レジェンダリーファンタジー

また太び

第1章 不思議の世界のアリッサ

第1話 全ての始まり

坂口龍之介さかぐちりゅうのすけは生粋のコレクターだった。それを自覚したのは小学生の頃に流行りだした最新携帯ゲーム機で遊ぶことができる『レジェンダリーファンタジー』というある一本のゲームソフトとの出会いである。


内容は至って普通のアクションRPGで、両親を魔王に殺された主人公が多種多様な武器を集め、自身を強化しながら魔王を打ち倒すというもの。


簡単に説明するとどこに魅力を感じるのかイマイチ掴みにくいが、このゲームの真の目的は武器にあった。

それは遊んでも遊び尽くせないほどの武器の数があり、発売されて数年経ったネットの攻略サイトを閲覧しても未だに空白欄が数多くあるほどで、そんな小学生が遊ぶにはあまりにもえげつない確率調整されたゲームを坂口龍之介は遊んでいたのだ。


たとえ友人たちが他のゲームにハマろうとも坂口龍之介だけはコレクター魂がそれを許さず、ずっと同じレジェンダリーファンタジーを遊び続けた。


彼はこのゲームを心の底から愛しており、続編が出たら真っ先に近所のホビーショップで予約し、発売日になれば開店と同時に入って購入なんて当たり前のことだった。


コレクター魂だけで彼がこのゲームを遊んでいたわけではない。レジェンダリーファンタジーはとにかく武器も含め服や小道具のデザインがずば抜けて良かった。


近代的な服のパーツが発光することから始め、龍之介の世界にもあるようなブランド物の服や靴。果てには水着などその格好で戦場を歩き回るのは明らかにおかしいだろとツッコミを入れられそうな露出が多い服まで存在した。


えっちな服に興味があった坂口少年だったが、小学生や中学生の頃は何となく男が女の子キャラを使うのは嫌悪されるような風上があった。

そこで龍之介は友達の前で使うキャラと自宅で使うキャラと使い分けることを覚え、しょうもない思春期な男子である龍之介はここでカメラ操作をして理想のキャラメイクをした自分のキャラを着せ替え人形化し、パンツを覗くというむっつりスケベなことを隠れてこそこそとしていた。


まさかそれが全武具コンプリートに繋がるとは思いも寄らなかったが。



そんなレジェンダリーファンタジーと共に心身ともに成長した龍之介は今年で27歳を迎える。


レジェンダリーファンタジーもゲーム業界では古株として在り続け、遂に最近一般向けとして発売されたVR機器を使用した最新作が今日発売された。


ネットでの前評判は言わずもがな。もちろん龍之介も予約済みであり、初期設定だけを済ませて押し入れの中で埃を被っているVR機器を取り出し、どこかおぼつかない手で線を差していく。



「前作発売したのいつだっけな…」



社会の荒波にもまれ、若干死んだ目をしている茶髪の男性。身長は平均的であるが、あまり栄養を取っていないのか不健康な痩せ方をしている。

何をするにしても大きく息を吐いてしまうくらいにはストレスがたまっており、新作のゲームソフトを開ける喜びは当の昔に忘れてしまった。


彼は確かにコレクターだが、最近のレジェンダリーファンタジーの開発運営には若干の嫌気がさしていた。

それは前作の引き継ぎ要素が全くなく、新しいソフトをプレイするたびにあの苦行を強いられると思えばテンションが下がるというもの。


まあ考えて見ればあんな膨大な武器や防具や衣装データを詰め込んだソフトを次回の作に持っていけるとなればどれくらい容量を圧縮すればいいのか分からなくなるわけで、それを理解できない龍之介ではない。

だが、武器集めを楽しいのではなく、苦行とハッキリと口に出せるほどに龍之介は疲れていた。でも、それでもやっぱり龍之介は何だかんだレジェンダリーファンタジーが大好きで、ツンデレアンチと化していた。


ゲームは好きだが、システムが気に入らないとはよく言ったもので、毎回最新作が出る度に膨大なレビューと自身のプレイデータをコピーしたメモリカードと共に開発部へほぼ当てつけのような手紙を送っている。

そんな経緯があったことから彼は何度か開発部にβテスターとして呼ばれたことがあり、今作のVR機器専用のレジェンダリーファンタジーはもちろんテスターとしてプレイ済みである。


アンチでありながらβテスターという奇妙な男こと龍之介が電源を入れようとしたところでマンションのインターホンが鳴る。



「んだよこれからって時に…」



気怠そうに頭を掻きながらヘルメット型のVRマシンをベッドに置く。



「はい」


『すみませーん!お届けものなんですけどもー!』


「ああ、はい。今出ます」



なにか頼んだ覚えはないが、届けものとあらば受け取らないわけにはいかない。扉を開けるとそこにはいつもここら辺を担当している宅配業者の青年がおり、彼は重そうに大きなダンボールを抱えていた。



「す、すみません!置かせて貰ってもいいですか?」


「あ、はい。どうぞ」



前に世間話をしたとき彼はウェイトリフティングをやっていたという話を聞いていたが、そんな彼が重そうにしているなど一体中身は何なんだろう。



「受け取りサイン貰ってもいいっすか?」


「ほい。いつもご苦労様です。重かった?」


「ええ、めっちゃ重かったっす。なに頼んだんすか?」



本来中身を尋ねるなどタブーだが、新人だった頃から彼を知る龍之介はサインを書きながら、ダンボールをべりっと開ける。

中には何やら物騒な黒光りする機械が入っており、その一番上に説明書が付属されている。軽く見るとそこにはレジェンダリーファンタジーと書かれており、どうやらβテスターをやっていた彼に対する開発側からの届けものなのだろう。



