裏世界執行人〈死神〉
小山愛結
第一節 執行開始1
表の通りも静まり返った丑三つ時。薄暗い裏路地を歩く二つの人影、それぞれが互いの来た道を歩く。
一方はフードを深く被った赤眼の男、もう一方は酒で酔っ払ったスーツ姿の中年オヤジ。
「あぁ全く。あの狸親父め、酒でも飲まないとやってらんねぇっての」
その二人が・・・・すれ違う。刹那、酔っ払いの首が地面に落ちる。
酔っ払い、基斬り落とされた首。その眼が、脳が認識できるのは、崩れ落ちる。先ほどまでつながっていたはずの自身の体そのもの。しばしその首には何が起きたのか、なぜ自分の体が目の前に転がっているのか、解らなかった。周りに返り血は飛んではいない。血が付着しているのは、首と体の首がついていた切断面のみ。
それはまるで、酔っ払いの肉体が、血管が斬られた事を自覚できない程の。いや、正確には血液は常に体内を循環している。刃にその血液が付着しない筈はなく。切断面から噴出しない訳も無い。しかし、圧倒的な速度で振るわれた一刀は、そんな血液が付着する事さえ許さない。
それを物語るかのように、首を斬り落とされた胴体の切断面からは、赤黒い血液が流れ出ている。
「そう言うあんたも色々問題を起こすからこういう目に合うんだろうな」
フードを被ったもう一人の男は、すれ違った男の首を落としたであろう、日本刀にも似た伸縮性ブレードの刃を持ち手に取り付けられたスイッチを押す事で収め、上着の内側、肩掛けホルスターの左わき辺りに取り付けてあるケースに収納し、その場を立ち去る。
この世には、法では裁けない悪がある。善では裁けないそれを、裁ける唯一の存在。それもまた悪。時には悪でしか裁けない悪もある。
これは、悪を裁く為その手を血に染めた少年の物語。
ここは、日本の首都東京。その一角に建てられた駐日英国大使館。一般人にはなじみのないその場所の地下に設立された英国の諜報組織。MI6日本支部。その司令室で、支部長らしき女性が、部下に指示を出す。
「補充要因の装備は昨日指示した通りの物で間違いない?」
「はい司令、間違いありません。FN ブローニング・ハイパワーが一丁と刃渡り12センチのサバイバルナイフを一本の軽装タイプの基本装備を支給予定です」
「問題ないわね。オリヴィアは下がっていいわ」
オリヴィア・アークライト。栗色の髪に青い瞳を持つ女性で、MI6暗殺部隊所属のOOシリーズOO7の一人。暗殺部隊所属なだけあり、闇からの奇襲を得意とする。
オリヴィアは、司令と呼んでいた女性の言葉を聞き、軽く頭を下げてから司令室を後にする。そして、オリヴィアが部屋を出たのを確認した司令官らしき女性は、赤眼の日本人の少年に目線を向ける。
「それで一夜、仕事は終わったのね?」
「あぁ、いつも通り一撃で、証拠も残してなければ目撃者もいない」
「そう、ご苦労様。でもほんと【赤眼の死神】とはよく言った物ね。狙った相手は必ず一晩のうちに殺す。この間入ったばかりとは思えないわ」
この支部には在日のイギリス人メンバーだけでなく。日本人も圧倒的に数は少ないが多少は在籍している。その一人がこの赤眼の少年、神崎一夜。そしてこの日本支部に配属されているMI6メンバーは三十名程。その中で実戦投入されるのは基本的に、それぞれの国の支部に七人ずつ配属されているOOシリーズ。一夜はそのOOシリーズ唯一の日本人メンバーだ。
実戦メンバーが少数で事足りるのは基本的には他国の問題には手を出さないから、しかし自国にも及ぶ問題は、その国の要請が無くとも介入する。
今回一夜が殺したのは、日本の政治家。とは言っても問題が多く悪評しかなかった汚職政治家。その手が日本のみならず他国に飛び火しそうになった為、一夜が処理した。
「仕事として処理しただけだ。それに俺が私怨で狙ってるのはたった一人」
「そうだったわね。それよりも新しい仕事よ」
