第19話 さよならの前に



「できた......リーシアへの思いやら今までのことを振り返りつつハンマー振ったらとんでもないのが出来たな」


夜通しハンマーを振り続けたアリッサは、リーシアが命を預けることになるであろう最高傑作が出来るなり死んだように眠り、そしてオーディアスが人で最も賑わう時間帯に目を覚ました。

欠伸をし、小さな洗面台で顔を洗って休憩場に顔を出すとバニラはともかく、呼ぶ予定だったアザムがいた。



「あれ?アザムくん?」


「よう、姉御」



アザムはバニラが用意したお酒を呷るように飲んでおり、テーブル散乱したビール瓶から相当飲んでいるようだ。



「酔ってる?」


「人間の酒じゃ酔わねえよ」


「そう」



アリッサはなんとなくアザムと向かう合うように腰掛ける。



「呼ぶ予定だったけど、オレの思考でも読んだ?」


「はは、何となく呼ばれるような気がしたんだよ」


「エスパーじゃん。っていうことはアザムくん自体はオレに用はないのか」


「まぁな」



また一つビールを飲み干したアザムは口元を服の袖でぬぐう。



「姉御、行くんだろ?」


「分かるんだ?」


「ああ、そんな予感がした。あんたは戦闘に向いてねえからな」


「オレが逃げるって予想されるのはそれはそれで悲しいけど、まぁ事実だ」


「あんたがどんな想いであいつらの前から去るのか俺の空っぽな頭じゃ分からんかったが、去るのは賛成だ」


「へえ、新垣達を一番可愛がっていたんじゃないの?」


「それに偽りはねえ。だが、この前の戦闘ではっきりと分かった。あいつらは姉御に依存しすぎだ」



何気なく這わせた左手の先には空っぽの瓶しかなく、アザムは不満げな顔をするが、そこへバニラが新たなビール瓶を差し出す。



「おう、助かる。まぁあいつらのリーダーは間違いなく新垣だ。だが、最終的に新垣が意見を求める相手は姉御なんだ」


「否定はしない。まぁでも新垣達はまだ高校生だし仕方ない――――ってこういうオレの甘えがあいつらの成長を阻害する原因になったのかもなぁ……」


「この世界じゃ16歳はもう立派な成人だ。見守ってやりたい気持ちもあるが、それじゃこの先いつか必ずあいつらは己の甘さで死ぬ」


「突き放す勇気かぁ……ほぼ一方的に突き放しているけど……――――なぁバニラ、他の勇者たちの話は聞いていないのか?」


「情報収集対象ではなかったので申し訳ございません……」



尋ねられたバニラは諜報員としての意識があったのか、アリッサの期待に応えられず悲痛そうな表情で頭を下げた。



「いや、別にいいんだ。オレはもう関係ないしな」


「で、姉御はこれからどうするんだ?」


「アザムくんついてくるの?」


「あったりまえだろ!族長が同行しろ言ったんだからついていくぞ」


「つまらん旅になるかもしれないぞ?」


「いいや、絶対面白くなるね。俺はなんと言おうとあんたについていくぞ」


「あんまり期待するなよ……――――とりあえずこの左腕をどうにかしたいから、それを抑えられるブルースの教会を訪ねようと思う」


「ほう?そこはどんな町なんだ?」


「ブルースは港町だ。目と鼻の先に海があって、獣人国と人間国が交易を行う最大規模の港として機能しているから町というより都市に近い」


