第55話 久しぶりのアルベット家
「ふぅ……」
インドラとタナトス神が去ったことで空間を満たしていた張り詰めた空気が消え、エウロは深い息を吐いてどっさりと椅子に座る。
「あれが最高神ってやつか」
なんだかこのまま去ってインドラと顔を合わすのもきまずいと思ったアリッサは、そのままエウロの向かい席に座る。
「まぁね~……と言ってもあそこまで異質なオーラを纏っているのはタナトス神くらいなもんだけど」
「背筋が凍るようなオーラを感じた。おっそろしい」
「冥界の化け物共を纏めているから、腕っぷしも強いしね」
リヴァイアサンが再び紅茶を淹れてくれたので、礼を言いつつお茶菓子に手を伸ばす。
「話は変わるが、どうしてミラージュJrはバハムートの卵なんざ持ってたんだ?」
「あれ?バハムートの卵は君の知識にないのかい?」
「バハムートの幼少期やベビーの話は一切ゲームに出てきてない。幼少期の話があるのはインドラ様くらいなもんだ」
「ふむふむ……デウスエクスマキナ神が導き出した答えに少し興味があるけど、質問に答えよう。実はあの卵、勝手に次元を渡ってきたんだ」
「次元を渡ってきただと?バハムートに次元跳躍の力はなかったはずだ。それこそ次元跳躍の力を持つ奴なんて――――」
「ええ、ミラージュくらいでしょうね」
そこでエウロの背後に控えていたリヴァイアサンが先に答えを言う。
「リヴァイアサンは何か知っているのか?」
「推測でしかないけど、大方あっちの世界のミラージュが並行世界の未来を覗き見して厄介ごとになるであろうバハムートを渡してきたんでしょ」
「ミラージュにそんな力が……いや、彼の出生を見ればあってもおかしくないか。それにしてもピンポイントでこの世界に送るとは……」
「この世界が最もバハムートにとって適した世界だったんだろうね。彼が幸せに生きられる世界だと」
「この世界のバハムートは失敗したようだったがな」
そこで話が途切れるとアリッサは、タナトス神やエウロが語った今この世界に迫る危機について振り返る。
「バハムートの件については、妹に任せるしかないが、それよりも邪神の方が厄介だな。エウロさ、どうして黙ってたんだよ」
「これに関しては、おいそれと言えなかったんだよ。不確定要素過ぎたし、まさか次元を超えて他の神が攻めてくるとは思わなかったし」
「それもそうだけど、邪神はオマエら神の天敵だ。無駄にぶつかっていいことは無いぞ」
「確かに実際僕らは押されている。このまま行くといずれ下界にも影響が出てくるだろうね」
「まあその時は迎え撃つしかない。ここからどこまで学生たちが成長出来るか分からないけど」
邪神を倒すためには神の力が必要だ。しかし、邪神は神に対する特効を持っており、エウロ達では歯が立たない。とするならば、神の力を授けられた勇者存在が必要不可欠であり、どれくらいの時間が残されているか分からないが新垣達学生には死にもぐるいでレベルアップして貰わなればならないだろう。
「アリッサくんお得意の武器ではダメなのかい?」
「ダメってことはないけど、効果は薄いね。オレの武器庫の中に神の力を宿した武器はあるにはあるが、本当の力を目覚めさせるには勇者に流れる血が必要だからな」
「そっか...だとするとこの世界の命運は勇者に委ねられたわけか...」
「辛い命運だけどね。オレはともかく、この邪神との戦いが終わったら元の世界に戻してやれよ?」
「うん、もちろんだよ。最高神達も既に承諾してくれている」
「それが聞けて安心した」
神達の考えを聞いて満足したアリッサは静かに立ち上がる。
「行くのかい?」
「まぁ聞きたいことは聞けたしな。邪神の事については、学生達にちゃんと説明するんだろ?」
「うん、今夜にでも最高神が夢の中で集めて説明するつもりだよ」
「なるほどね。んじゃ、またな」
「またね。インドラをよろしく頼むよ」
「姫様をよろしくお願いするわ」
最後に手を振って別れを告げたアリッサは、意識を手放す。ボコボコと海を潜るような音ともに意識は薄れ、世界が暗転した。
「おーい!アリッサー!」
「ん?」
目を開けるといぶしげな目を向けて心配そうにしているリーシアがおり、アリッサは頭の中で戻ってきたことを理解する。
「ああ、なに?」
「なに、じゃないわよ。話の途中だったのに虚ろな瞳で虚空見てるし、何事かと思ったのよ?」
「すまんすまん、それでなんだっけ?」