「今度は誰を殺るんだ?また政治家か?」
「ちょっと違うわ、今回はずっと欠番だったナンバー6の補填要因。ようは新入りの実地研修よ。狙うのは地下オークション会場」
【新入り】と聞いた瞬間、一夜があからさまに不機嫌そうな表情をする。
「おい、アリス。その仕事は他の奴に回してくれ、さっき新入りの装備を聞いたが俺とは真逆のタイプだろ。あの装備ならオリヴィア辺りと組ませればいい」
「それがそうもいかないのよ。その新人ちゃん、結構プライド高いみたいだから本部の育成機関の教官も手を焼いてたみたいで、育成プログラムを受けてない貴方がいるこの日本支部に来ることを拒否し続けてたんだって。そこで、貴方の才能を見せつけて欲しいな~ってね」
アリス・ホワイト。白く長い髪と茶色の瞳の少女。更にMI6日本支部の支部長であり、司令官。OOシリーズ後方火力支援部隊所属のOO1。
アリスの言い分を聞いた一夜は、余計に呆れ、不機嫌になる。そもそも自分が原因で配属を拒否していた奴の面倒を見たいバカなんて本来は殆どいない。無論一夜も例に漏れずそう言った相手とは関わりたくないタイプなのだが。
「才能って、俺はただ常人より多少耳が良いだけの凡人なんだが?」
「またまた~教育プログラムを受けて無いにも関わらず、MI6に入って一か月も経たずに単身での任務成功。並びにOOシリーズへの加入。これだけの功績を上げておいて才能が無いなんて謙遜にも程があるよ」
「俺は戦術が定まらないどっちつかずのスタイルだ。暗殺特化ではないし、かと言って戦闘特化でもない。勿論お前みたいなスナイパーでも無いしな」
「でも、OO加入のテストでは隠密、戦闘、狙撃。それぞれが平均値越えで、同等の得点。本来OOメンバーはそれぞれが特化した武器やスタイルがあるから、全てが平均値以上っていうのは難しいのよ。それも、全て同等の成績なら尚更ね」
「それでも中途半端な存在には変わりない」
何も、一夜が悲観的な訳では無い。確立されたスタイルがある者の方が、スタイルが定まっていない者よりも優れている事はよくある話で、云わば慣れの様な物なのだが、一夜の場合は多少異なり、それぞれのスタイルに慣れてはいる。しかし、一夜に合ったスタイルが確立出来ていないに近い。
「それはそうと、仕事は受けるの?受けないの?」
「どうせ断っても司令官の権限で強制させるんだろ?」
「あら、良く分かってるじゃない」
一夜はアリスのその言葉を聞くなり、怪訝な表情になる。
基本的に日本支部に在籍するMI6メンバーは司令官であるアリスの頼みを断る者はいない。それは、アリスが司令官であるからと言うだけではない。それほどまでにアリスは日本支部メンバーに信頼されているのだ。実力、人間性共に。
しかし、その中でも一夜だけはアリスからの仕事を度々断っている。その理由は単純明快、己の実力を理解しているから。
その為、アリスは司令官である権限を行使し、多少強引に一夜に仕事を受けさせている。
「はぁ、分かったよ。それでそのオークションでの標的は誰なんだ?」
「話が早いわね。今回の
「・・・・・・は?」
アリスの意外な一言。今まで一夜に回されていた仕事は一人を標的とした物ばかり、しかし今回の標的はオークション関係者。約百人、軽いテロでも起こさない限りそれだけの人間を始末するのは難しい、それもMI6としての仕事の標的とされる様な人間達、それなりに手練れの護衛を付けているはず。それがOOシリーズレベルの護衛であればなおの事難しい。
「その地下オークションでは、違法な品物から人間まで売買されている。イギリス人も出品される事もあるから、本来はもっと早く潰したかったんだけど、所在の特定に時間がかかって手を打つのが遅れたのよ」
「ちょっと待てよ、そのオークションを仕切る関係者だけで何人いると」
「そうね~、ざっと二十人程度じゃないかしら」