「大きい町なのか?」


「ああ、相当でかいはず。ただその代わり獣人も人間も亜人も入り乱れるから小競り合いが絶えないね」


「なんだ?お前ら喧嘩してんのか?」


「そういうわけじゃないんだろうけど、多分互いに生活の仕方とか違うから文化摩擦でも起きてんじゃないのかな」


「ほーん、面白そうじゃねえか」


「ああ、あと酒と魚がうまいらしいね。ここは内陸だから魚を生で食べるなんて無理だけど、あっちなら生で食えるんじゃないの?」



ここまで全てバニラに調べさせた結果を言葉にして羅列しているだけなので、関心しているアザムの前に若干居心地の悪さを感じるアリッサ。



「飯がうまいのはいいことだ。そいつは豊かさの象徴でもあるからな。んで、いつ出発する?」


「準備が出来次第すぐ出発する。マーカスはなんか言ってた?」


「あいつは何も言ってねえよ。ただ退屈そうではあるな」


「オーディアスに来てからずっと馬小屋にいるもんな。あいつも連れて行くか」


「ああ、そうした方が良い。姉御や新垣達はいんべんとり?っていう収納魔法があるが、俺達にはそんな大層なもんはねえ。だから、荷物を運べる馬車は必要だ」


「言うてオレもそんな入らんけどな。んじゃちょいとインベントリの荷物整理でもしますかねえ……」


「その間俺達はどうする?」


「ああ、アザムくんとバニラは食材の買い出しや旅で必要になりそうな物を買ってきてよ。金は渡すからさ」



仮想ウィンドウを操作し、空の金貨袋をテーブル上に口を開けた状態で出すとそこへ雪崩のように金貨が落ちて行く。



「めっちゃゴールド持ってんのな……」


「リーシアの豪邸を一つ作れるくらいはあるんじゃないかな」


「さ、流石アリッサ様です……確かゴードンさんの技術提供料も含まれているんですよね?」


「ああ、スィーツのやつね。それももちろん入っているよ。あとこの話には続きがあって、アルバルトさんと契約を結んでスィーツの月の売り上げ額の5%がゴールドバンクに入るようになってる。でもまだ店を出したわけじゃないから、金は入って来ないけどね」



金貨袋の口をしっかりと結んだアザムは肩に下げるリュックに袋を入れ、立ち上がる。



「一応20万ゴールド出したけど、無駄なものは買わないでよ。ああ、バニラは分かっていると思うけど、コンロを買ってきて」


「魔法コンロですか?あれは相当高い代物だと存じておりますが」


「いくらしたっけ?」


「大体一つ10万ゴールドはしますね。良い物ですとその倍は覚悟した方がよろしいかと」


「なるほど。なら、もう20万出すか」



再び金貨袋に20万ゴールドを出してアザムへ手渡す。



「んじゃ行って来るわ」


「行ってまいります」


「気をつけてなぁ」



2人が鍛冶小屋から出て行ったことで静けさを取り戻した部屋にアリッサは、インベントリ内のモンスター素材をピックアップしてはまとめて床に出していく。



「あんなに狩ったモンスターの素材も鍛冶で一瞬で消えたな」



出すと言ってもそれほど大量にあるわけでもなく、部屋の片隅に盛り上がる程度の量である。モンスターの素材がなくなったことで、比例するように鉱石系もすっからかんになり、ある意味整理が出来たとも言える。


