第6話
そして土曜日―――。
「ここ?」
「ああ……」
俺たちは、とりあえず昨日声が聞こえた部屋の前まで来た。ただ、ここに来るまで空は終始無言だったのは言うまでもない……。
「でも、昨日も声はしたはずなのに、部屋の中には誰も……いないと?」
「ああ。そうだ」
俺と空は昨日同様、部屋の扉を開け、辺りを見渡した。しかし、残念ながらその部屋には人影すらない……。
よく見ると、昨日は気が付かなかった窓一つもなく、あるのはただ荷物が大量に置いてあるぐらいだ。
「…………」
「それにしても、昨日は一瞬見ただけだから気づかなかったが……」
荷物の量は、人を探すなど不可能と言えるほどだ。
「…………」
「空。これじゃあ、声の主を探すのはとても……って、どうした?」
俺は空に向かって声をかけた。しかし、空は無言のまま壁にゆっくりと近づいて、壁を指さした。
「これ……」
「ん……?」
そこには、絵を飾る為の『額』がかかっているだけにしか見えない――――。
「不自然にでかいな」
そう言いたくなるほどその絵の大きさは……巨大だ。
下は床のつきそうなほどで、上は天井につきそうなほどである。しかし、それ以上におかしいのは……額の中に入っている絵が『真っ黒』だったのだ。
でも、俺自身がそこまで「芸術に詳しいです!」と胸張っては言えるほどではない。
せいぜい、一般的に有名な画家を知っている程度だ。だから、俺が知らないだけでこういった真っ黒い絵があって、その界隈では有名なのかも知れない。
「なぁ……って、おい」
俺は空に向かって話しかけた……つもりだったが、なぜかそこに空の姿はなかった。
「空?」
「…………」
「はぁ。なんだ、いたなら返事を……」
「…………」
そう言った瞬間――――。
「…………」
「……へっ?」
我ながら間抜けな声だと思った。
しかし、それ以上に「俺ってこんな声出せたんだ……」という、謎の感動を覚えながら……知らない内に俺の体は後ろに倒れた……。
「っ! ……痛ってぇ!」
俺は打った腰をさすりながら立ち上がった。
「……おい」
「……ごめんなさい」
言葉を続ける前に、後ろからついて来た空は俺に謝った。
そう、俺が間抜けな声を出し、後ろに向かって倒れたのは当然理由があった。それの話は少し遡り――。
「…………」
さっき俺は、辺りを見渡し、空に向かって話しかけた。しかし、空は無言のまま俺を後ろへと……押し倒したのだ。
「…………」
その時の空は無言のまま顔を伏せていた。その姿はさながら怒られる前の子供にも見えたのは……多分、俺が怒るという事を分かっていたからだろう。
「……はぁ、全く。俺は、後ろにある絵の一部にする気かと思ったぞ……」
「……それは……言い過ぎ」
「そんな風に思っただけだ」
「…………」
「ところで、これは何だ?」
「えと……」
俺は後ろを向きながら空に尋ねた――――。そこには、俺が絵の部分『だけ』しかない。要するに、額がない……。
しかし、俺は絵に激突することなかった。つまり、本当は絵があるはず……と思っている部分に実は何もなかった……という訳である。
でもまぁ、とりあえず「値段の絵に激突しなくてよかった」と俺自身、内心ホッとしていたのは……ここだけの話だ。
「えっと……あれは、たぶん『トロンプルイユ』……だと思う」
空は壁に足を当てない様にゆっくりとまたいで歩いて来た。
「……はっ?」
さっきから言っているように、俺は芸術に詳しくない……が、一般的な知識程度はある……と思っていたが、どうやら俺は、その一般的な知識もない様だ。
それぐらいさも当たり前のように言った空は、どう思っているか分からないが、俺の知識は所詮その程度だったのだろう。
「えっと……、分かりやすく言うと『騙し絵』です」
「……分かりやすい説明をどうもありがとう」
でも「これも『騙し絵』に入るのか」と思ってしまったのは『芸術初心者』という人間だからなのだろうか。しかし、どうやら『初心者』だからこそ「どうでもいい」と言われそうな事を気にする
「えっと……。これも多分入る……」
「……そうか」
「……うん」
「そうか……」
まぁ、とりあえず……このままこの場所で時間を潰すのが元々の目的ではない。
「とりあえず……行くか、ご丁寧に『扉』もあるみたいだからな」
