序章 「勇者パーティに裏切られた大賢者」

 


 大賢者として名高い魔術師の僕『アルフォンス』はある日、魔の大陸の最前である地で魔王軍の進行を勇者とその仲間たちで抑えていた。




 勇者パーティ、

 聖剣に選ばれた女好きの勇者『ルーク』。


 和の国髄一の刀使いである侍『ユキハラ』。


 神々に授けられた治癒魔法が得意な神官『エリス』。


 そして『大賢者』の僕である。

 主に活動資金や食料の調達は僕の仕事で、その間は二人の美女と勇者ルークはイチャイチャしている。


 流石に理不尽だろうとは思うけど、あまり労力のない仕事や雑用はお手の物だ。

 弱音を吐くほどの仕事ではない。


 そんなことを思い出しながら僕は戦場へと視線を向けた。


「もたもたすんじゃねぇぞアルフォンス!」


 隣に並ぶルークに頭をかなり本気で叩かれてしまう。


 涙目になりながら頭をさすり、思い出す。

 いま現在、魔王軍の進行を勇者たちと抑えている最中であることを。


 そこまで難関な作業ではない。

 魔族の軍勢は賢者の能力で対応するのは簡単なことだ。

 現に魔王軍の大半は僕の手によって壊滅寸前に至っていた。


 そんなある時、突如と悲劇は起きた。


 警戒のために感知魔術をパーティ周囲に張っていたはずだが、陣に侵入した魔族に気づかず僕は右腕を深く切り裂かれてしまった。


 駆けつけてきてくれたエリスに治癒魔術をかけてもらおうとしたのだが、勇者がエリスの治癒魔術を中断。


「魔力がもったいねぇ! こんぐらいどうって事ないから持ち場に戻れ!」


 が理由で回復させてもらえず、苦痛に見舞われ続けながら進行してくる魔王軍を勇者たちと共になんとか全滅させることに成功させた。


 だが、大半は僕の手柄だったにも関わらずその後の報酬は四人より下。

 割りに合わない金額をルークに渡されてしまう。



 だけどその程度の嫌がらせは想定済みだ。

 特に文句や指摘を述べずに報酬を大人しく貰い受ける。


 しかしそんな事はどうでもいい。

 それよりも、僕はある違和感に見舞われていた。


 右手に刻まれた発光する賢者の魔力が込められた刻印。

 本来なら手と足を動かすように発動可能な筈の魔術制御が、非常に難しいものになっていた。

 どうやら魔族に腕を切り裂かれた時に、魔術制御を弱体化してしまう呪いをかけられてしまったらしい。

 それも中々解けない高度な呪いのようである。


 流石の僕であろうと調べても解毒方法を探し出すことができなかった。



 それから勇者との旅を続けて数ヶ月。

 まともに魔術を使用できなくなった僕に三人は嘲笑うかのように告げた。


「自分が賢者様だって粋ってたクセに一体どうしちゃったんだよ? クズ野郎が役立つのゴミクズ野郎に成り下がったか?」


「ふむ、ルーク殿のおっしゃる通り非常に不愉快であるな、足手まといのせいでパーティの戦力が崩れたりしたら元も子もないぞ?」


「いっそう抜けてもらいたいわね、役立たずの回復なんてキモくてやりたくないわ」


 ボロクソな発言で罵られてしまう。

 だけどポーカーフェイスを保ったまま、僕は彼らの活動資金や食料の調達、総合的に役に立っていることを告げる。


「へっ、下っ端だからそのぐらい出来て当たり前だろぉがよ。勇者パーティの一人として働けることを光栄に思えよなガリ勉野郎が」


 図星なのかかなり動揺した面で言いワケを口にするルーク。

 それに同調しながらルークに尻尾をパタパタと振る雌たち。


「………」


 見ていて不愉快だ。

 純粋な恋なら微笑ましいけれど、コイツらはその一段階を超えるドロドロとした男女関係だ。

 微笑ましく見ろと言われたら無理だろう。





 ーーー




 そんなある日。

 ギルドの依頼で訪れた洞窟で僕たち勇者一行は、この世界で最も力をもった魔物ドラゴンと遭遇してしまった。


 魔王討伐のために編成された僕らパーティでも骨が折れる相手で最悪、犠牲者がでるかもしれない強敵だ。


 ドラゴンを目の前に動揺をみせずに杖を握りしめる僕だけど、隣に立つ三人をチラ見してみる。

 武器を握りしめる三人の手がおもしろい程に震えていた。


 それを尻目にドラゴンにめがけて得意の炎魔術を放ってみるが、火力がやはり弱い。

 着弾するもドラゴンは顔色ひとつ変えたりしなかった。

 さすがの僕でさえ困惑しながら後ずさりして冷静さを保てない仲間へと撤退を要求しようとしたが、すでに隣には誰一人居らず振り返ると三人が猛スピードで逃走しているのを目撃してしまう。