だが問題は昨晩無心になって作ってしまった武器の数々である。


籠の中に乱雑に放り込まれた品質バラバラの武器はそのままで、売りにも売れない代物になってしまった。


鋼鉄製の武器であれば売っても問題はないと思うが、モンスターの素材を使った武器はちょっと躊躇われる。



「んー……アルバルトさんに相談するか」



迷っても仕方がないとアリッサは立ち上がり、鍛冶小屋内全ての武器を回収しようとしたところで気付いてしまう。



「い、インベントリに入り切らねえ……」



大量すぎるが故に容量オーバー。アリッサは面倒くさそうにマーカスが繋がれている馬小屋へ行くのであった。





「マーカス~」



リーシア家が管理する馬小屋へ足を運んだアリッサは久しぶりに顔を見たマーカスの鼻を撫でた。



「久しぶりだな。ちょっとお前に運んでほしいものがあるんだよ」



アリッサの言葉を聞いたマーカスは『まじか!ここから出られるのか!』と喜んでいるのか忙しなく動き回る。



「んじゃ行くか」



飼育員に柵を外して貰うとアリッサはマーカス専用の鞍と手綱をインベントリから出して装備させ、その上に飛び乗る。



「馬車は表にございます」


「ありがとうございます」



どこか跳ねるように歩くマーカスを連れて表に出ると着脱式の馬車があり、説明書を見ながらマーカスに連結させていく。



「おし、行けた。どう?違和感はないか?」



問題ない、と言わんばかりにぶるる!と鳴くマーカスを満足そうに見てから武器だらけの鍛冶小屋へ向かった。







アリッサは再びアルバルトの部屋を訪れた。



「今日は何の用だね?」



若干不機嫌そうなアルバルトを前に臆すことなくアリッサは要件を述べる。



「実はこの左腕になってから鍛冶の感を取り戻すために武器を作っていたんですよ」


「君の鍛冶才能は娘や父から聞いているとも。それで?」


「処理に困っているんですよね」


「処理に困っていると?君はその鍛冶で富を得るつもりはないのかね?」


「オレはジャンドゥールの二の舞になりたくはないですからね」


「ああ、かの聖剣を作り上げた伝説の鍛冶師か。確かに君の鍛冶才能は国をも動かす力がある。なるほど、自分が作り上げた武器が争いの元になりたくはないというわけか」


「そういうことですね」



話がようやく見えて来たアルバルトは顎をさすり思考に耽る。そこへ『失礼します』という掛け声と共に1人の女性とメイドが入って来た。



「あ……」


「リーシアじゃん」


「あ、えと、こ、こんにちは」


「客人と話をしている最中に入ってくるんじゃない」


「も、申し訳ございません…」


「いや、別にいいですよ。リーシアにも用はあったので」


「私に?」



リーシアは書類を抱えたままアリッサとどう向き合えばいいのか分からず、何かを言いかけては口を閉ざし、そのままオロオロしていると見かねたアルバルトが隣に座るよう言い渡す。



「リーシア、君の槍が完成した。オレの気持ちを全て込めた槍だ」



アリッサは複雑そうな表情を見せるリーシアに声をかけることなく、自分の要件を言い出してインベントリから一本の槍を出す。



「わぁ……綺麗……」


「ほう……見事だ……」



アザムの角と鱗。そして戦いの際に失ってしまったウィンドドラゴンの片目をメイン素材とし、アダマンタイト鉱石で作り上げた槍はアリッサが知っているウィンドドラゴンの槍とは姿が違った。



「オレが名付けたわけじゃないけど、この槍の名は『風雲竜槍ティアーズボルト』っていう名前になった。なんかリーシアに申し訳ない気持ちいっぱいで作ったらお前以外装備出来ない武器になっちまったわ」


「え?私専用なの!?」


「うん、リーシア専用。アダマンタイト鉱石で作ったから60レベルにならないと本来の力が発揮されないけど、リーシア今なんぼ?」


「私はこの前ブラッディ・シャドウの集団と戦ったからそれで上がって……今54ね」


「もうちょいか。軽く説明するとこれは今話した通りリーシア専用の槍で、リーシア以外が持つと暴風が発生してしまうから注意ね。布越しならオッケーだったかな?んで、魔力を込めると槍の先端から中級魔法ライトニングボルトとエアロボルトが発生する。リーシア、魔法の説明はいらないよな?」


