どうも、好きな人に惚れ薬を依頼された魔女です。

六つ花 えいこ

第一部

プロローグ 魔女と失恋の惚れ薬

第1話

「失礼する。”湖の魔女”殿のお宅で間違いないだろうか」


 あり得ない訪問者に驚いた魔女ロゼは、玄関扉を開けた姿勢のまま固まっていた。頬に垂れていた薄紅色の髪を耳にかける。


 そんなに――いや、全く広くないロゼの仕事部屋兼住居の戸口に立っているのは、人目を避けるように全身をすっぽりとローブで身を包んだ男だった。


「はい……ええ。”湖の魔女”の庵です」


「唐突だが、依頼を受けてもらいたい」


 男は端的に目的だけを告げる。

 居丈高な、誰かに命令することに慣れきった声だった。

 かすかにローブから覗く男の顔は、ほのかなランプの明かりだけでもわかるほどに整っている。


 ロゼはこの男を知っていた。


 名を、ハリージュ・アズムという。


 魔女の家に来た者が身分を隠したがるのは当然だ。

 ここに来ること自体が不名誉であるし、気まぐれな魔女に何か報復を受けてはたまらない。


 こんなところとは無縁だと思っていたハリージュが、一体全体どんな用事なのかと、ロゼは固唾をのんで見守った。

 ハリージュが神妙に口を開く。


「惚れ薬を作って欲しい」


 あまりにも驚きすぎたために、手に持っていたレタスを無意識にロゼは咥えた。もぐもぐと咀嚼する。

 新鮮なレタスは、シャキシャキとした食感を遺憾無く口内に伝える。


「……あいにくと、惚れ薬は現在品切れしておりまして」

「なら、作れるのだな?」

「ええ、まあ」


 下手を打ったかもしれない。

 ローブのフードに顔を隠し、歯切れ悪く返答した時には、すでに話は進んでいた。


「では依頼しよう。製薬に必要な物があれば、こちらで揃える」

「……お高いですよ?」

「言い値で払おう」

「それにお時間も、かなり頂くことになるかと……」

「待とう。申し訳ないが、この件に関して、拒否権はないと思って欲しい」


 もぐもぐもぐ、ごっくん。

 ロゼはレタスを飲み込んだ。


 威圧的にそう言ったハリージュは、驚くぐらいに、申し訳なくなさそうな顔をしていた。

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