勇者に見捨てられて死んだ大賢者はゴブリンに転生したので、魔王の配下になって魔族の軍勢を率いる大賢者になる

熊の手を借りる

序章 大賢者の死編

プロローグ 「歩んだ果ての静寂」

 


 ーー歓声が鳴り響く大地に、剣を突きつけられる僕の姿があった。

 それはかつて、自分が仲間と呼ぶに相応しく愛しい存在の殺意に塗り固められた凶器。

 殺意によって振り上げられた自己意識の殺戮。



 目頭、目尻から大量に流れ落ちる汚れた赤黒い血。

 それが滴り落ちる大地には、無数もの生を消失させた死体が転がり落ちていた。

 それは、残虐非道な手によって命を落としていった戦友たちの姿。

 大地は彼らの血を吸い寄せるかのように僕を中心に渦巻いていた。



 僕の情けないその姿を眼前に、剣を突きつけた仲間は失望したような声で嘆き散らかす。



「ーーーーーー!!!」



 だが、この異常なまでの混沌な状況を許さない僕の深い意識がその声を妨げてしまっていた。

 どうでも良いと心の片隅で思っていた、仲間に失望されようと何だろうと。



 右手に握りしめた冷たい血塊で包まれた刃には、虚ろになってしまった自分の瞳が映っていた。

 それを見続ける事で、僕は現実から逃げようとしている。



 なんとも醜い、姿なのだろうか。



 鉄臭い血と金属を全身に浴びたせいでもある、無数に傷を付けられたのが原因でもある。



「………」



 一瞬だけ刃から目を離すと、そこには自分の手によって殺めてしまった少女がいた。

 この刃で何度も彼女を刺し続け、何度も叩き続け、彼女の面影が残らない程まで僕は怒り任せに彼女を切り刻んだ。



 先程までの残酷な記憶。

 それが偽り無く脳を過ぎった瞬間、頰に流れる冷たい何かが伝わる。



「ーー叶うはずの無い希望を求め続けた結果、君はまた何かを失ったようだね」



 今にでも途絶えそうな弱々しい声が聞こえ振り返る。

 そこには、山積みになった死体に座り込んだ魔族の姿があった。



 彼を見た途端、不思議がることなく至って冷静な心情でかつての遠い記憶を呼び覚ます。

 山積みになった死体を足場にする彼は、かつて千年前に存在していた魔族の英雄『ゴブリン王』。



 驚きは多少あるものの、全てがどうでも良かった僕には動揺は現れたりはしなかった。



「何かを愛し、誰よりも遥かな知恵を身につけ、誰よりも謳われる。その幻影にも等しい甘い光景に惑わされ、都合の良いように我々は支柱として扱われた続けた。役目を果たしたその瞬間に切り捨てられる事さえ知らずに……ね。それだけではない、一度だけの失望で世界の人間は我々をいとも容易く拒絶しその存在を殺そうとする。だが……」



 王はまるで全てを見透かしたような口ぶりで、図星を的確に突いてきた。



「誰であろうと他人に必要とされたい欲求が芽生えるだろう。弱者だけでは無く強者も当然、人は孤独では生きてはいけない存在だ。だからこそ我々は確定されている絶望的な未来を受け入れながらも、利用されるだけ利用された。その対価は一瞬だけの娯楽、後にはもう何も残らないのにだ。愚かだとは思わないか……?

 下らない人間の繋がりというモノに溶け込む為だけに我々が築きあげてきた大切な心、力、賢い知恵をこの世界で振り絞ってしまったんだ」



 望んでもない笑いがこの場に木霊し、僕の心の奥までその声が突き刺さってしまう。



「結局は身を滅ぼしていたのは、自分の賢さを疑おうとしなかった愚かな自分自信なのかも………ね」



 一言で、隠そうとしていた全ての心情を打ち砕かれ、それが目の前で晒されているような感覚に僕は襲われた。

 望んでこうなったのは自分だ、王はそう告げた。



 それを知っていたのにも関わらず僕はどうして、どうして再びこの光景を瞳孔に焼き付けることになってしまったのか。



 ああ……もう何度目なんだろう。

 失望し絶望し、失い拒絶されるのは。

 遠い過去では既に学び、体験し後悔したのにも関わらず。



 どうして僕はこうも愚かに同じ道を歩み続けるのだろうか?



「ただ、僕は探していたのかも……しれない。

 現実という地獄を前にしても決して切れないであろう繋がりという鋼糸を、僕達はーーー」



 世界全てが遮断し、暗闇に飲み込まれる末、青年はどこか悲しそうに微笑みながらも最後に此方を見つめながら告げた。




 ーーーこれは決して逃れることの出来ない運命へと辿り始めた、遠い先の残酷な物語である。

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