「あーレジェンダリーファンタジーのなんかだね。俺、前にも話したけどレジェンダリーファンタジーのβテスターやってるんだよね」


「うわ、まじっすか!俺も龍之介さんが遊んでいると知っててVR機器買ったんですけど、こんなカラーないっすよね!」


「もしかしたらレジェンダリーファンタジー特別仕様かもしれないな」


「羨ましいっす!そだ、龍之介さん。今度一緒にこれやりましょうよ。今作で遂にオンライン対応になったんですよね!」


「そうだね。んじゃ、後で俺のゲームID送っておくからやろうぜ」


「うっす!んじゃ俺は仕事もどりまーす!」


「おう。頑張れよー」



1人暮らしをしている龍之介の数少ないリアルでの友人が今の彼だ。元々ゲームにあまり興味がない彼であったが、龍之介の影響で目覚め、過去作を貸している間にレジェンダリーファンタジーにドハマりし、今では龍之介の良き友人であり後輩である。



「しっかし重いな……つか、送ってくれるんならヘッドセット買わなければ良かったな……」



扉を閉め、念入りに鍵をした龍之介は重そうにダンボールを抱えながらリビングに移動する。

そして完全に開封し、慎重に取り出すとやっぱり中身はVR機器に接続するヘッドセットだった。


ソフトを読み込む機器とはまた別に映像や音楽を出力する役目を担うのがこのヘッドセットなのだが、そこで龍之介は一般に発売しているヘッドセットとは明らかに違う部分を見つける。



「ん?なんだこの差込口…」



右の丁度こめかみに位置する場所に何かカードのようなものを差し込む場所が存在し、龍之介は自転車のヘルメットのような重いヘッドセットを置いて再びダンボールの中を漁る。


そしてステンレス製の小さなケースを発見し、取り出すと同時に説明書らしき紙も取り出す。



「えっと……」



パカっと開けると中にはやはりヘッドセットに差し込むと思われる透明感がある青いカードがあり、そこにはレジェンダリーファンタジーマスターコレクターと英語で銘が彫られていた。



「マスターコレクターねえ……」



どこか皮肉めいた呟きをしつつ説明書に目を通す。


要約すると説明書には――――


龍之介にはとても感謝をしていると。そしていつも集めた武器データが次回作に持ち越せないことへの謝罪。そこで龍之介には特別なレジェンダリーファンタジーを用意したと、簡単ではあるがこう綴られていた。



「ゲームとリアルの融合……まあ確かに世間だと最近リアルとゲームの区別が付かなくなった奴が増えたとか騒いでいるな」



危機感を煽ることしかできないメディアが流すニュースを思い出しながら龍之介は、ヘッドセットを抱えながら寝室に戻る。


なにが特別なのか分からないが、おおよそ序盤ならメインになりうる程度の武器や一点もののアバター衣装などが入っているくらいなのだろうと期待はせずにヘッドセットを交換する。



「少し時間を食ったが、この日のために有給を取ったんだ。やるかぁ」



初期設定とか面倒だなぁと考えながらベッドに横になり、ヘッドセットを被る。電源を入れると視界が弾け、レジェンダリーファンタジーという文字が広がる。



「え!?」



説明書にはきっちり書いていたのだが、あまり読まないタイプの龍之介は混乱する。このヘッドセットはレジェンダリーファンタジー専用であり、ソフトが導入されていない状況下では起動することが出来ない。

開発側の粋な計らいか初期設定は済んでおり、龍之介の意識はレジェンダリーファンタジーの世界に沈んでいくのであった。



ボコボコとまるで水の中にいるような音が響く。目を開くと視界は真っ暗だった。水の音だけが響き、それ以外は何も聞こえない。


少なくともβテスター時にこんな演出はなく、混乱している龍之介の前に1人の少年が現れる。



「やあ、坂口龍之介君」


『お前は誰だ?』



言葉を発しているつもりが、ボコボコとまるで水の中で喋ったかのように言葉が出ない。



「混乱しているかい?まあ当然だね」



少年はこちらの意思など関係なくキザったらしく指を鳴らして出現させた椅子に座り、何やら喋っている。



「ボクの名前はエウロ。君の名前は?」


(いや、さっきお前俺の名前を……まぁいいか…)



そこで龍之介の視界に仮想ウィンドウが開き、名前や性別などのキャラクタークリエイト画面が起動する。どうやら彼はNPCらしく、これからレジェンダリーファンタジーへ入る前の案内役を担っている者らしい。


VR機器になってからどうも調子を狂わされるが、やっぱり昔ながらのSEにレジェンダリーファンタジーらしさがあり、龍之介は落ち着きを取り戻して自分のペースでキャラクターを作り上げていく。


やっぱ作るなら女キャラだよなとか胸が大きくとか不純な動機を交えながら作ること1時間。ずっとニコニコ椅子に座りながら待っているエウロには悪いと思うが、キャラクタークリエイトに関しては絶対手を抜かない性格であり、これから数年と付き合っていく我が身の分身だ。時間をかけるのは当然のことである。