「ええ、ライトニングボルトは中距離の魔法で、雷撃を飛ばす魔法よね?エアロボルトは拳くらいの風の弾を打ち出して、着弾したら爆発する魔法よね?」


「そうそう。でもリーシアの属性は光だからあんま相性は良くないかもな」


「ううん、それでも攻撃の手段が増えたことはいいことだわ。ありがとう、アリッサ」


「いいっていいって。あと特殊能力が2つついた。一つ目はドラゴンキラーとしての能力ともう一つ目は風に乗るっていう能力」


「ドラゴンキラーは分かったけど、風に乗るってなに?」



アリッサはリーシアから貸していた槍を返して貰う代わりにティアーズボルトを渡すと早速彼女は興味深そうに槍を手に取って眺め始める。



「文字通り飛べるんだよ。どこまで浮けるのか分からないけど、風が吹いているところなら高速移動できるってことだな」


「す、凄いじゃない!!飛ぶなんて伝説の時空魔法使いくらいよ!!」


「あんま期待すんなよ。なにせオレも初めて見る効果だから面白そうじゃん?くらいな気持ちでつけたからさ」



今までアリッサとリーシアのやり取りをじっと見ていたアルバルトは『ふむ』と言って会話を遮る。



「やはり君の鍛冶才能は素晴らしいな。ジャンドゥールの再来と言っても過言ではない」


「リーシアだから特別に作ったんですよ。いくら金を積まれてももう作りませんよ」


「2人ともなんの話をしていたの?」


「ああ、実はリーシアの槍を仕上げる前に余ったモンスターの素材で駄作を作り続けていたんだ。んで、それをどうしようかなってアルバルトさんに相談しに来ていたんだよ」


「ああ……確かにアリッサの武器は市場に流せないものね……かと言って陛下に献上しても次はアリッサを王宮で囲みそうだし……」


「ああ、私も困っていてね」


「ちなみにどんなの作ったの?」


「バングくんやクーナちゃんに作ってあげた槍から新垣達に作った武器とかあの森のモンスターの素材をふんだんに使ったものばかりだ」


「あのクオリティがいっぱいあるのかぁ……お父さん、これは……」


「そうだな、開かずの倉庫にしまう他あるまい」


「ああ、あの村の地下にあった倉庫か。アスガルドの鎧があったとこの」


「そうよ。あそこなら私の家以外の者は入らないし、村人も近寄らないわ」



それからとんとん拍子で手続きを済ますと、大切そうに槍を抱いていたリーシアが『あれ?』と槍に彫られた文字に気付く。



「アリッサあなた……」


「どうしたんだい?」


「えと……アリッサって今まで自分が作った武器に名前を彫っていなかったわよね?」


「彫っていなかったよ」



そう、リーシアの槍にはいっちょ前に練習したアリッサの名前が彫ってあった。だが、リーシアが気にしたのはそこではない。



「アリッサ君、これはなんて読むんだい?」


「サカグチ・リュウノスケって読みます」


「貴方の国の文字よね?坂口……龍之介……」



噛み締めるように何度も何度も小さく呟く。



「その槍は一点物だ。今までのリーシアに対する想いや感謝や色々な感情をぶつけて作ったらレアリティがとんでもないことになっちまった」


「ええと……れ、レジェンダリー!?」


「なんと!?」


「オレも正直びびったよ。まさかハルモニウムを使わずアダマンタイトでレジェンダリーに上り詰める武器が完成するとは思わなかった。それもドラゴンの中で最も弱いウィンドドラゴンの素材でだぜ?」


「ほんとアリッサは存在が規格外ね……」



光を受けてエメラルドに光る槍を手にリーシアは愚痴る。



「また我が家の家宝が出来てしまったな。リーシアは本当に良き友人をもった」


「一生ものの友人に出会ったわ。アリッサ、本当にありがとう」



まるで聖女のような笑顔を見せられ、久しぶりに心の底から照れてしまったアリッサは顔を背けながら頭を掻くしかなかった。



「では、馬車に武器を積んでいるんだね?」


「はい、訓練所までしか馬車が入れなかったのですが、構いませんか?」


「問題ないとも」


「んじゃ行きますか」



お別れかな、と若干の寂しさを抱きつつ立ち上がるとアルバルトはアリッサを引き留めた。



「アリッサ君は少し娘と話をしていきなさい」


「え?」


「リーシアもそれでいいね?」


「は、はい」


「2人とも悔いがないように。余計なお節介かもしれないが、人間族の寿命は他種族に比べて短い。だからこそアリッサ君の自由に生きると言う考えに私は大いに賛成する。娘はいずれ過酷な戦いに身を置くことになるだろう。だから、その時娘の力になれるような存在が必要なのだ」


「でも、オレはリーシアの前から去ります」


「ああ、だから私は君に呪いをかけることにした」



呪い、という言葉にアリッサは眉をひそめる。



「私の娘を抱いてくれ」



言われた意味が理解できなかったわけではない。どうせそんなことだろうなと思っていた自分がどこかにいる。クレミア夫人とリーシアの変なやり取りの意味も分かっていたし、リーシアが返答に困っていたのも理解していた。理解した上でアリッサはあえて無視したのだ。だが、この父親は娘の貞操よりも娘の命を優先した。



「どうか私を軽蔑してくれたまえ。娘の命に比べればなんてことのない」


「………最低ですね、アルバルトさん。オレという人間の本質を分かっていて言っているんですよね」


「もちろんだとも。君は優しい子だ。そして女性経験も少ないと見える。だからこそ君は縁を大切にする。きっとアリッサ君はこの先旅に出ても新垣君達や娘の心配をするだろう。君はそういう人間だからね」


