第一話

 ダーイン家のアパートメントはセントラルの中心街にあった。一ブロックとまでは言わないが、半ブロック以上は十分に占めている。

 狭いセントラル市内のアパートメントとしては大邸宅に入る、大きな家だ。

「でかい家だな……」

 ダベンポートは大きな四階建のアパートメントを馬車の窓から見上げた。

(いわゆるタウンハウスという奴だ)

 タウンハウスとは上流階級の人達がセントラルに住むために作った大きなアパートメントだ。大概は古いアパートメントを改装して作られており、隣り合ったアパートメントの壁をブチ抜いて一軒の家に仕立てたタウンハウスもある。

 どうやらダーイン家はそうした大型アパートメントに居住しているようだ。

(さすが、百貨店デパートに大きな売り場を持っている商家だけのことはある。おそらくメイドの数も十人は下るまい。執事もいるだろう)


 ダベンポートはゆっくりと馬車から降りた。すぐに後から降りてくるカラドボルグ姉妹に手を差し伸べ、降車するのを手助けする。

「着いたー」

「着いたー」

 カラドボルグ姉妹は馬車から降りるとすぐに馬車の後ろにまわり、さっそく縛りつけられていた大きな黒いトランクを荷台から降ろし始めた。

このトランクはカラドボルグ姉妹の商売道具だった。中には遺体修復エンバーミングに必要な道具と素材一式が収められている。

「うー、重いー」

「重いー」

 重いトランクを高い荷台から降ろすのに二人で苦労している様子だ。

 ダベンポートはその様子を眺めながら御者に話しかけ、近くの駐車場で待っているようにと指示をする。

 ドスン。

 後ろの方から重い音がする。どうやらやっとトランクを荷台から降ろすことができたらしい。

 荷台が空になったことを確認してから御者が手綱を使う。

 馬車が出て行くのを見送りつつ、ダベンポートはダーイン家の玄関へと向かった。

「待って、ダベンポート様!」

大きなトランクを持ったカラドボルグ姉妹が後に続く。

 二人のうちどちらかがカレンでどちらかがヘレン。だが、双子なのでダベンポートには見分けがついた試しがなかった。

 まあ、話しているうちに判るだろう。どっちかがどっちかに名前で呼びかけるのを聞けば見分けはつくようになるに違いない。

「よいしょ、よいしょ」

 二人で両側から大きな黒いトランクを持っている。

「重そうだな」

 とダベンポートは背後のカラドボルグ姉妹に声をかけた。

「うん、重い」

 小柄な二人が同時に首を縦に振る。

「でも、全部必要な道具だから」

「みんなステンレス鋼で作らせちゃったからちょっと重いの」

「ねえダベンポート様、持って♡」

 と二人は甘えた声を出した。

「……嫌だよ」

 無視して玄関の呼び鈴の紐を引く。

「もう、つれないなあ」

「ダベンポート様、女性蔑視」

 カラドボルグ姉妹は二人で揃って頰を膨らませた。

 仕草まで似ているから始末に負えない。

「別に蔑視はしていない」

 とダベンポートは反駁した。

「女性も社会に出る時代なんだろう? 僕はその意思を尊重しただけだ」

「……ダベンポート様、レディ・ファーストって知ってる?」

「知ってる?」

「社会に出たってレディはレディなんだよ?」

「だよ?」


+ + +


 しばらく待った後に、ようやく玄関のドアが薄く開いた。

 出てきたのはやつれた顔をした中年の女性だった。

「…………」

 無言のまま、じっとダベンポート達を見つめる。

 どうやらメイドではなさそうだ。来客の作法を知っているメイドよりも不慣れで、どこかおどおどした感じがする。服装は上品で高級そうな感じ。だが、中身が疲れているためか服も何やらしわが寄ったように見える。