そして出来上がったのは、種族は人間のサイドテールが可愛い黒髪ロング褐色肌巨乳っ子という属性盛り盛りのキャラクター。

身長に関しては色々と悩むところではあるが、低すぎても高すぎても似合う衣装が限られてしまうという自論を持っている龍之介はデフォルト値から弄っていない。



「へえ、アリッサくんというのかい」



そこで視界は変わり、辺り一面魚が泳ぐ水槽に囲まれたまるで水族館のような場所が出現する。



「君はこの世界についてどれくらい知っているかな?」



視界に選択肢が存在しないことから判断するにどうやら適切な言葉を言わないと進まないらしい。流石ゲームとリアルの融合と謳うだけある。



「まあそれなりに」



自分が設定したとは言え、自分の口からアニメ声な女性の声が飛び出すという気持ちが悪い現象に顔を歪ませる龍之介。


レジェンダリーファンタジーはナンバリングを連ねても世界観は変わらず、平行世界という設定で話が続いていく。たまには同じ世界でマイナーチェンジとして話が続くこともあるが、大体はプラスアルファ要素を加えた平行世界を冒険していくことになる。



「なるほど、確かに君は他の人と比べて特別なようだ」



エウロはどこか納得したかのようにうんうんと一人頷く。



「そして君は人の話をじっと聞いていられないタイプとお見受けする」


「こっちは有給使ってプレイしてんだ。さっさとチュートリアルを終わらせろよ」


「チュートリアル……まあそうともいうね。でも、これから君が飛び込む世界は今までとは違うかもしれない」


「まとめてくれないか」


「せっかちだなぁ………簡単に言うと、ゲームだと思わない方が良い」


「は?」


「以上だよ。君がボクを急かしたんだ。ボクはこれ以上説明する義理はない」


「え、ちょ!お前!」



辺りが光に包まれて空間が消滅していくのを感じる。



「あと君さ、自身の分身を作るのに時間かけすぎじゃない?話には聞いていたけど、まさか1時間も待たせられるとは思わなかったよ」


「当たり前だろ!キャラクリはオレの命だぞ!」


「あーはいはい。んじゃまた会えたらね~」


「てめ!待て!!」


「ばいばーい」



そして光に包まれた龍之介の視界は暗転した。



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「いでっ!」



可愛らしい声でおっさん口調な女性キャラクター<アリッサ>はこうしてレジェンダリーファンタジーの世界に降り立った。


ひんやりとした硬い石のタイルに叩きつけられたアリッサは周りを見渡す。



「召喚の間か…」



周りは薄暗く、青い炎が灯る松明の光しか届かぬこの場所に覚えがあるアリッサは呟く。 まるで悪魔を召喚するかのに赤い血が垂らされて作られた魔術紋がある床に目を向け、薄気味悪そうにしながら離れる。



アリッサは記憶を頼りにここがどこなのか脳内の地図を広げる。


ここは種族人間側が支配しているカーディナ大陸の最北端に位置するマリエナ地方だと決定づける。

マリエナは年中春のようなポカポカした気候が続く地方で、山々が多く緑豊かな大地だと記憶している。それ故に初心者が最初に冒険する場所に選ばれやすく、アリッサもここにはお世話になったものだ。



「一体誰がオレを召喚したんだ…?」



誰もいない召喚の間。薄暗く隙間風が入り込むこの空間はアリッサが思い浮かべるプロローグとは全くの別物だった。

いつものレジェンダリーファンタジーならばどこかの王国の地下で召喚の儀が行われ、そうして異世界の主人公が呼び出されたり、はたまたどこかの国に属す主人公が悲しい運命を背負って物語が始まったりと必ずと言ってもいいほど手ぶらで放り投げだされることはない。


しかし現実はこれだ。まさか話をろくに聴かなかったエウロの仕返しかと想像したが、NPCがそんなことできるはずもないと斬り捨てる。




アリッサはβテスターの時のように慣れた感じで意識を集中させると視界にステータス画面を浮かばせ、自分が今どんな状況なのかを確認する。


装備は革の装備一式という何とも頼りないもの。装備欄を見れば初心者に相応しいショートソードやショートボウなど基本的な装備が揃っていた。

そして驚くべきはジョブというクラスがなくなっていたことだ。

レジェンダリーファンタジーはジョブによって装備できる武器に限りがあるのだが、今作から全部の武器が装備可能になったのだろうか?ならば、レベルアップ時に貰えるステータス割り振りは気をつけてしなければならないだろう。



「すぅ……」



空気を吸えばどこか湿っぽい洞窟特有の臭い。手を握ればリアルな感触が伝わってくる。



「すげえ……」



βテスターの時はまだ細かい聴覚や嗅覚の開発が完成していなかったが、完成版をプレイして今作の意気込みがよく分かる。


一通り動作や世界の雰囲気を堪能したアリッサはインベントリを確認しながら洞窟を歩いて行く。するとインベントリの中に宝箱のアイコンがあり、開発部からの特別なプレゼントと称されたアイテムがあった。