「もう...新垣君達がうちで待ってるから行こうって話だったじゃない」
「そうだったな...?立ち話もなんだし、行くか」
むすっとした表情のインドラに目を向けつつアリッサは、久しぶりのアルベット家の門を叩いた。
『おかえりなさいませ!アリッサ様と御一行様!』
家に入ると響くメイド達の声。左右にずらりと並んだメイド達は一同に頭を下げており、久しぶりの待遇にアリッサは後ずさりする。
しかし、後ずさりしたのはアリッサだけで、時期族長として育てられているアザムや元々リーシアの傍付きメイドのバニラやサキュバス族の長であるリリスやインドラなんぞ言わずもがな、皆メイドの挨拶に驚く様子もなく受け入れていた。
「よく来てくれたね」
「お久しぶりです。アルバルトさん、オルバルトさん」
「ほっほっほ、アリッサ殿もお元気そうで何よりだ。」
「アリッサおねーさん!」
「アリッサさん!」
「クーナちゃんとバングくん!?どうしてここに!?」
「何かとここ最近は物騒ですからな。私が村から連れてきたのですよ」
父と祖父の後ろから走って現れた小さな子供をアリッサは受け止めた。
若干バングくんはお年頃なのか、女性に抱きつくことに抵抗感があるようだったが、アリッサは構わず迎えた。
「そうでしたか。確かにバングくんはアルベット家の次期当主ですもんね」
「リーシアが継げばいいのですが、こやつは首を縦に振らんのですよ」
「あたしにそんな堅っ苦しいの任せないでよ。バング、この家の未来は任せた!」
「リーシア姉ちゃんも家のこと少しは考えてよー!!」
日頃から未来のアルベット家を継ぐため勉学尽くしのバングに諭される長女は、露骨に嫌そうな顔をする。
「当家の借金問題はアリッサの手によって解決したし、最近は新しい事業にも手を出してお金は潤沢に入ってくるしで私の出る幕ほぼないでしょ。精々私に出来ることと言えばアリッサの正妻になるくらいよ」
と、打って変わってリーシアは自身の父を毅然とした態度で見つめる。いつものらりくらりと婚約を躱し続けて親を困らせているリーシアだが、彼女も彼女で色々考えていたようだ。
「この国は王政よ。それも代々男が継ぎ、オーディアスの歴史において女王歴が存在したことはない。それは貴族にも言えることで、下級貴族はともかく、上級貴族である我が家が女を当主に添えるわけにはいかないでしょ。男が生まれていないのならまだしもうちには既にバングがいる。バングに英才教育を施して立派な時期アルベット家当主に育てるのがお父さんの役目だと思うけど」
「うむ……今までそう言った事例がなかっただけで、リーシアが継いでも良いのだが、お前の気持ちは分かった。金輪際お前に縁談を持ってくるのはやめよう」
「アリッサ殿、リーシアを頼みましたぞ」
「ええ!?オレなんにも言ってないんだけど!?」
「えー!アリッサさんが僕の義姉さんになるんですか!?う、嬉しいです!」
「やったー!!アリッサおねえさんが家族になった!!」
「まてまてまて……」
「ちょっと待ちなさいよ!」
言葉を挟む余地もなく進む話しをいい加減止めようとしたところで、リリスが大きく一歩前に出てリーシアと睨みあう。
「さっきから聞いていればアリッサの正妻になるですって?何を馬鹿なことを言っているのかしら?」
「アリッサ、こいつ誰?」
「あ、ああ……リリスっていうんだ。ほら、魔族四天王の一人の」
「ほう……魔族四天王の……どうりで恐ろしい力を持っているはずだ」
「うむ……」
なんだか修羅場のような雰囲気漂うエントランスホールだが、既に茶番に飽きているインドラとアザムはバニラの案内でこの場から去っており、残念ながらアリッサに援護射撃を出す者はいない。
「アリッサはね、魔王様直々に国賓として扱うよう言われているの。我が国……いえ、魔族国全体はアリッサのおかげで飢えと火のない生活から脱出することができたのよ」
「それは素晴らしいことだけど、それと今の状況に何の関係があるの?」
「あたしは魔族四天王の1人にしてサキュバス族の族長クィーンサキュバスの称号を得ている。その地位はアンタら貴族とは違って王族と同じ地位を約束されているのよ」
つ、つまり……となんだか声を詰まらせながら意を決してリリスはリーシアを勢いよく指さして宣言した。
「あたしの方がアリッサの正妻に相応しいわ!!」
「はあああ!?お前もお前でなにいってんだ!?」
