第二話
ダーイン夫人は三人を先に現場に案内した。
調書によれば現場は子供部屋だった。ダーイン家の一人娘、キャロルのいた子供部屋はアパートメントの四階にあるようだ。
長い階段を四階まで上がる。上層階なので日当たりがいい。明るい部屋は階下の客間とは対照的だ。
「「わあ、明るいねー!」」
陰鬱な客間から解放され、カレンとヘレンが歓声をあげる。
「……こちらです」
ダーイン夫人は子供部屋のドアを開けた。
とりあえず中を観察する。
童話を題材にした壁紙が子供部屋らしい。入って右側にベッド、左側に勉強机、ドアの右側には小さなクロゼット。
部屋の中は散らかっていた。床にはゴミが散乱し、ベッドのマットレスからは綿がはみ出ている。ベッドの端が齧られたように削れているのも異様な感じだ。
ダベンポートは中に入ると、詳細に部屋の中を調べてみた。
まだ血痕が残っている。
壁には散弾銃が当たったと思しき大きな弾痕が残っていた。どうやら散弾は小さなキャロルの身体を貫通してしまったようだ。
(まあ、警察の見立て通り即死だな。だが、その方が良かったかも知れない……)
ついで机も調べてみる。
散弾が跳弾したらしく、机の上にはところどころに穴が開いていた。手袋をした指で散弾の跡を調べ、散弾の入射角を計算する。
(ほぼ水平射撃、ダーイン氏は正面から散弾銃を発射したようだ)
ダベンポートは早々に散弾の調査を切り上げると、今度は机の本棚を調べてみた。
(……『魔法入門上級』はなさそうだな。それに雑誌も読んでいなかったみたいだ)
本棚には教科書、あとは数冊の絵本しか並んでいない。
ふと、ダベンポートは机の上に半球状のガラスが割れて転がっていることに気づいた。周りにガラスの破片が散らばっている。どうやら散弾が当たってしまったようだ。
「ダーイン夫人、これは?」
ダベンポートはそのガラスをつまみ上げると、俯いている夫人に訊ねてみた。
「主人が、娘の誕生日に買い与えたものです」
と夫人は答えて言った。
「少し前の話です。主人が娘と二人で街に出かけて、買ってきたんです。ただ、詳しいことは主人も娘も笑うだけで話してはくれませんでした。中もあまり良く見たことはありません。二人だけの秘密だと言って……」
「フム」
ダベンポートはそのガラスを日にかざしてみた。
どうやら中には何かの溶液が入っていたようだ。ほとんどはこぼれてしまった様だが、まだ少し水分が残っている。
「これは、フラスコだな」
ダベンポートは呟いた。
「フラスコの下半分だ」
「女の子の部屋にフラスコがあるなんてなんか不思議ー」
「不思議ー」
後ろから覗き込んでいたカレンとヘレンがダベンポートに言う。
「ああ。確かに変だな」
ダベンポートは頷いた。
さらに詳細にガラス片を調べてみる。と、ダベンポートは底面だった部分に何か図柄が描いてあることに気づいた。
「……魔法陣だ」
中に五芒星の書かれた五オブジェクト二重魔法陣。
「これは、見たことがない。二重になっているところをみるとどうやら高度な魔法のようだが……」
手帳を取り出し、正確に魔法陣を書き写す。
「……そのような模様なら見たことがあります」
手帳に魔法陣を書き写すダベンポートを見てダーイン夫人は口を開いた。
「見たことがある? どこでですか?」
ダベンポートは夫人の方を振り向いた。
「気がついたら、娘の手の甲に描かれていました」
夫人は言葉を続けた。
「ただ、それがいくら手を洗っても落ちなくて……」
「それでどうしたんです?」
ダベンポートは夫人を促した。
「やがて、娘はその印を見せてくれなくなりました。そのうちに私もあまり気にしなくなってしまって……」
後の言葉は掠れてよく聞こえなかった。
「ダーイン夫人」
ダベンポートは夫人に言った。
「その手がかりは重要です。なんでもいい、思い出したら教えてください」
「…………」
夫人は黙ってしばらく考え込んだ。
「……おそらく、そのガラスの瓶を主人と買ってきた頃だと思います。三ヶ月、いえ、娘の誕生日の頃の話ですから四ヶ月ほど前の事かと」
+ + +
現場の検分を済ませたのち、今度は死体の検分に移る。
少女は三階の来客用寝室の一つに寝かせられていた。
現場から動かしてしまったのが残念だが仕方がない。いつまでも娘の射殺死体をそのままにしておけというのはさすがに酷だろう。
寝室は少し暗かった。夫人に頼んで
少女の身体は横向きに寝かせられ、上にはシーツが掛けられていた。
シーツの端から、少女のクリーム色の髪の毛が覗いている。
「失礼」
とダベンポートは夫人に断ると、そのシーツをゆっくりと剥いでみた。
「!」
「あっちゃー」
「やっちゃったねー」
カレンとヘレンが二人で揃って宙を仰ぐ。
少女の身体はウサギに変化しつつあるようだった。
耳は長く、背中は猫のように丸まっている。身体に似合わず足が大きい。代わりに
それに顔もだいぶん変わっていた。細長くなり、目が頭の側面に移動している。
「…………」
無言のまま、ダベンポートは少女の顎に手を添えると顔を正面に向けさせた。
口蓋裂。上唇が上に裂け、ウサギの口のようになっている。
おそらくダーイン夫人が整えたのだろう。少女の長いクリームの髪の毛には綺麗にブラシがかけられ、長い耳は頭の下にたくし込まれていた。
ダベンポートは無表情に両手で少女の唇をめくった。前歯を調べてから両手を使って少女の口を開かせる。
少女の口の中は門歯が発達し、奥歯が退化していた。
次いで眼球。瞼を開き、目の中を覗いてみる。
瞳が赤い。まるで血のようだ。
「ダーイン夫人、お嬢さんの目の色は何色でしたか?」
とダベンポートはダーイン夫人に訊ねた。
「青、です。湖のような綺麗な青」
ダーイン夫人が答える。
「今は赤いようですね。いつからか判りますか?」
「瞳の色……」
ダーイン夫人は少し考え込んだ。
「……おそらく、最近だと思います」
「ふむ」
続けてダベンポートは両手、両足を調べてみた。まだ顔に毛は生えていなかったが、両手と両足にはすでに毛が伸びていた。白くフサフサした毛が生えた手足はまるで動物の前脚と後ろ脚のようだ。
「……
少女の顔を横に向けさせ、手足を元の位置に戻しながらダベンポートは呟いた。
「それも、普通の魔法の
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