フクロウチートはいかがですか

鈴木怜

フクロウチートはいかがですか

 死語の世界にチート転生屋、という店ができたのはそれほど古くはない。むしろ新しいと言っていい。

 最近の異世界転生ブームはその店によるものなんて話は有名だし、ここ数年は親が子供のために買っていったり、クラスメイトの嫌なヤツを死語の世界に来させないためにわざわざ買っていって過酷な世界に送らせたりなんて話も少なくない。


「まあつまり、あなたみたいな人は死ぬほど見てきた訳ですよ。もう死んでますけど」

「やっぱりそうなんですね」

「そしてですね、基本的にチートと呼ばれるアレ、オーダーメイドの一つ限り、みたいなものでして」

「チートがオーダーメイドの一つ限り」

「はい。ですから、すでに取られたチートがあるんですね」

「……パワーワードが多すぎて混乱してきました」


 でしょう? と店員の名札を着けた女が笑う。そのままヒロインにでもなれそうな笑顔だ。


「しかもチートには相性もありますし、在庫は減っていく一方。実のところ、業界には役に立つチートの残りが僅かでして」

「息はそう長くない、と?」

「新たな鉱脈チートの山でも見つからない限りは難しいと思いますよ。それもいつ見つかるか分からない。明日かもしれませんけどね」


 店員が息を吐いた。今回の客を見定める。

 身長自体は悪くない。顔も決して悪くない。というか、控えめに見積もっても中の上辺りには入るだろう。スーツを着ているのもあって、まさに社会人系主人公と言える見た目だ。……ひとつだけ、過労死したのか魚の目をしていること以外は。

 例のチートなら試してみる価値はあるかもしれない。店員の頭にそんな考えが浮かぶ。


「ですが、そんな現状をなんとか打破したい我々の店はそう考えています。ですから、ちょっとモニター、してみませんか? 業界の切り札になりえるシロモノです」

「モニターですか?」


 そうですよ、と店員が片手に収まるような大きさの箱を取り出した。側面には、『フクロウ』と書かれている。

 客が歪んだ顔をした。


「胡散臭くないですかこれ」

「胡散臭いですよねこれ」

「胡散臭いんですねこれ」

「胡散臭くはありますが本物ですよこれ」

「いやだって、フクロウですよ?」

「ノンノンノン、これをただのフクロウだとは思わないでください」


 店員が指を振る。客の顔に影が差す。


「そりゃあ、これはフクロウですよ? 昼夜問わず活動できるようにはなるでしょう」

「でもそれだとあんまり魅力は無さそうですよね?」

「ですがこれはフクロウであってフクロウではなぁい! 側面を見てください」


 客が側面を覗き込む。そこには不苦労、と書かれていた。


「『不苦労』ですか」

「はい! このように、既存の動物やら何やらの、縁起の良いものをチートとして売り出すんです!」


 しかもこれならわざわざ考える必要もない! モデルは山のようにいるので! と店員が鼻を鳴らす。


「……なるほど。苦労しないのは良いですね」

「どうですかこれ。試してみたくなりませんか? 今ならこれ一日体験が出来ますよ! 損はさせませんので是非!」


 客は黙りこくった。しばらくしてから、頭の中で思案を巡らせたのか、何かを決めたように顔を上げる。


「とりあえずやってみます」

「わっかりました! 箱を開けるだけで転生は始まるので、はいじゃあいってらっしゃいませー!」


 箱を開けた客の体が光輝いて、そのまま粉のように消えていった。



 ☆☆☆☆☆



 翌日、店員が店に入ると、そこには全裸になっている昨日の客がいた。


「店員さん! ありゃないですよ!」

「どうされましたかお客様? ずいぶんと恥ずかしい格好をされていますが」

「しょうがないんですよこれは! 気がついたらただのふくろうだったんですよ」

「あー、そうなんですね。私、転生とかやったことないので知りませんでした」

「知りませんでしたじゃあないでしょう! よくよく考えたら当たり前じゃないですか『フクロウみたいに活動できる人間』じゃなくて『ただの梟』に転生するなんて」

「へー、その可能性には気付きませんでした」

「いやまあそれだけならまだ良かったんですよ? 問題は、『不苦労なんて程遠くて、雨に打たれるわ変な鳥に絡まれるわ食われそうになるわで不幸の連続だった』ってことですよ!」


 顔を真っ赤にして客が声を張り上げる。


「あーそれは盲点でした」

「何がですか!?」

「フクロウって実は『不幸鳥』なんて別名があるんですよね。今回はおそらくそっちが優先されたんじゃないですか?」

「……もうダメだ」

「ダメみたいですね」

「もう二度とこんな店来ません! ありがとうございました!」


 客が乱暴に扉から出ていった。店員一人が残される。

 しんと鎮まった店の中、店員はへなへなと座り込んだ。


「ああ……疲れた」


 実のところ、そもそも転生させるリソース自体が世界から無くなってきている。しかし転生を望むものは少なくない。それをなんとかするために作られたのが、フクロウチート―真の名前を『店員が不苦労で異世界転生を諦めさせるマシーン』という―なのだ。業界が無駄に大きくなりすぎたことによる弊害、なのかもしれないと店員は考えている。


「まあでも、私たちにとってはフクロウ様々ですね」


 この切り札は、相手が勝手に判断してくれるのだから。不苦労なんて名前を付けた者は天才なのだろう。


 「でもさ、相手にとっては不幸の極みですよねこれ。転生した世界はもちろん、こっちの世界ではしばらく裸で行動しないといけないんですから」

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