【1.こんにちは、新人です。】

その日の私は、最高に地味だった。


黒いズボン。

灰色のTシャツ。

紺色のスニーカー。

黒いポシェットをつけて、インカムをつけた。


「うん、サイズは大丈夫そうだね」

頭からつま先まで眺めた支配人がそう言った。


「はい、大丈夫です」

この地味な格好が、この映画館でのユニフォームである。

センスを消して、各従業員の個性を消し、あくまでも店員として認識させるための地味な格好。

それが故に、美人やイケメンは飛び出て個性が表れているようにも思えた。


「初日だから、2人組で研修してね。今日は笹原さんだよ」


「呼んだー?」

事務所のスペースから表れたのは、30代前半に見える女性だった。

明るい声とは裏腹に、その表情は真顔で、どこからあの声が出たのかはサッパリ分からない。


「新しく入った早川 ゆきさん。今日が初日、ポップコーン販売から始めるから教えてあげて」

「はーい」

「よろしくお願いします。早川ゆきです」

「笹原でーす。お願いしまーす」

そう言って、笹原さんはちょっと笑った。

なんだ、笑うと可愛い人じゃん。

ホッとした私は、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


「とりあえずー、基本的にはレジのボタンを押して会計して、作る感じでね〜」

笹原さんの後ろをついて回りながら、色々な人と目線を合わせる。


「えー!新しい人ですかー?!」

人懐っこく話しかけてくれる女の子が多く、打ち解けるのに時間はかからなかった。

対して、

男の子たちは全く声をかけてこない。

視界に入れつつも、喋りかけるほどではないと、雰囲気が語っている。


女の子たちが矢継ぎ早しに質問してくることを思うと、男の子たちの態度は冷たいとさえ思える。


「早川さんは、何年生なんですか?」

「・・・大学には行ってなくて」

「そうなんですね!19歳くらいですか?」

「んーっと・・・26歳です」

「えぇ!?」

驚いた女の子は、口元を手で覆った。


「ここは、大学生の方がほとんどみたいですね」

「え、えぇ、はい。いや、早川さん、めっちゃ若く見えますね」

「ふふふ、ありがとうございます。なかなか大人の色気が漂わなくて困ってます」

「いやいやいやいや!!」

身長158cm、全国の平均身長にも関わらず、幼く見られるのは昔から。

それもこれも、ややポッチャリな体型と丸い顔のせい。


19歳に間違われ、26歳と明かすのを7回繰り返した頃に、今日のバイトは終わることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る