一夜の言葉を遮り、アリスが若干食い気味に答える。
「二十人って、そこに参加者を含めて大体二百人弱だろ?それを、俺と新入りの二人だけで全員殺るのは流石に難しいぞ」
「処理の手段はいつも通り問わないわ、勿論それに至るまでの方法もね」
一夜が何と言おうとも、アリスは一夜と新入りの二人だけで処理に当たらせるというのは、変えるつもりはないようだ。それがアリスからの信頼なのかただの無茶ぶりなのか、一夜にそれを知るすべはない。
「聞いて無いし」
「そうそう、仕事は明日の夜だから顔合わせの為にその新人ちゃんを呼んであるから。クレア、入ってきなさい」
アリスが“クレア”を部屋に呼び入れる。声を掛けられた彼女は、司令室の扉を開け、一夜とアリスの前に姿を現す。
「どうもお初にお目にかかります。クレア・スカーレットと申します。本部では主に奇襲訓練の成績が良く、この度OO6に任命された次第です」
クレアと名乗った少女は、一夜の顔を見るなり、不機嫌そうな表情をし、アリスにのみ淡々と自己紹介をする。
クレア・スカーレット。髪色は赤色で右サイドを結っており、瞳の色はイギリス人の中では珍しい黒色。身長は一夜の首辺りまでしかない。年齢は18歳の一夜と比べると一、二歳下と言ったところ。本人も言っている通り、奇襲訓練での成績が他の訓練生と比べて格段に振るっていた為にOO6として、日本支部に配属された。
「どうも、神崎一夜先輩。私は貴方の事認めませんから」
「・・・・・別に俺はお前に認められる為にここに居るわけじゃない」
「それはそうでしょうけど」
予想よりも冷めたひと言を言い放つ一夜に、クレアは少したじろく。クレアの返し以降、暫らくの静寂が訪れる。
その静寂を破ったのは、そんな二人のやり取りを見守っていたアリスだった。
「さてと、これでそれぞれの情報交換は済んだわね。改めて今回の仕事の標的の話をするわよ、一夜にはすでに話してあるけど、今回の標的は東京都内で度々行われている違法な地下オークション会場にいる関係者全員、約二百名。処理の手段、及び処理に至るまでの方法は問わない。以上よ」
「了解しました!」
アリスの指示を聞いたクレアは、その指示を了解し、右手で拳を作りその右手を左肩に当てる敬礼を取る。
「クレアって言ったか、今回の処理すべき人数ちゃんと聞いてたか?」
「えぇ、約二百人でしょ?その程度の人数は処理できる自信があります」
自信満々に言い放つクレアに、一夜は多少呆れつつそれとは逆にうらやんでもいた。楽観的にとらえられるクレアの、その精神的若さに。
「そうか、それだけ自信があるなら安心だな」
「何が安心なんですか?」
クレアにとっては当然の疑問。先ほどまで自分の事を多少バカにした様に接していた男からの、突然の“安心”と言う言葉。これを疑問に思わない者は少数だろう。だが疑問に思っても、その言葉の意味まで理解できる者もいないということも事実。
「なに、それだけ自信があれば何があっても大丈夫そうだなと思っただけだ」
「それは、褒め言葉と受け取っていいんですか?」
「褒めてるといえば褒めてるからな」
『まぁ、同時に貶してもいるが』と一夜は心の中で考えつつ、クレアから目線を外す。次に一夜が見るのは、自身のすぐそばで唯一椅子に腰かけているアリスだった。そんな一夜の視線に気が付いたアリスが、口を開く。
「ん?あぁ必要な物があるなら言って、ある程度の物は用意できるから」
「なら
「え?手榴弾だけですか?もっと大きな爆弾とか」
そんな的外れなクレアの質問に再度呆れる一夜、そしてなぜ手榴弾なのかの説明を始める。
「あまり大きな爆弾を使うと、証拠が残りすぎる。今の日本警察の鑑識、その科学技術は高い。爆弾の破片からこちらの存在を気取られる可能性もある」
「そんな事あるんですか?徹底的にやれば」
