【KAC1】ようこそ。こちら、アシオ探偵事務所です。

しな

その事件、このアシオにお任せ下さい!!

「――きてください。起きて下さい」

 

 そんな声が聞こえ、ゆっくりと瞼を持ち上げる。すると、カーテンが勢いよく開かれ朝日が差し込んだ。あまりの眩しさに視界がホワイトアウトする。


「おいおい、起きて早々こんなに眩しいと目に悪影響があるかも知れないだろ?ただでさえ探偵は目が大事なんだ。そこら辺の配慮ができないようじゃ、名探偵の助手は務まらないぞ」


「知りませんよそんな事。大体、まだロクな仕事してないですよね?」

 

 そう言われた少女は唇を尖らせて言った。

 寝起き一番で突き付けられた現実と朝が訪れた憂鬱に内心でボヤきながら視界が正常に戻るのを待った。

 この探偵事務所は、つい三ヶ月前にできたばかりなのだ。設立者はもちろんこの俺。そして、開口一番辛辣な口ぶりな助手、そしてそして、先生兼ペットのフクロウのフー。この二人と一羽で日夜蔓延る難事件をかっこよくバシバシ解決していく――つもりだったのだが、まだできて三ヶ月しか経っておらず、最近した仕事といえば地域清掃くらいなものである。


「おっそう言えば、まだ日課をこなしてないな。助手よ、悪いがをたのむよ」

 

 そう言うと助手は露骨に嫌そうにこちらを見て言った。


「前から思ってたんですけど、ブラックコーヒー飲めませんよね?飲めないのにわざわざ淹れるの面倒なんですけど……」


「ダメだ、これは日課なんだ。これをしないとスイッチが入らないんだ。それに、君は助手だ。これくらいで音を上げてはこの先務まる仕事も務まらないぞ?」

 

 取り敢えず、言い逃れることに成功し胸を撫で下ろす。


「わかりましたよー。いれればいんでしょいれればー。全く探偵らしい仕事一つもしてないくせに」

 

 助手は頬を膨らませ、わざと俺に聞こえるように毒づきながら、コーヒーを淹れてくれた。

 肝心のコーヒーはと言うと、とても苦い。大人共はこんなものを毎朝好んで飲むのかと思うと、気が知れない。

 だが、毎朝のコーヒーは探偵の基本――と本で読んだことがある。名探偵になるためにこれは欠かせない。


「今日の仕事は?」


 と、聞いてみるとウルラは事務所の隅に設置してあるトネリコの木に水をやりながら答えた。


「あるわけないじゃないですか」


 そう来るのは分かっていたが、そんなにドストレートに言わなくても、もうちょいオブラートに包んで欲しかったなぁと、心の中で叫んだ。


「フン、今に見てろ、あと数分後にはそこの入口が勢いよく開いて、きれいなお姉さんが俺に助けを求めに駆け込んでくるんだ!」


「なんて楽観的な……」


 すると、勢いよく入口の扉が開いた。あまりに唐突だったので、体がビクンと跳ねた。それは、助手も例外ではなかったようで、彼女も同じように、驚きのあまり小柄で華奢な体が跳ね、緩やかに巻かれた金糸を編んだような金色の髪がふわっと浮いた。


「ホントに来ちゃったよ……」


 と、呆気に取られていると、助手がこちらに駆け寄り懐からくしを取り出して言った。

「取り敢えず寝癖直して下さい、あと」

 どうやら、俺の寝癖が気になるようだ。

 普段は愚痴や塩対応で可愛げなくコイツ本当に女か?と、思わせるような感じなのだが、こういう所を見ると、あぁ女の子だなぁと思う。


「……いやだ。この髪型は気に入ってるんだ。この綺麗な茶色の髪色とこの少しだらしないぐらいがカッコイイんだよ!!」


「どこがですか!?確かに地毛でその髪色は綺麗ですけど、その少しだらしないどころか果てしなくだらしない髪型だけはダメです!」


「あのー探偵事務所だと聞いて来たんですが……」


 助手との言い争いに割って入る形で聞こえた声の主を見ると、雪のように白い長髪を携えた、二十歳程の女性が立っていた。


「すみません。どうぞコチラへおかけ下さい。おい助手、お客様にお茶を」


 すると、助手は「はーい」と間延びした返事をしお茶を淹れに向かう。俺はお気に入りのキャスケットを被り直し、英国紳士を彷彿とさせるような気品漂う振る舞いで女性をソファに座らせる。


「どうぞ」


助手が依頼人のもとへコーヒーを持ってくると、依頼人は助手を見ながら軽く会釈をすると、視線を床に落とした。


「本日はどのようなご要件で?」


 すると彼女の表情は暗くなり、次第に俯いた。


「はい。あれは、昨日のことでした……私には、半年前から付き合い始めた彼氏がいます。その彼が、何者かに誘拐されました。そして、机の上には手紙が一通置いてありました。これです……」


 と言い彼女は一通の手紙を差し出した。 それを受け取り、恐る恐る手紙の封を開けると、中には一枚の紙が入っており、人間の血で書いたかのような赤色で英文が一だけ文書いてあった。