「大切な後輩ですからね。でも、同じ釜の飯を食った中ですから心配するのは当然では?」


「当然だが、度合いが違う。私の妻は商人の家系に生まれたせいか兄妹での競争が後を絶たなかったそうだ。私も同じく常に隣を走る好敵手たる存在がいたので後ろで躓き、手を伸ばす相手に手を差し伸べることは出来なかったのだ。だが、君は振り返るだろう?置いて行くつもりがどこかで立ち止まって追いつくのを待つだろう?」



アリッサは思いだす。仕事が出来ずいつも怒られてばかりで残業ばかりしていた後輩をいつも手伝っていた。ただあの時は両親も死んでマンションに帰っても1人になるのが辛かったから、仕事に専念したかった、そう言い訳をしていた。



「だから、もし娘が、新垣君達が困ったら少しだけ助けてやってくれないか?」


「その報酬で娘の貞操を差し出すんですか?とんだ親ですね」



リーシアには聞かない。どうせ聞いたところで分かり切っている答えが返ってくるだろうから。



「まぁ否定はしませんよ。オレはいつも損な役割を担っていましたし、それに気付いた同僚や上司もオレに面倒ごとを押し付けるようになりましたからね」



隣にいるリーシアが俯いてぎゅっと槍を握った。



「でも今回のオレは幾分か余裕があります。だから、リーシアや新垣達が困っていたらオレは助けると思いますよ。アルバルトさんの時だってオレは損得で動いたわけじゃないですからね?」


「分かっているとも。君は優しい子だからね」


「やだなぁその良いお父さん風を演じるの。アルバルトさん、やっぱ貴族向いてないですよ」


「分かるかい?やはりアルベット家の人間は貴族に向いていないのかもしれないな」


「暇があれば畑弄りしていそうですもん。クレミア夫人だけ見るとすげえ貴族っぽいんですけどね」


「はははは!違いないね」


「アルバルトさん。一つだけ言っておきますが、オレは何もパーティーを抜けるからと言って関係までも絶つつもりはありません。アルバルトさんに頼まれなくとも友人が助けを求めればオレは駆けつけます。まぁなら一緒に旅をすればいいじゃん?と言われれば痛い所ではありますが、そうするとオレの疲労がマッハなんでお助けキャラでいたいんですよ」


「なるほど、友のためにか。久しく聞いていなかった言葉だ。もう私くらいの歳になると常日頃損得で全てが成り立っているように見えて仕方がないのだ」


「間違いではないですけどね。ただアルバルトさんが言ったようにオレは縁を大事にします。せめてオレが関わった相手くらい不幸にならなければいいなっていうエゴでオレは動きます」


「では、娘の貞操はいらないのかね?」


「そ、それはまた話は変わってきますが」



そこでずっと俯いていたリーシアが恥ずかしそうに抗議の声を上げたところでアリッサとアルバルトは笑った。



「では私は行くとするよ。ジェニファに部屋の鍵は預けたからどうするかは2人で話し合うといい。アリッサ君、君と出会えて娘はもちろん我が家は本当に良かったと思っている。これからもよろしく頼む」



満足そうにアルバルトは去っていった。部屋に取り残されたアリッサはどうしたものかと癖になりつつある頭を掻いているとおもむろにリーシアが手を握って来た。



「え、えと、よろしいのですか?お嬢様」


「わ、私に言わせないで!」


「す、すまん……ジェニファ、部屋まで案内を頼む」


「かしこまりました」



気配を全く感じさせない暗殺者のような雰囲気を感じさせるジェニファに案内され、2人は恋人のように手を握りながらついていった。







何か道中話していた気がするが、全く内容が頭に来ないまま部屋についてしまった。ある曲がり角を曲がったところで城の兵士は1人もおらず、先ほど忙しなくすれ違ったメイド達も一切見かけることはなかった。