「ブルースを旅立つ前に魔王様と四天王一同が集った会議があったの。そこであたしはアリッサの婚約者となるよう命令が下されたわ」
「もう何がなんだか分からん……」
「それってアリッサを政治的に利用するってことかしら?そんなことをこいつが望むと思ってんの?」
「そんなの望まないと思ってるわよ。でも、こいつとの縁を切らしたくないのも事実。富も名声もいらないのなら、美女しかないじゃない?なら、あたしが正妻になってあげるってわけ。だから、あんたは側室で我慢しなさい」
「我慢するわけねえだろうが」
ガン―――!と額を互いにぶつけて睨みあうリーシアとリリスに付き合っていられなくなったアリッサは、状況が読み込めていないアルベルト達に軽く自身の状況を説明すると既に元バニラの家の者からある程度の事は聞いていたらしく、とんとんと話が進む。
「ふむ...話には聞いておりましたが、魔王もアリッサ殿の重要性はよく分かっていらっしゃる」
「オレは穏やかに過ごしたいんですが.....」
「アリッサ君は、貴族に興味は無いはずだったね?」
「ええ、貴族なんて真っ平御免です。それとリーシアに好かれるのは素直に嬉しいですよ。オレの出生はご存知の通り転生者です。それも前の世界では冴えない男で、ただ毎日を淡々と過ごす日々ばかりでしたし、それこそリーシアのような美女と知り合うなんて夢物語でした」
結婚の話がチラつき、アルバルトの言葉の意味を理解したアリッサはリーシアとリリスの醜い口喧嘩を尻目に語る。
そう、家との縁を切っていないリーシアと結婚するということは貴族になるということなのだ。
「それこそ貴族なんて前の世界では、とうに廃れた文化ですから、貴族の作法や常識なんて知りません」
だから、とアリッサは遠慮がちに続ける。
「多分オレとリーシアが結ばれることはないんじゃないですかね...アルバルトさんがリーシアと縁を切るわけにはいかないでしょうし、リーシア自身もどこかで分かっていると思います。貴族の自分とオレが結婚するのは難しいことぐらいね」
「そうさのう...孫の結婚くらい叶えてやりたいのじゃが、アリッサ殿とリーシアでは身分が違いすぎる。かと言ってアリッサ殿は貴族にはなりたくない。そしてリーシアはバニラのように家名をそう簡単に捨てる訳にもいかないのが事実。難しい問題よのう」
「リーシアは女性貴族や女性冒険者の憧れですからね。私としては娘の幸せを第一に考えていますから、家名を捨てるくらい許してやりたいのですが、他の貴族からの反発は免れないでしょうね」
「表の顔は良いからのう...結婚の歳はだいぶ怪しくなって来たが、それでも引く手数多。それこそ他の国の王族からも縁談の話が舞い込んでくるくらいじゃからのう」
結局のところリーシアと結ばれるには、アリッサが人間族の貴族にならなければならず、それも相手はこのオーディアスの大貴族の長女。家名、武勇、王族とも親しい関係ともなれば、ただの成り立ての騎士爵ではなく、最低でも伯爵か侯爵ほどの爵位がなければ対等では無いのだ。
リーシアとの結婚はそれこそ土台無理な話だったのだ。
ならばまだ名誉貴族としての証を貰った魔族との結婚の方が話は早い。
それに既にアリッサは前魔王とも縁を結んでおり、リリスとの結婚も地位や名誉など関係なく好きにすればいいとのスタンスで許してくれている。ここのしがらみの差が魔族と人間族との差なのだろう。
「別にリーシアのことは嫌いじゃないです。それは心からの本音ですし、アルバルトさんやオルバルトさん。この家の皆様方には本当に良くしてもらって御恩しかないです。でも、結局のところオレはぽっと出の転生者でしかないのでしょう。もう少しオレに欲や野望があったのなら貴族になったのかもしれませんが、前世の記憶が足を引っ張ってしまって、今のオレは何にもいらないのです。妹さえ無事ならそれでいいと」
悲しげな表情を見せるアリッサにオルバルトとアルバルトは深く頷く。
「リーシアの事はこちらで考えることにしましょう。とりあえず今は久しぶりの我が家でゆっくりして行ってくれ。新垣君達も君の到着を心待ちにしていたからね」
話を一旦区切ったアルバルトは手を数回叩き、リーシアとリリスの喧嘩を止めると近くのメイドに部屋を案内させるのであった。
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