「なんだこれ?あい……うぁんと……」


 必死に解読しようとしていると、いつの間にか背後に回っていた助手が手紙を取り上げた。


「ちょっ、おい返せよ。解読の途中なんだよ」


 助手から手紙を取り返そうとすると、彼女はこちらを見て、一瞬嘲るような笑みを浮かべて言った。


「I want to make sure……確かめたいって意味ですね」


 と、いとも簡単に解読してみせた。すると、助手は俺の耳元に顔を近づけて囁いた。


「こんなのも分からないようじゃ探偵失格ですね」


 と、喜びに充ちた声で言った。彼女は常日頃から俺の揚げ足をとっては嘲笑う性格の悪さの持ち主なのだ。


「でも、確かめたいって何を……普通、誘拐する目的って身代金とかがセオリーだよなぁ……」


 と、昨日深夜まで読みふけっていた探偵物の漫画を思い出しながら考える。


「一つ聞きますが、誘拐された彼は他人の恨みを買ってしまったりとか、そういうのは無いですか?」


 すると、彼女は顔を上げた。


「彼に限ってそんな事はありません。彼は、カッコよくて誰にでも優しくできて、周りの人からも好かれていますし、後は、とてもロマンチックなんです」


 と、早口で捲し立ててくるし、最後のはなんか違くないかと思いつつ、早くも行き詰まったことに気付き、どうするべきか考える。

 取り敢えず、一度彼女には自分達に任せてもらい、一週間後また訪ねてもらう方針となった。


「いいんですか?あんな虚勢張って。全然見当もついてないのに明日なんて言っちゃって」


 お茶を片付けながら助手は言った。


「まぁ……なんとかなるさ」


「そういう計画性のない所が駄目なんですよ」


 生まれながらにして持つ俺の短所を指摘されてはぐうの音も出ない。

 明日は、彼の行方を探しに行く事にし、助手は帰って行った。

 気付けば日も暮れており、夕食を食べ眠りについた。


 ――またいつも通り彼女に叩き起され、苦いコーヒーを胃に流し込み、外出する。今日は手紙の内容を頼りに彼がいそうな場所を捜索する。


「それにしても、どこに居るんだろうな?」


「まーた無計画に行動するんだから……」


 そして、案の定居場所など分かるはずもなく、一時間足らずで事務所に戻ってきた。

 自分用の椅子に勢いよく腰掛け叫んだ。


「あー見つかんねーなー」


「そりゃ見つかるわけないですよ。手掛かりがあの手紙一通だけなんだから……」


 そう言われ、手紙を再度確認する。そこには、昨日と同じくI want to make sure と、血のような赤い字で書かれていた。


「確かめたい……か。何をだろうな?」


「分かったら苦労しませんよ」


 助手の身も蓋もない発言に肩を落とす。

 その日は、もう何も分かる気がしないのでまた明日にする事にした。

 そして翌日も、空振りに終わった。

 そして六日が経ち――


「ヤバイヤバイ明日には依頼人が来てしまう。どうしよー」


 と、頭を抱え叫びながら事務所内をウロウロしていた。捜査の方は連日滞っており、何も進展はなかった。


「そもそも自業自得ですよ。ロクに仕事もしたことない私達が一週間で解決するなんて……」


「こうなったらを使うしかない……」


「えぇー。先生に頼るんですか?」


 と、助手は駄目人間を見るような目でこちらを凝視してくる。


「もう、背に腹は変えられんだろう!」


「まぁ、好きにしてください。私はどうなっても知りませんよ?」


 そんな彼女の事を無視し、机の隣にある鳥籠の中でスヤスヤと眠るフクロウのフーを起こそうと試みる。しかし、全く起きる気配はない。一時間ほど掛けてようやく起こすことに成功する。


「フー先生、俺が言いたいこと分かるよね?」


 と、単刀直入に聞くと、先生は眠そうに答えた。


『自作自演……愛……岬の廃屋』


 それだけ言うと、また眠りについた。

 

――何故フクロウが喋るのかと言うと、フー先生は、全知全能を持つフクロウで、この世で起こっている事、他人の思考が分かるのだ。そして、そのあまりの情報量による脳への負担で、一日の二十三時間五十九分は寝て過ごしている。

 フー先生は、俺が道端で怪我しているのを見つけて手当をしてやると、懐かれたので飼っている。

 今では我が探偵事務所のなのだ。

 そして、改めて先生のキーワードを整理する。


「そうか、分かったぞ!!」


 翌日グレイスさんを連れ岬にある廃屋に来た。

 ここにリオさんがいることを告げた。

 この日のために買った拡声器に口を近づけ叫ぶ。


「リオさん。あなたは、グレイスさんとの愛を再確認したくてこの様な行為に及んだのですよね?自作自演までして。そんなことをしなくても彼女はあなたを愛してるんじゃないですか?」


 そう言うと、廃屋の入口だと思われる扉が勢いよく開き、金髪碧眼の高身長イケメンが飛び出してきた――恐らくリオさんだ。

 彼は、グレイスさんの元まで駆け寄った。


「本当かい?グレイス。君は僕の事、愛してる?」


「えぇ勿論。心の底から愛してる」


「……事件解決」


 そう言いながら身を翻す。

 すると、ウルラが後に着いてきて言った。


「どこ行くんですか?」


「こういうのはな、邪魔しちゃ行けないのさ」


「なーにカッコつけてるんですか」


 そう言いながらも、ウルラの顔は笑っていた。



 事務所に帰ってきて事件解決の余韻に浸っていると、唐突にウルラが言った。


「なんか、大事な事忘れてません?」


 そう言われ、しばらく考えると、あることに気付いた。


「しまったぁぁぁぁ。報酬貰ってないじゃないかぁぁぁぁぁぁ」


「あーあ、やっちやったよこの人」


 ウルラは呆れたように首を振った。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC1】ようこそ。こちら、アシオ探偵事務所です。 しな @asuno_kyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