「そんな事があるんだよ、気取られる危険性が一番低いのは爆弾なんて回りくどい方法を取らずに俺達の手で直接殺る事。だが今回は人数が人数だからな、多少は爆発物で可能性をあげないと」
「なら、私はなにも必要ありません。基本装備さえあれば問題ありません」
二人の意見を聞いたアリスは、机に置かれている電話の受話器を取ると、内線でどこかに電話を掛けはじめる。
「えぇ、私よ。破砕手榴弾を三つお願い。えぇ明日の夜一夜に渡してくれれば問題ないわ」
受話器を固定電話に戻す。そしてアリスは一夜とクレアに向き直る。
「それじゃ、仕事は明日の夜。くれぐれも気を付けてね」
「あぁ、分かってる。いつも通り殺ってくる」
〈驕らず侮らず慎重に〉それが神崎一夜と言う男の行動理念。己の力に驕らず、相手を侮らず、行動を起こす際は慎重に。と言う自身への戒めの意味を込めた言葉。どんな場面であっても冷静な者が有利に立てる。ゲームであっても戦いであってもそれには違いない。どれだけ実力がかけ離れた相手であっても、冷静な判断さえできれば勝機は何処かしらに生まれる。後はその勝機をつかめるかどうか。
そして、クレアと一夜は司令室を後にする
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
クレアと一夜の顔合わせから三十八時間後。クレアと一夜、二人の姿は件の地下オークション会場のホールにあった。二人はオークション会場で定められたドレスコードを守りつつも、戦闘になった際の事を考え、動きやすく防御面でも優れた素材の物を選んで着込んでいる。
「なんで正面から乗り込んでるんですか!これじゃぁ私の得意なスタイルに持ち込めないんですけど」
クレアが小声で一夜に抗議する。一方一夜は、クレアの顔を見る事無くその抗議に対して答えを返す。
「そもそもお前のスタイルは、居る事を気取られていない状態からの奇襲だろ。相手が一人ならまだしも、二百人弱ともなればお前のスタイルは役に立たない。それなら正面突破の方が幾分か良策だ」
「それでもしも私が正面戦闘が不得手ならどうするんですか」
「それはあり得ないだろ、どんな奴でもOOシリーズに加入している以上ある程度の正面戦闘スキルは持っている。勿論【白い悪魔】と呼ばれてるあのアリスもな」
アリスの別称【白い悪魔】これは、たんにアリスの髪が白い長髪だからではない。フィンランドの【白い死神】それと同等と評価しての物だ。ずば抜けた狙撃センス、それを若干十六歳の少女が持っている。無論、狙撃しか出来ない訳では無い。ナイフを基本とした近接格闘や、拳銃を用いた近中距離戦もそつなくこなせる。
「OOシリーズってのは、そういう奴らの集まりなんだ」
「はぁ~、まぁ良いですけど。それで?いつ仕掛けるんです?」
「お前はここの関係者を処理してくれ、客達は俺が殺る。オークション関係者だけならお前のスタイルで行けるだろ?」
「えぇ、ですけどこちらが終わり次第そちらにも手を出しますよ」
クレアは不機嫌な表情のまま誰にも気づかれる事無く、関係者以外立ち入り禁止と表記された扉の奥へと姿を消す。
「流石は暗殺特化、気配遮断は相当な腕だな」
気配遮断。特殊な呼吸法と歩法、それに加えて他者の意識を自身から外したり等の手段を用いて、自身の気配、言わば存在感を極限まで薄くする。暗殺特化のメンバーであれば、絶対に必要とされる技術の一つ。手練れの気配遮断は他者に対して『その場に居るのは認識できるが、それが本当なのか認識できない』と錯覚させる程。
「・・・そろそろ俺も動かないとな」
ホールに居る人々が、次々と会場内へと足を運び始める。それを見つめる一夜の瞳は先程までとは打って変わり、静かに獲物を狙う獣を彷彿とさせる物に変わっていた。
「さぁ、仕事の時間だ」
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