「うん」
空は俺が尋ねるのを待っていたのか、少し嬉しそうにしていた。そして、俺はそのまま目の前にある大きな扉に手をかけ、開けた――――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「すごいな……」
「…………」
俺はふと気が付くとそうう呟いてたじろいでしまうくらい飛び込んできた景色は衝撃的だった。
目の前には可愛らしい装飾が施されたぬいぐるみに絵本。これこそ『少女がいる部屋』とでも言えるほどの空間が広がっている。
例えるなら絵本に出てくる少女の部屋をそのまま再現したかの様だ。
「ファンシー……だね」
「ファンシー……というか何というか……」
男の俺には「その感覚が分からない」と言いたくなるくらい、なんとも言いにくい独特の雰囲気がある
「それより、ここは……」
「うん……。そうだね」
いわゆる、『隠し部屋』という場所なのだろうか。
確かに、俺たちが入った部屋が『表向きの部屋』でさっきまでいた場所が『隠し部屋』までの『通路』みたいなモノだったのだろう。
「それで……」
「っ!!」
空は奥にいる人に向かって声をかけた。声をかけられた人は驚いたような表情をしている。確かに、突然知らない人が部屋に入ってきた上に、声をかけられれば驚くだろう。
「あなたが声の主……かな」
「あなたたち……誰よ」
その人は最初こそ驚いていたが、すぐに平常心に戻った様だ。
「…………」
やはり人間、だったのか……。
そこにいるのは『幽霊』ではなく生きた人間の女性だったのだが、その顔は疲れ切っており、ひどく……やつれている。
「……」
よく見るとその人は部屋にある家族写真に写っている一人の様だ。その仲良さそうに写っている姿は文字通り『幸せな家族』そのものだ。
失礼だが、写真自体は少し古くなっているものの、その時と外見はそんなに変わっていない感じだ。
「あなたがここの主?」
「だからそれが何?」
その声には微かながら『怒り』が込められているのが、その感情とは裏腹に細い声だったため、あまり覇気は感じられない。
「…………」
女性同士の会話にあまり口出しはしない方がいい。
これは、学校生活で学んだことだ。だから、ここで俺の出来る事は何もない……とそのまま視線を家族写真に向けていると……。
「……ん?」
そこには綺麗な写真立てに入れられた『カード』があった。
「…………」
やはり空の読み通り、どうやら『カード』はここにあったようだ。
確か昨日……空がこの『カード』の名前を言っていたが、思い出そうと思ってなぜか思い出せない。
「…………」
そんな俺をそのままに、空はこの洋館の主と思われる女性に核心とも言える質問を繰り出していた。
「娘を返して欲しい?なぜ?」
「なぜ? ふん、おかしい事を言うのね。そんなの当たり前じゃないっ!」
「当たり前?」
「そうよっ!」
その女性は、空の質問攻めにかなり熱くなっている。それはもう机や壁が、あれば思いっきり叩いていそうな勢いだ。
さっきから『娘』という単語出ているという事はこの人は『母親』なのだろう。
俺は、『カード』の隣に置いてある家族写真をチラッと見ると……やはりその写真に写っている人物で間違いないのだろう。
だが、その写真に写っている穏やかな表情とは違い、目の前にいる人物は正反対の表情だ。
「私の娘は綺麗だった! なのにっ! なのにっ!!」
そして、母親はついに感情が爆発したのか、突然叫びだした。
「なんで娘は私の元を去ったのっ!??」
「…………」
「…………」
こんなヒステリックな母親だったら……俺だったらとっくに逃げている。
決して口には出していないが、そう思ってしまった。だが、実際は、全く当たっていなかったのだと……次の言葉で知った。
「なんで、なんで……。娘は死ななくてはいけなかったの?」
母親は自分の感情をコントロール出来なかったのか、今度は涙ながらにそう呟いた。
「……!」
「…………」
それを聞いた俺たちはその驚きを言葉にしなかった……いや、俺も空も母親の言葉に驚きのあまり、『言葉が出なかった』という方が正しかったかもしれない――。
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