「ドラゴンが生息しているだなんて聞いてねぇよ!! なんなんだよチクショ!!」


 股間部分を濡らしながら、先頭を走るルーク。


「キャアアアアアアアアアアア!!! 助けて! ママ〜!」


 いつもの堅物な口調がありえない程までに崩れているユキハラ。


「ねぇ、ルーク!」


 嘘でしょ? と僕が混乱するのも束の間、逃げながらエリスはルークに名案だと言わんばかりの顔で言った。


「あいつ、そう! アルフォンスを囮にして私たちだけで逃げるのよ!」


「なっ……!?」


 思わず声を漏らしてしまう。

 悪い予感はしていたが、まさかあそこまで外道な決断に至るとは。


「はっ、いい考えだなエリス!! そうだな、聞いたかよ元賢者アルフォンスさんよ! てめぇが足手まといした分、ここで役に立ってみせろよ!」


 そんな事を言われても、元あった上級クラスの魔術が魔力量制限によって使用できない。

 このドラゴンを倒すのなら強力な魔術を発動させなければならない。

 だが呪いが僕の元あった魔力を抑え込んでしまっている最悪の状態だ。


 ここで置いていかれたりしたら、大賢者の称号を授けられた僕でさえ殺されてしまう。


「ま、待ってよルーク君! 今の僕じゃドラゴンは倒せない、殺されるっ」


「へっ、知らねぇよ馬鹿野郎! んなもん自分で考えやがれ! もう俺達には関係ねぇよ、お前は追放だ!!」


 追放という単語に反応し振り返るが、ルーク達の姿はとうに小さくなっていた。


 いま追いかけても追いつけないだろう。

 目の前で僕を睨みながら威嚇するドラゴンに、もし背を向けたりしたら防ぎようのない攻撃を受けてしまう。


(くっ……ここで置いていかれるぐらないなら勇者パーティを辞めるべきだった)


 胸に湧いてくる後悔が、次にとるべき行動や判断力を鈍らせてしまう。

 ドラゴンという強大な敵を前にして戦う意思と思考を完全に恐怖という感情で上書きされてしまっている、死んでしまうーー!


「ガァァァア!!!」


「風魔法【風渦(トルネード)】」


 魔術によって発生させた爆風をドラゴンの周囲に旋回させ動きを封じるのに試みようとする。

 しかし、ドラゴンが翼を大きく広げたその瞬間、操っていた爆風をすべて弾き飛ばされてしまう。


 さらにドラゴンは立ち尽くす僕にめがけて【ファイアーブレス】を吐き出す。

 かなり巨大な火球だが、横へと大きく飛んだおかけで回避に成功。

 左腕の火傷という軽傷だけで済んだが、久々の苦痛に敏感と反応してしまう自分がいた。


(痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!!)




「ガァァァア!!」


 再び追撃がくる。

 火傷してしまった腕をおさえながら態勢を整えようとしたが、足同士を引っ掛け地面に倒れこんでしまった。


「嘘、えっ………!」



 目の前をゆっくり見てみると、ドラゴンは僕を見下ろすように立って唸り声をあげていた。

 瞬間、僕は自分の死を覚悟する。


 賢者になって一度も見せたことのない涙が、瞳から溢れ出てくるのを感じた。


 逃げたい、だけど震える足のせいで胴体がまともに支えられない。


 ……怖い怖い怖い!

 このままだと死んでしまう!

 こんな所で死んでしまう、仲間に見捨てられて呆気なく死んでしまう。


「あ………ああ……ああ」


 賢者、賢い者ならば危機的状況を打破するために試行錯誤する。

 だけど、こういった状況に遭遇したことが一度もない僕は精神までが極限の状態まで追い詰められてしまっていた。


 闇雲にあらゆる魔術を放つのもリスクが伴うと知っている筈なのに、どうして僕は効果の弱い魔法を連続で放っているのだろうか。

 結果は当然、ドラゴンの巨躯にはびくともしなかった。


「だめ……なのか」


 手応えが全くないことに僕は杖を落とし、戦意喪失してしまう。


 もいいや。

 抗ったところで改善の余地は無い、なら潔く諦めた方が……。


 悪臭の漂うドラゴンの口がすぐ鼻の先まで開かれ、肉がこびりついた鋭利な牙が目の前いっぱいに広がる。


「……グルルッ」


 先ほどまでの威圧ある咆哮はおろか、ドラゴンは物静かな様子で唸り声を発していた。


 体が酷く震えている自分がいる。

 死ぬ覚悟はまだ出来ていない、この時間が続くのが怖くて堪らない。


 そう、だから僕はドラゴンを見上げて訴える。

 僕をさっさと殺せ、と。


 ドラゴンは少し驚いたような表情を見せるも理解したのか、無数の牙は容赦なく僕の身体のあらゆる部位を貫いていた。

 悲鳴をあげるも、咀嚼されていく身体に駆け巡る激痛は決して止むことはない。


 途端、走馬灯が脳裏をよぎった。


 かつて住んでいた居心地の良い故郷、自分を絶え間無く愛した両親、剣を手にして冒険にでた妹。

 あらゆる記憶が蘇るが、そこには笑う事を忘れてしまった自分が刻み込まれるように映っていた。


 ああ……そうか、僕は。


 そこでようやく賢者ではなかった昔の自分を理解した瞬間、ドラゴンの容赦ない補食が木霊する悲鳴を途切れさせたのだった。





 ーー勇敢なる者よ、ふたたび汝に命を授けよう。



 何かが聞こえたような気がしたのだが、意識はもうすでに暗闇の奥へと飲み込まれていた。

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