。下手をすればもう終わっている部活もあるだろう。


「まぁ、僕たちがどうこう言えた話じゃなけどさ、ちゃんと休めているのかな? 龍紀くん」

「……さぁな」


 ――文武両道。


 言葉にするのは簡単だが、それを実行し継続するのは困難を極める。しかも、その『文武両道の基準』は明確そうに見えて、その実。かなり曖昧で人によってそれぞれ違う。


 たとえば、俺が思う『文武両道』の人は『勉強も運動もトップである必要はなく、テストは上位に、運動も人より多少できる様な人』と思っているのだが……。


 現時点で『生徒会長』という立場に立っている『彼』は、自身の立場をどう思っているのだろうか……。

 もちろん、自分でなりたくてなったのかも知れないし、誰かに言われてなったのかも知れない。


 ただ俺は……今朝見た『彼の表情』が少し……疲れていた様に見えて仕方がなかったのだ。

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