アリッサは迷うことなく使用する。



『レジェンドクラス:マスターコレクターが解放されました』



と視界の左上にログが流れた。



「え?!」



慌ててステータスを開けばそこには先ほどまでなかったクラスがあり、しっかりとシステム文字で『マスターコレクター』と表示されていた。


アリッサはヘルプを呼び出してマスターコレクターについて調べるとそこには……―――――




数多の世界を旅し、全てのアイテムを収集した者へ送られるレジェンドクラス。


その英雄は武器の声を聴くことができ、武器に愛され、ありとあらゆる武器を扱うことが出来る万能クラス。


獲得スキル:次元宝物庫 :真眼 :マルチクラス



「スキルこれだけ!?」



詳しい説明が欲しいアリッサは次元宝物庫をタッチすると説明欄が浮かび上がる。



スキル:次元宝物庫――――今まで貯蓄した武器を呼び出すスキル。但し条件がある武器は条件を満たさなければ装備することが出来ない。


次に真眼を呼び出す。


スキル:真眼――――発動すれば全てのアイテムの鑑定やステータス、幻術などを見抜くことが出来る。たとえ隠蔽スキルを保持していたとしても見抜き、下位の鑑定眼の効果を無効化する。鑑定眼と心眼の複合スキル。


次にマルチクラスを呼び出す。


スキル:マルチクラス――――装備した武器に対応するクラススキルを呼び出すスキル。クラス武器スキルはマスターコレクターレベルに依存する。


現在のマスターコレクターのレベルは1。つまり片手剣を持った際に顕現する剣スキルはレベル1の段階で使えるものしかないということだ。便利なスキルではあるが、逆にあっちいったりこっちいったりしていればステータスもそれに応じてあげないといけないため、結果として器用貧乏になってしまうわけだ。


ありとあらゆる武器が使えるのに勿体ないとは思うが、さてどうしたものかと悩む。



「まあ別に最強を目指しているわけでもないし、別にいいか」



次に次元宝物庫を調べる。頭の中で次元宝物庫を唱えるとアイテム一覧が表示されるが、どれもこれもほとんど黒字に染まっており、条件を満たしていないため呼び出すことが出来ないみたいだ。



「懐かしいなぁ……」



レベル順に並び替えると後半のページに連れて思い出が浮かび上がる。どれもこれも苦労したものばかりで、今でもつい昨日のことのように鮮明に思い出せる。


中にはヒロインやそのゲーム内で出て来る仲間NPC達から貰った専用武器もあり、好感度上げて武器を貰うために何度も楽なクエストを周回しまくったっけ、と思い出される。



「とりあえずレベル1でも呼び出せる武器をっと」



インベントリにあった武器は全て新武器として次元宝物庫に登録され、代わりに黒と白の夫婦剣と呼ばれる儀式用の双剣を取り出す。



アリッサはようやく儀式洞窟を出るとそこには広大な森が広がっていた。崖の上にあるこの洞窟から見下ろせるどこまでも続く森。ゲームではいきなり森に入ったところからスタートしたが、VRだとこうも広大なのかと実感させられる。



「えっと、ここから一番近い村は……」



またもや脳内マップを広げて行く先を決める。ここから東に進んだ先に小さな人里があったことを思い出し、とりあえずそこまで進むことにする。



それにしても、とアリッサは今まで避けていた思考を掘り起こす。



「なんでこんなに人がいないんだ……」



今作はオンラインゲームとして発売しており、特にマリエナは種族が人間ならばレベル30まではお世話になる誰もが通る道として知られている。

なのに誰もいない。魔法の爆発音もモンスターの鳴き声も何も聞こえない。

もっと言えば静かすぎる。そう、まるで自分以外存在していないかのような孤独感を感じる。



「いや、そんなわけが……」



コンシューマーならともかくオンラインで誰一人として会わないのはおかしすぎる。

長年続くオンラインゲームならではの過疎地帯は分かるが、今日発売のゲームで誰もが待ちに待った超大作レジェンダリーファンタジーだぞ?と自分に言い聞かせる。


もしかしたらまだ皆手前の森で狩りを行っているのかもしれない。

確かにここは森の中でも最奥に位置する隠れステージだ。初心者が間違っても迷っていい場所ではない。

まあそんな最奥にレベル1の革鎧装備の自分が初期地点として召喚されるのは些か不安を覚える。


下手したら凶悪なレベル30ほどのモンスターとばったり遭遇してリスポーンを繰り返すことになる擬似リスポーン狩りになりかねない。


それだけは勘弁願いたいし、そんなことされた暁には開発側に苦情を送るまでありうる。



「皆、マリエナの首都に召喚されてんだろうなぁ…」



マリエナの首都オーディアス。人間種族が拠点とする大都市であり、ここにきて揃わない物はないと言われるほどの流通を誇る国である。

あそこのお姫様と仲良くなると商品が安く買えたり便利だよなぁとか思い出しながら進んで行く。



山道を進んでいると、左の山肌から小さな瓦礫が落ちて来る。アリッサは上を見上げるとそこには赤い瞳をしたオオカミがこちらに狙いを定めていた。



「フォレストウォルフ!!」



無意識のうちに真眼が発動し、視界に捉えたフォレストウォルフのステータス情報を開示する。


フォレストウォルフ:level17 弱点:炎・斬・突 耐性:土・打



「3体か…」



恐れていたことが現実になりそうだった。レベル1の革装備に対してあちらは17レベルのモンスター。どう考えても勝てるビジョンが見えないし、逃げるにしたって全てにおいてあちらはステータスが上回っている。