「人払いは済んでおります。ここは王族がえと……あの、する場所です」


「ジェニファも照れることってあるのか」


「わ、私も乙女なんです!!バニラのように割り切れるわけではございません」


「ジェニファは私と同じ騎士道精神を貫く由緒正しい貴族よ。本来私の護衛はジェニファだけだったの」


「バニラは裏方だもんな」


「ええ、でもちょっと歳が近いせいか仲良くなりすぎちゃって私はあの子の仕事を奪ってしまっていたのよ」


「アリッサ様、バニラを、私の親友をよろしくお願いします」



しっかり頷くとジェニファは鍵を差し込んで部屋の鍵を開ける。中は既にランタンの光で薄暗く、部屋の中央には大きなダブルベッドが圧倒的な存在感を醸し出していた。



「私は離れた位置で警護いたします。ここにはネズミ一匹たりとも近づけません」



腰に下げた剣に手をかけながら言うジェニファの瞳は使命感に燃えていた。頑張りすぎない程度にやって欲しい願いをしつつ2人はベッドに腰かけた。



「靴は脱いだ方がいいのかな」


「邪魔になるでしょ?」


「それもそうか」



どうやら自分も緊張しているらしい。新垣達が到着する前にこっそり娼館に行ったりと既にこの世界での童貞は捧げているが、知り合いとこういった関係になるなんて予想だにしなかった。



「この部屋、実は隣の浴室と繋がっているのよ」


「へえ、そいつは便利だな」


「だから、その……」



そこでリーシアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。



「なんか今まで風呂とか一緒に入っていたのに緊張するね」


「そうね、初めてうちに来た時もそうだっけ?」


「そうそう。んで、オルバルトさんの所に戻った時も一緒だったな」



話をしていたら2人とも緊張が解けたのか自然と身体が動けるようになり『先に入ってくる』と言ってアリッサは身体をさっと、そして息子を重点的に洗った。



「それじゃ次は私ね」


「おう」



身体を洗っている時は何も考えなかった。でも、再び部屋に戻ってきてベッドに腰かけているとやけにこの世界へ初めて来た時のことを思い出した。



「血だらけの冒険者を保護するなんてほんとリーシアは世話焼きというか、なんというか……」



アリッサは初めて出会えた人がリーシアやオルバルトで良かったと思った。



「オレは本当に恵まれている。父さん、母さん、唯。オレ、帰れないかもしれないけどもうちょいこの世界で頑張ってみるわ」



天井を仰ぎながらそっと呟いた。



それからしばらくしてリーシアがバスローブ姿で戻って来た。



「ご、ごめんね?本当はちゃんとお化粧もしてもっとえ、えっちな服とか着てアリッサを迎えたかったんだけどお父さんが急に言い出したもんだから…」



恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしたリーシアが頼りない足取りでアリッサの隣に腰掛け、精一杯の笑顔を見せた瞬間ぷつんと理性が切れる音がした。



「リーシアはそのままでも綺麗だよ」


「え?え、ちょっ!きゃっ!」



両肩を掴むとそのまま強引にベッドへ押し倒し、遊び半分で娼館に通っていたアリッサは本当の意味でこの瞬間大人になった。










「あかんなぁ……」


「なにが?」



行為が終わり、ベッドで抱き合って余韻を楽しんでいると唐突にアリッサが呟く。



「なんかアルバルトさんの呪いをかけるって言葉が分かった気がする」


「ふふ、私と肉体関係を持ったから離れるのが嫌になった?」


「若干ね。でも、オレは行くよ」


「分かってる」


「つか、痛くなかった?」


「痛いに決まってるわよ。今も股が痛いわ」


「すまん……」


「別にいいのよ。初めてを貴方に捧げた証なんだから」


「生々しいなぁ……」


「なら、貴方にも棒を突っ込んであげましょうか?」


「いやいや!それは勘弁してください!!」



むすっとしたリーシアがテーブルに置かれた息子を模した棒を握りかけたのでアリッサは全力でリーシアを抱きしめてテーブルに手が届かないように抵抗する。



「もう、臆病なんだから。あれだけ私にしておいて自分だけ逃げるのね?」


「逃げるとも。なんせ中身は男だからな」


「はぁ……どうして私はこんな人を好きになったんだろ……」


「ダメ男に引っかかる才能があるらしいな。気をつけろよ?」


「貴方で最初で最後のダメ男にするわ」



楽しそうに語るリーシアはぎゅっとアリッサを抱きしめる。



「あのリーシアさん?そんなに抱き着かれるとまた愚息が起きてしまうんですが?自分今まで寝ていたせいか溜まっていましてね、だからあのね?」


「もっかいする?」



さっきまで未経験だったくせに妖艶に微笑むリーシアに再びアリッサの理性はなくなるのであった。


そして2人が行為を終えたのはそれから2時間と30分もの時間が過ぎた後だった。


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