「はい……」

 ようやく口を開いた。

 クリーム色の髪の毛が乱れている。目が赤い。どうやら一晩中泣き明かしたようだ。

「王立魔法院から来ました、ダベンポートです」

 とダベンポートは自己紹介した。

 続けて、

「こちらは遺体修復士エンバーマーのカラドボルグ姉妹です」

 と二人を紹介する。

「カレンです」

 と右側がスカートを摘んで少し腰を低くした。

「ヘレンです」

 と今度は左側。

 やっと見分けがついた。

 右側のカレンの左目の下には小さなホクロがある。一方、左側のヘレンの目にはホクロがない。これで今後は困らなくて良さそうだ。

 まだどっちが姉でどっちが妹なんだか判らんが。

「……どうぞ」

 女性が一歩下がって道を開ける。ダベンポートたち三人は会釈しながらタウンハウスの中に入った。


 三人はダーイン家の二階に作られた客間に通された。

 アパートメントも大きいが、この客間もアパートメントとしてはとても広い。さすがにダンスパーティは無理そうだったが、三十人くらいの立食パーティであれば問題はなさそうだ。

 ダーイン家の中は薄暗く、掃除もあまり行き届いてはいない様子だった。家の中の空気は淀み、どことなくほこり臭い。

「……私はダーイン夫人ミセス・ダーインです」

 夫人は簡単に自己紹介した。

「主人は警察に逮捕されてしまいました。今は警察に拘留されています」

 どうやら他には誰もいないようだ。人の気配がない。

「失礼ですが、メイドはいらっしゃらないのですか?」

 どこにもメイドの姿が見えない事を不思議に思い、ダベンポートはダーイン夫人に訊ねた。

「……三カ月ほど前に、全員にいとまを出しました」

 ダーイン夫人は暗い声で言った。

「なるほど」

 それで家の中が荒れている訳だ。

 それ以上は追求せず、客間に向かうダーイン夫人の後を追う。


 警察が作成した一次報告書を読んですでに大体の事情は知っていた。

 ダーイン氏は昨日猟銃で自分の一人娘を射殺したとがで警察に逮捕されたのだ。

 猟銃の発射音を聞いた近所の人が警察に通報し、警官隊はすぐにダーイン氏宅に到着した。

 何しろ事件が発生した場所が百貨店デパートで商業を営む有名なダーイン氏の自宅だ。いつもは動きの鈍い警察も今回は迅速に行動した。

 娘は即死、ダーイン夫人は狂乱状態。

 報告書によればダーイン氏は虚脱状態で、とても口の聞ける状態ではなかったという。それでも警察は事情聴取を行い、ダーイン氏を逮捕した。


 警察にとって問題だったのは、即死したその少女の異形いぎょうだった。

 散弾銃で撃たれ即死した少女なら警察にも対応のしようがある。だが、異形の少女にどう対応するべきか、セントラルの警察はその術を知らなかった。

 そこで事件は魔法院に回され、そして今ダベンポートがここにいるという訳だ。


 四人で客間に入ると、ダーイン夫人は力なく椅子の一つに座った。テーブルに肘を突き、両手でその顔を覆う。

 と、まだダベンポート達が立っていることに気づき、ダーイン夫人は

「……どうぞ」

と片手で反対側の椅子を三人に勧めた。

「ありがとうございます」

 ダーイン夫人の反対側に三人で腰を降ろす。真ん中がダベンポート、右側がカレン、左側がヘレンの順番。

「…………」

 ダーイン夫人は口をきかなかった。相当に憔悴しているようだ。

「今、現場はどうなっていますか?」

 仕方なく、ダベンポートがダーイン夫人に訊く。

 『現場』という言葉にダーイン夫人の肩がビクリと反応する。

「……昨日警察の方がお帰りになった後掃除しました。娘も今はベッドに寝かせています」

 ダーイン夫人はようやく重い口を開いた。

 言葉に全く力がない。まるで幽霊と話しているようだ。

 再び無言。

 娘を失い、世帯主も逮捕されたダーイン夫人の姿は痛々しかった。

 だが、必要な事は訊かなければならない。

「私はお嬢さんの姿が変わってしまった原因を調査するために魔法院からここに来ました」

 と、ダベンポートはダーイン夫人に言った。

「ダーイン夫人、もし私の考えが正しければ、お嬢さんの姿が変わってしまった事にはおそらく魔法が関係しています。早速で恐縮なのですが、とりあえずお嬢さんに会わせてはもらえませんか。あと現場も見せて頂けると助かります」

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