始めて最初の戦闘でデスペナを負うのか~と半ば諦めながら背中の双剣を抜く。



一応この夫婦剣は序盤から中盤まで通用する前作のあるNPCが使っていた形見のような武器で、アリッサもよくお世話になった武器の一つだ。



「ガアアア!!!」



自分が好きなアニメの双剣使いが構えていた格好を取るなり角のないメスと思われるフォレストウォルフが崖から牙を向きだしにしながら飛び出してくる。



「やるしかない!!!」



βテスターの時を思い出しながらアリッサは動く。身を屈め、双剣を両肩に背負うと双剣武器スキルを発動させる。



「ダブルスラッシュ!!」



赤と青の閃光を纏い振り下ろした剣が食らいつこうと口を開けているフォレストウォルフの前両足を肩から切り裂き、前足を失ったフォレストウォルフはそのまま崖下へ落ちて行った。



「はぁ…はぁ……はぁ…!!」



ログに経験値取得が流れ、アリッサのレベルが6まで上昇する。ステータスを確認している暇はない。けしかけた角があるオスのフォレストウォルフは油断ならない相手だと理解し、ゆっくりと残りのメスと共に崖を下りて来る。



「はは、すげえ頭いいな…」



切り裂いたあの手応えから興奮冷めやらぬ様子でアリッサは双剣を再び構え直す。



メスは先ほどと同じ17レベルだが、オスの方は3つほど高く20レベル。いくら6レベルになったとは言え、まだ一発でも食らえば致命傷である運命は回避できていない。



「来ないのか?」



挑発スキルを持っているわけではないが、小馬鹿にしたように言うとメスの方が突っ込んできた。だが、今回は真っすぐではなくジグザグにフェイントを交えながらの突撃で、アリッサは思わず舌打ちをする。



「βテスターの時と全然違う…!!」



モンスターの頭が良すぎる。今もまたメスは飛びかかるぎりぎりのラインで後ろに引いたりと明らかにアリッサの武器スキルの不発を狙っており、間合いを測っているのだ。


そして――――



「グルガアアア!!!」


「うお!?」



メスの背後から飛び出て来るオスの攻撃を何とか双剣で受けるが、筋力差で押し負け、後ろに弾き飛ばされる。



「あの野郎…!メスで武器の間合いを把握してやがる…!」



身体を起こし追撃してこないフォレストウォルフを睨みつける。



「間合いがバレているのならこっちだって考えがある」



アリッサは双剣をフォレストウォルフへ向けて投げつけると同時に思考を加速させ、一瞬でレベル5で装備できるハンターボウという弓を取り出し、スキルを発動させる。



「アローリボルバー!!」



飛んで避けたメスの方の着地を狙い、初期スキルで最もダメージを出す確率の高い選択を取る。

左足を前に出し、弓を寝かせて弦を引き絞ると同時に光の矢が現れ、アリッサは矢を放つ。


一発―――続けてタイミングよく連続で2発―――3発―――4発―――5発と全て急所判定がある頭と目に命中させる。



「キャウン!!」



武器性能によるごり押しと急所判定でメスを仕留めたアリッサは弓を捨てる。それと同時にハンターボウは光になって消えていき、どうやら先ほどの夫婦剣も同じ原理で次元宝物庫に戻っていくらしい。



「ふッ!」



短く息を吐きだし、アリッサはメスがやられたことに驚愕しているオスへ突撃する。走っているうちに次元宝物庫を発動し、レベル5で装備できるハンターシリーズであるハンターランスを取り出す。



「はああああ!!!ディアルスピア!!」



緑色の光を纏った高速の突きが繰り出される。一発は腹部に突き刺さり、2発目は下腹部に命中する。



「ゴアアアアアア!!!」



血反吐を吐きながら残ったオスは鋭い牙でアリッサの横腹に噛みつく。



「いてええんだよおおおお!!!」



噛みついたままのフォレストウォルフの脳天にアリッサはスキルも発動させずに突き刺した。肉を貫く嫌な感触と共に顎の下まで槍は突き抜け、フォレストウォルフは絶命した。



「か、勝ったのか……!」



喉から上がってくる血を吐き出しながらHPバーを確認するとあと僅かしか残っておらず、赤く点滅していた。どうやら先に2体目のメスを倒したことでレベルが上がり、防御力と上昇したHPで何とか耐えたらしい。



「いてえ……」



槍を杖にして何とか倒れずにいるが、あまりの痛みに泣きそうになるというか泣いてる。皆こんな痛覚を感じながら戦っているのか?と自分のことより他人の心配をしてしまう。



「くそ…!くそくそくそ…!!いてえよお!!」



何かないかとインベントリを開くと初心者用のスターターキットがあり、開封すると下級回復ポーションが5本入っており、砂漠に落とされた水の如くそれはもうみっともなく飲んだ。


血のせいで味は分からないが、HPが徐々に回復していくうちに痛みが引いて行き、全回復する頃には傷口は塞がっていた。



「はぁ……」



状況を整理したアリッサは改めて自分が置かれた状況の過酷さに悲観する。既に回復ポーションは4本飲んだ。無理やりの戦闘だったが、不幸中の幸いかアリッサのレベルは13まで上がり、ここらへんの魔物ならば後れを取らない程度の装備を呼び出すことが可能になった。



「ステータス割り振るか」



美少女が浮かべて良い顔ではない、死んだかのような表情を浮かべながらアリッサは敏捷値に8割ほど振り、残りは筋力値に振った。今は戦闘よりも逃げを優先した方が良いと考えたためだ。

そして次元宝物庫を呼び出し、中から敏捷値に補正をかける風の精霊であるシルフの短剣を取り出す。


敏捷ステータスに5%の補正をかけるこの短剣はPVPにおいて活躍した短剣で、素早い動きから繰り出されるポイズンダガーやパラライズダガーと言った状態異常スキルが豊富な短剣スキルと大変相性がよく、攻略サイトでも序盤使うにはもってこいの短剣と評価が高い。



それからアリッサは倒したフォレストウォルフの素材を剥ぎ取りにかかるが、初心者なためかうまく行かず、剥ぎ取った素材を真眼で確認すると『低品質なフォレストウォルフの皮』となってしまったが、角の方はうまく切断できたので『高品質なフォレストウォルフの角』となった。



剥ぎ取った素材をどこに収納するのか分からずヘルプを参照すると、インベントリを開いた状態で収納を選択するとその時点で手に触れていたものを収納するらしい。

試しに入れてみると皮はすっと消滅し、インベントリ欄に新しいアイテムとして名前があった。重量は5とあり、今のアリッサの最大重量は470に対するとまだまだ入りそうだ。



「初戦闘でここまで疲れるなんてなぁ…」



リアルでも疲れ、ゲームでも疲れるとはなんとも皮肉なことか。途中ツリーウッドという木に擬態する魔物や巨大な芋虫のキャタピランドという魔物と遭遇したが、レベルどれも10以下でフォレストウォルフほど苦労はしなかった。

というか初戦があまりにもきつすぎて高い確率であれは死んでいたと冷静な自分が分析している。



インベントリも道中で見つけたポーションの原材料になる薬草や毒消し草などを入れているうちに入らなくなってきたところで目的の村についた。



「やっとついた……」



返り血を浴びたり噛みつかれて傷ついた革鎧のままアリッサは村に入る。もちろんプレイヤーらしき人間は存在していない。


村人たちもそんな様子のアリッサを見て怪訝な表情を浮かべているが、今の彼女に村人たちの視線を気にしている余裕などあるはずがない。



「ちょっとアンタ!どうしたの!!」


「え?」



致命傷は癒えども疲労までは回復せず、疲労困憊のアリッサに近づいてくる女性がいた。


10代後半くらいの女性だろうか。金髪の長い髪を紐でまとめた地味な服装の村娘はアリッサに駆け寄り、彼女の手を取る。



「血だらけじゃないの!あーあ…鎧もこんなにボロボロで…」


「あ、えっと…」



どうもリアルで人との関わりが少ないせいでコミュ障を発動させてしまい、疲労も合わさってしどろもどろな返答しか出来なかった。



「ちょっとうちに来なさい。そんな格好じゃ宿屋にも入れないでしょ?」



ゲームなのに拒否られるのか~とかめっちゃリアルに寄せてんなぁとかその時のアリッサは、ぼんやりとそんなことを考えながら村娘に手を引かれて家に連れていかれた。



そのまま2階建ての木造の家に連れて来られるなり、脱衣所に連行され装備を脱がされる。



(え、装備って強引に脱がせるの……)



プレイヤー間で盗難とか起こりそうだなぁと、やはりどこかアリッサのことを龍之介はあくまで自分が操作するキャラクターとしか思っていなかった。



(つか、これってどこまで表示されるんだ?R17ではあったけど、R18とはいかんだろ)



そしてされるがまま村娘が地味な白色の下着に手をかけた瞬間彼女は息をのんだ。



「え!?ちょ、あなたうそ!」


「は?」



女キャラなのだから何を驚く必要が――――



「え!?」



そして自分も驚くこととなる。まさか自分の下半身に息子がついているとは誰が想像できただろうか。



「えーっと……あなた男なの…?」


「いや……ええぇ…?」


「………でも胸が……いや、とにかく見なかったことにするわ…」



顔がゆでだこ状態の村娘は眼前にあるアリッサの息子から目をそらし、ぎこちない動作で立ち上がる。



「あなた、人間よね…」


「そうだと思いたい……」



互いに微妙な雰囲気が漂うなか血を洗い流し、その間に村娘は鎧を洗ってくれた。風呂から脱衣所に戻ると、彼女のおさがりと思われる服が置いてあり、さらっと鑑定すると『リーシアの服』とあった。



(リーシアっていうのか……ん?リーシア?)



ごわごわのタオルで身体を雑に拭きながらリーシアという名前に覚えがあるか脳内検索をかける。



(リーシア……リーシアリーシア…――――あ!リーシア・アルベットか!)



2作前のレジェンダリーファンタジーでラスボスのエネルギーによって活性化したモンスターを倒すために立ち上がった勇敢な村娘だと記憶している。

後に槍を用いた英雄として最後の戦いに加わるメンバーで、確か村のクエストをこなさないと最後までゲスト参戦の状態で物語が終わってしまうという隠しキャラだった気がする。



「レアキャラだったか」



慣れない女性ものの下着や服を身に付けながら脱衣所を出ると、リーシアはキッチンで料理を作っていた。

簡単なスープを作っているらしく、良い匂いが漂ってくる。



「あがったのね。あなたの防具は今暖炉で乾かしているところよ。でも、ボロボロね。一体どんな戦いをしたらこうなるのよ」



座ってと言われて木の椅子に腰かけるとテーブルにパンとスープが置かれる。



「あなた名前は?」


「アリッサ」


「アリッサさんね。あなた仲間は?」


「いや、1人だ」



くず肉と野菜のコンソメスープに似たスープを頂きながらパンを齧る。控えめに言ってうめえ。



「頭は正気?」



俺も正気じゃないと思う、と言いかけてなんと答えるべきか悩む。



「気が付いたらあそこにいた」



悩んだ末にアリッサは召喚された儀式洞窟の方角を指差す。



「あなた記憶喪失なの?」


「なのかなぁ……」


「釈然としないわね。とりあえず自己紹介するわ。私の名前はリーシア・アルベット。3人姉弟の長女よ」


「3人姉弟なのか」


「ええ、妹と弟がいるわ。2人ともまだ10歳と9歳でね」



可愛いんだぁと微笑む姿に勇ましい槍使いの面影はない。だが、上に飾られた槍は90レベルにならないと装備ができないユニークアイテムであり、ご丁寧にリーシア専用武器と表示される。



「あれは…?」


「ああ、あれ?あれは我が家に古くから受け継がれて来た槍でね。まだ私は持てないんだけど、いつかあれを引き継ぐのが役目なの」


「ご家族は?」



アリッサが知るリーシアは天涯孤独の身となっているが…



「父と母と祖父がいるわ。母はオーディアスで薬草や野菜を売りに行っている。父もその護衛ね。祖父は道場で子供たちの稽古をしているわ」


「槍術の道場か」


「そうね。私はもう免許皆伝を貰ったのだけれど、妹と弟がね」



あまり人に真眼を使いたくないが、現在のリーシアのステータスを軽く見ると――――



リーシア・アルベット:種族=ヒューマン レベル25 クラス:ホーリーランサー


とあり、どうやらこの若さでクレリックとランサーの複合クラスであるホーリーランサーに目覚めているらしい。

やはり最終決戦でジャンヌダルクよろしく軍を率いただけある天才っ子だ。



「ん?」



どうやら魔力感知能力も高いらしい。なにか使われたのが感じたのか、きょとんと小首を傾げる。



「ところでアリッサはこれからどうするの?」


「オレか?とりあえずオーディアスに行こうとは思うが……」


「1人で?」


「まあ、そうなるのかな」


「ダメよ!そんなの危険だわ!モンスターも出るし、何なら盗賊だって出るわ!」


「だって頼む相手もいないし、傭兵を雇う金もない」


「………そうね……なら、私がついていくわ!」


「まじで?」


「まじよ!」


「家のことはどうするんだよ……」


「家ならお爺さんと妹のクーナがいるから大丈夫だわ!アリッサが1人で村を出る方が心配よ」



そんなに信頼がないか、と言いかけるが確かに自分の知識が通用するモンスターは今のところ1体と存在しない。

どれも全て高度なAIなのか分からないが、まるで生きているかのように振る舞い、確実にこちらを殺そうと戦いを挑んでくる。一戦一戦気が抜けない戦いばかりで、正直誰かの手を借りたいところだった。


だからリーシアの提案は願ってもないことだが、まさかオンラインになってから初のパーティーを組むのがNPCだと考えもしなかった。



「それじゃパーティーを組むわよ」



アリッサがもたもた操作しているうちに見ていられなくなったのか、リーシアの方からパーティーの誘いが来て苦笑いしつつアリッサは彼女のパーティーに加入した。



「しばらくの間よろしく頼むわ」


「ああ、こちらこそよろしく」


「私はさっきの話から分かると思うけど、槍を使うわ。クラスはホーリーランサー。だから、中級までの聖魔法と雷魔法なら使える。レベル25ね」



そしてリーシアはところで……と言ってアリッサをじーっと見つめて来る。



「あなた、鎧しかなかったけどクラスはなに?」


「オレか?オレは……マスターコレクターっていうクラスだ」


「マスターコレクター?聞いたことがないクラスね。どういうクラス?」



NPCだから別に喋ってもいいか~と軽い気持ちでアリッサはリーシアにマスターコレクターについて説明した。

全部の武器を使えるとか、今まで集めた武器を条件を満たせば呼び出せるとか。



「なにそれ……そんなクラス伝説にあるレジェンドクラス級じゃない…」



愕然とするリーシアを見ていると視界に『リーシア・アルベットに対応した武器を貸しますか?』というメッセージと共にアイコンが出現し、試しに押してみると彼女のレベルで扱える槍の一覧が表示される。



「へえ、味方にも貸し出せるのか」


「どういうこと?」


「リーシアさんに武器を貸せるらしい。でも、ホーリーランサーは槍しか装備できないから限られているけどね」



試しに20レベルで使えるアンコモン級を何とか抜け出した程度のレア武器『ビーストランス』を出す。


ここの森に住む凶悪モンスター『ブラッディベアー』を加工して作られた槍であり、槍先の刃はブラッディベアーの血が混ざりあったかのように赤い。



「ほい」


「わっちょっと!」



放り投げられた槍を受け取ったリーシアは、早速装備して武器の能力を確認すると驚愕する。



「す、凄い能力を持っているのね……こんな槍王宮仕えの鍛冶師でしか作り出せないと思うわ……それに獣のモンスターに対する特効も持っているなんて…」


「ブラッディベアーなんてそこらにいるでしょ。そんなに驚くほどなの?」


「確かにブラッディベアーは森の奥深くに生息しているけど、それを素材がまるで自分が死んだことに気付いていないかのような荒々しさを残して加工するなんて…」


「ふぅん……」


「ふぅんってあなた……これは凄いことなのよ?こんな武器を作るなんて大陸を探してもいるかどうか…」


「それ作ったのオレだけど」


「え?!」



冒頭で述べたが、レジェンダリーファンタジーはとにかく武器の種類が多いことで有名だ。そしてこのゲームのすべての武器は鍛冶による製造で生み出せる。

武器はモンスターからドロップするわけでもなく、あくまでモンスターは武器を作るための素材でしかないのだが、そのモンスター素材の調達がこのゲームの闇である。


ある条件で倒さないと素材を剥ぎ取れない面倒なモンスターがいたり、そもそもそのモンスターの出現確率が低すぎて出会えなかったりと鍛冶の一覧にあるだけで作れない武器なんてごまんとある。

そういう意味でレジェンダリーファンタジーはえげつないドM御用達のゲームであり、ライトで遊ぶなら楽しいゲームだが、少しその世界にのめり込むと深い闇を見ることになるのだ。


そんな確率の壁を超えた者がそう、坂口龍之介である。



「鍛冶スキルで作った」


「あなた……鍛冶も出来るの…?」


「当たり前でしょ?オレの他にできるやつはいっぱいいる」



なにを驚いているんだろうか?そんな表情で逆に問うとリーシアは首を左右に振る。



「いないわ……過去の歴史を紐解いてもそんな人はいない……―――アリッサ、あなたは何者なの…?」



リーシアの表情は驚きから畏怖へと変わっていき、得体のしれないアリッサを前に息を吞む音が聞こえる。



(どういうことだ…?オーディアスに行けばプレイヤーがたくさんいて近くの狩場で狩ったモンスターの素材を手に鍛冶に走るやつなんていっぱいるはずだ………)



ここの村があまりにも辺境過ぎて情報が伝わっていないだけか?そう考え即座にそれを切り捨てる。



(ここの森はレベル的に狩りやすく、初心者なら誰もがお世話になる場所だ。それこそブラッディベアーなんて先生なんて言われるほどこのゲームをやる上で動きを覚える良い相手なんだ。100人いたら少なくとも50人はこの村を拠点にして狩場にするはず……)



嫌な考えが頭をよぎる。だが、もうアリッサの思考は止まらなかった。



「ああ、オレ以外にプレイヤーはいないのか」


「ぷれいやー?」



認めたくなかった。でも、その言葉がやけに心の中にすっぽりと収まるのを感じる。



「質問していいかな」


「ええ、どうぞ」


「人は死んだらどうなる?」



今までのシリーズならばたとえクエスト中に死んでも拠点に戻って来れば何故か死んだ仲間が復活していた。

だが、今作はどうだ?リアル志向な今作で味方が死んだらどうなる?リーシアは物語で重要なキャラクターだ。彼女が死んだら物語は……――――



「生き返らないわよ。私のスキルの一つリバイブランスで蘇生はできるけど、あまりにも魂の損耗が激しいと無理だし、その人の寿命が短くてもダメね」


「そうか……」



一体どういうことだ……これはゲームではないのか?オレは死んだらどうなる?オレは復活するのか?果たしてオレはこのゲームの主人公なのか?


プレイヤーがいないとすればこれはコンシューマーゲームで必然的にオレが主人公となるはず。オンラインゲームであるならプレイヤーひとり一人が主人公なのだが――――ダメだ、考えがまとまらない。


これは一度ログアウトして開発側に連絡を取るべきだ。もしこれがコンシューマーゲームならば次起動したときはこの場所から始まるはず。

セーブ機能はないようだが、恐らくオートセーブなのだろう。だから、一度ログアウトして考えをまとめるべきだ。ゲームを始めて3時間は経っているはずだし、そろそろ昼ごはんを食べたい気分でもある。


だからとアリッサは半ばこの世界から逃げるようにオンラインゲームにありがちなログアウトという項目を探す。


探す――――探す探す探す探す探す探す探す探す探す探す――――――



「え……」



ない。ログアウトボタンがない。恐怖が胸の奥から湧き上がってくるが、それを必死に抑えてヘルプ項目の一覧を見て―――――



「ない……ないない……ないんだ!」


「ど、どうしたの…?顔真っ青よ…?」


「あ、あああ………あああああああああああああああ!!!」


「ちょっとアリッサ!?大丈夫!?」



わなわなと声を震わせながら何度も何度もヘルプの項目を行ったり来たりする。でも、何度見ても変わらない。



「うそ……だ……こんなの…」



彼は―――――坂口龍之介の人生はこの日終わりを告げ、マスターコレクターのアリッサとしての生を受けた。

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